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暗殺少女の理想郷  作者: 白銀悠一
第六章 壊れる世界
102/129

置手紙

 ――数刻前――


 問う、訊く、尋ねる。

 投げかける、問いかける、話しかける。

 何度答えの出ない問題を解こうと足掻いたか。幾度知識を持ち合わせていない難問に挑戦したか。

 疑問を口に出すたび、心に思うたび、同じ回答が返ってくるのだ。

 わからない。そんなことは知らない、と。


「……そんなはずはない……。私は知っているはず」


 草が生えているだけの、手入れのされていない空地の中で、心は自問を繰り返す。

 ここは間違いなく自分にとっての大事な場所。だというのに、心は覚えていない。

 記憶を喪ったからだ。かつての彼女を構成する大切なパーツの一つが抜け落ちている。


「ここか、ここに、答えが眠っているはず」


 胸と頭に手を置き、心は瞑想する。

 私は誰だ。ここはどこだ。幾度も繰り返す問いをまた。

 そのたびに頭をちらつくのはクイーンが言っていた言葉のみ。彼女は言っていた。

 あなたは出来損ないの暗殺者で、異能殺しなる異名で呼ばれていたと。

 だが、心はそんなことを知りたいわけではないのだ。もっと別の、心という本質だ。

 誕生日はいつで、家族には誰がいて、友人は何人いて、恋人はいたのか……。

 なぜ銃を取ったのか。理想郷など目指そうと思ったのか。心自身の本音を知りたい。


「くっ……ここなら何とかなると思っていたのに」


 再生異能が身に宿っていながら、肝心の記憶が再生出来ない。

 とはいえ、クイーン曰く本当は再生異能ではないらしいので、仕方のないことかもしれない。

 ……では、私の身に潜んでいるものとは何だ?

 心は別の問いに切り替えた。出口が見えない問いよりも、幾ばくかか細い光が見えている道が良い。


(私……私の異能とは何。再生ではない? なら治療系の……いや、その程度ならあんなことを言わないはず)


 もっと大きな……世界を揺るがすほどの異能。

 クイーンが過剰表現をしていなければ、それが自分の身に宿っているはずなのだ。

 再生という誤った使い方で燻ぶっている何かが眠っている。だが、それを紐解くやり方がわからない。

 錠前を開くための鍵を紛失してしまっている。


「……ひとりで考えても無駄……なのかも。直樹と合流すればあるいは……」


 何かわかるかもしれない。

 と心が携帯を取り出そうとした時だった。


「テェーキさんミッケ! 俺が一番ノリィ!」


 突然声が聞こえ、心がその方向へ顔を向ける。そこには銀髪の外国人らしき少年が立っていた。

 その男はコンクリートの壁から飛び降りると、やっ! と手をこちらに向けてあげた。


「残念! リリィのマケダナ」

「チェー。後一歩のとこだったのに」


 否、心の認識は間違っていたらしい。

 正確には心の後ろにいつの間にか現れた少女に向けて、少年は手を上げていた。

 性別を除けばびっくりするほど瓜二つだ。少女に胸がなければ同性の双子が並んでいたと誤認していたことだろう。

 そんな中性的な顔立ちの兄妹らしき二人は心を挟むようにして近づいてきた。

 近くで見れば見るほどますます似ている。だが、自分とメンタルほどではない。


「何者……っ!?」


 答えよりも前に攻撃が返ってきた。

 小さな光球。それが心に向かって光り輝く。

 側転によって射撃を躱した心は急接近してきた双子の片割れ、光で出来た剣を振るう少年の斬撃をすんでのところで避ける。

 もはや尋ねるまでもない。二人は異能者であり、心の命を狙う敵である。


「ニガサナイ!」

「……っ」


 リリィ、と呼ばれた少女の方は手を翳し光の弾を連射してくる。

 それだけなら銃撃によって一瞬でカタを付けることが出来るのだが、反撃しようと銃を構えると今度は少年の斬撃が。

 息ぴったりのコンビネーションを前に、心は完封されていた。


(狭い通路では分が悪い……!)


 今心がかろうじで敵の連携攻撃を避けている場所は住宅街の真ん中、放置されて何年も経つ悪路である。

 走り難いその道で、しかも周囲に隠れ場所もないとあらば、心に攻撃の余地はない。

 デバイス使用も可能だが、少年のスピードは凄まじかった。恐らくは、彼の身に宿る異能に関係しているのだろう。

 何の策もなくデバイス起動は避けたい。しかし、手持ちの武装は理想郷ユートピア一丁と、腰に下げてある警棒、両袖に仕舞ってある小型ピストルとナイフのみである。


(……せめて地形を生かせれば)


 何とかして分断出来れば、心の敵ではない。

 だがしかし、ここは心にとって未知の場所。地形を味方には取れな――。


「……デバイス起動」


 ――いはずだったのに、心はデバイスを起動した。

 双子の兄妹を引き離し、逃走を図る。だが、相手とて異能派の刺客だ。心を見逃がすはずもない。

 心に負けず劣らず猛スピードで移動し始めた光の兄妹は、徐々に心を追い詰めていく。


「待てよテキ!」「ニガサナイと言ったわよ!」

「…………」


 逃げる心、追う双子。抉れたり歪んだりしているアスファルトの上で行われる鬼ごっこ。

 まるで戦争でもあったかのような、大規模な災害が起きてしまったかのようなゴーストタウンの中で繰り広げられる逃走劇は永遠に続くかのように思える。

 だが、ひたすら真っ直ぐ逃げていた心に変化が生じた。不意に路地を右に曲がったのだ。

 双子は怪訝な顔をしたが、たぎっていた兄リストがリリィに命じた。


「俺はそのまま追いカケル! リリィは回りコメ!」

「エー。ソレ、リス兄ィが手柄を独り占めする気じゃないの?」


 リリィが渋るような声を上げたが、思ったよりも素直に彼女は従った。

 妹に図星を指されていた兄は、獲物を追いつめる狼のような表情で、心の後を追い掛ける。

 妹はパートナーであり、同時に獲物を狙うライバルでもある。やはりトドメは自分が刺したいところだ。

 異端狩りハンターとして名を馳せているリスト&リリィ兄妹は、待ちに待った戦争勃発、そして“異能殺し”狭間心を狩り殺せという命令に高揚していた。

 兄も兄だが、妹も妹だ。悪名高い異能殺しの異名を持つ心ならばどうせ兄も瞬殺には至らないはず。

 素直に兄の命令通り回り込んで、接近戦をしている間に狙撃する算段だった。

 各々の殺し方をイメージしながら、双子は狭間心を追い詰める。

 近接に長けたリストと射撃が得意なリリィ。心に追いすがったのは、リストの方が先だった。

 勢いよく曲がり角を曲がったリスト。急にその顔が怪訝なそれへと変貌する。


「ナニッ!?」

「……ここは行き止まり」


 リストの疑問に答えた心は、理想郷ユートピアによるフルオート射撃を加えた。



「イキドマリとか聞いてないけど……」


 わざわざ回り込んだはずが、見事に分断されてしまったリリィはしてやられたと嘆息した。

 そう、してやられたのだ実兄に。おかげで手柄は兄のモノとなってしまった。

 銃声は聞こえたが、すぐ止んだ。そもそも、自分達の敵は異端狩りとして裏切った異能者どうぞくか、銃器という貧弱な武装を頼りに襲いかかってくる無能者だけである。

 銃に対する対策は嫌というほど拵えている。兄の光の剣を前に銃弾は無力だ。

 暗殺者狭間心は兄に切り殺され、殺しの証明として首と胴が二つに分かれているはず。

 この朽ちた壁を乗り越えて、廃墟とし化した家屋を通り抜けた先には、獲物の首を掲げた兄が立っているはずだ。

 コンカイは私の負け。デモ、次は負けないわ。

 呟きながら道を光球で作っていくリリィは狭間心についての評価を見誤っていた。

 リリィもリストもハンターだ。あまり敵対しない中立派にはさほど重要視されてなかったものの、その実力は確かなモノ。

 しかし、狭間心もまたハンターでありアサシンなのだ。銃という異能よりも劣る武器を用い数多くの異能者と無能者を屠ってきた。

 暗殺というアドバンテージは失われ、自身の記憶すら喪っていたが、今まで研ぎ澄まされていた技量と蓄えられていた知識までは喪失していない。

 よって、その驚きは必定だった。


「ナ……リス兄!」

「遅かったわね」


 黄金に輝く銃を手に、狭間心は話しかける。

 目の前に、銀髪の外国人が倒れているのを確認しながら。


「バカナッ!! リス兄があんたなんかに負けるはずが……」

「あなた達は強いわ」


 動揺するリリィを称賛する心。相手の意図がわからず戸惑うリリィに心は解説を始めた。


「でも、あなたは弱い。あなた達は二人で戦ってこそ強力で、強者だった。だから、分断さえ出来れば……私の敵じゃない」


 私の、という部分に若干の困惑を見せながらも、心は言い切った。今のあなたは弱者だと。

 獲物を狩る狼から羊に変わってしまったと。

 たった一瞬の油断。だが、その僅かな隙を勝機に変えるのが生業である暗殺者を対しては愚策だった。

 いや、もしかしたら最初から自分を弱いと錯覚させるための策略だったのか?

 倒れる兄を前に弱気になったリリィだが、すぐに首を振って迷いを振り払い、手を翳した。


「……リス兄の……仇!」

「殺してはいない」


 気合の籠った掛け声と共に放たれる閃光。しかし、リリィの動きは攻撃とは対照的に逃げ腰だった。

 戦略的に考えれば当然の判断である。リリィが得意なのは遠距離戦。そして、心はどの距離でも柔軟に対応出来るオールラウンダーだ。

 何とかして射程を確保しようと必死なリリィは自分が通ってきた道を、障害物を破壊しながら突き戻る。

 戦争への、戦いへの高揚感はとうに吹き飛んでいた。兄がやられれば確かに自分は不利であり敗北の可能性が高いということを思考出来る冷静さを取り戻している。

 だが、異能殺し相手では冷静になるのが遅すぎた。暗殺者とは相手が弱くなるタイミングを見計らって目標を始末するのである。


「……」


 心はデバイスすら使わず、走ってリリィを追いかける。先程とは完全に立場が逆だった。

 リリィの狙いはと言えば、心の急所か、足止めのために周囲の壁や道路を壊してくるのみ。

 相手を殺すことしか考えられないハンター故の、短絡的攻撃だ。


(狙いが決まっているなら、避けるのは容易い。……もし戦法を変えてきたならば、それに合わせて対応するだけ)


 もしこれが平常だったならば、心の作戦もこうも上手くはいかなかったに違いない。

 だが相手は兄を倒されて、自分が弱いということを告げられて及び腰になっている。

 そんな相手を倒すのは簡単……だが、油断は出来ない。追い詰められた人間ほど何をするかはわからない。

 心はあらゆる状況を想定しながら鬼の変わったごっこ遊びを行う。


「クルナ! クルナ来るな!」

「そうは行かない」


 鬼が人に追い付いた。

 心は拳銃をホルスターに仕舞い、警棒を取り出してリリィにタックル。

 伸ばした警棒の打撃をリリィの顔面に見舞う。


「……グアッ!!」

「……手間を……っ!?」


 掛けてくれた、と語りかける暇はなかった。

 銃声と共に銃弾が心目掛けて放たれたからだ。

 咄嗟に回避しようとした心だが、気絶したリリィに命中させまいと彼女の身体を抱きかかえたため、右肩に負傷してしまった。

 警棒も落としてしまう。数少ない武装の一つを置き去りにしながら、心は通路先の曲がり角に隠れる。

 住宅街であることが救いだった。車二台が通れそうで通れないぐらいの広さである路地ならば、部隊が整列しても銃撃出来る人数は限られる。


「……っ!!」


 新たな敵である。増援ではない。今心の腕の中で気絶しているリリィが異能派なら、連中は武装した無能派だ。

 迷彩効果ではなく威圧を目的とした黒い戦闘服の集団が、アサルトライフルを構えている。


「目標を発見。排除します」


 機械的に放たれる心の抹殺命令。なぜそんなに自分が人気者なのかわからないが、今はそんなことを考えている暇はない。

 心は理想郷ユートピアを右手に持つと、息を大きく吸い込み、壁を駆け上がり……、


「はっ!!」


 という掛け声と共に空中から敵集団に向けて掃射した。


「何!? 撃て!!」


 予想外の心の行動に瞠目する敵の指揮官。

 反撃は壁にカバーしながら行われるものと考えていたからだ。

 だが、心が鉄板であるその行動を取らなかったには理由がある。

 敵は障害物こそ多いものの、路道では無防備になる住宅街に進軍してきていた。

 隠れる前に、心は見ていたのだ。盾を持った兵士が、銃を持つ兵士をカバーしていたのを。

 故に、シールド持ちの後ろに立つ敵兵をまず排除しなければならない。

 そのための跳躍だ。攻撃さえ届けば、銃の名手である心の腕前なら一瞬で戦闘不能に出来る。


(……相手の数が多い戦場では、敵を負傷させるのが常識)


 火を吹く黄金銃。飛び散る敵の血潮。

 心の狙い通り、全員とまではいかなかったが、十二人の敵兵の内、五人ほど負傷させることが出来た。

 ボロボロのアスファルトに転げ落ちる黒ヘルメット。痛々しい悲鳴が人のいない街に響く。

 無事着地した心はほくそ笑んだ。これで理論上は全員を足止め出来るはずだ。


(負傷兵を治療するのがひとり。それを護衛するのがもうひとり。負傷兵の数だけ、二人ずつは行動不能に……)


 なるはず、と思いながら顔を右に傾けた心は自分目掛けて放たれた弾丸に驚きの声を上げた。

 誰一人痛みに呻く兵士を治療しようとしない。全員が全員雄叫びを上げながら突撃していた。


「な――! くっ!!」


 考えなしの特攻、ということは有り得ない。推測するに、別働隊が心の裏を取りに回り込んでいることだろう。

 だが、全員突撃の意図が心にはわかりかねた。心も理論通り全員足を止めるとは思っていない。

 攻撃する者と治療する者、その二つに部隊を分けると考えていたのだが、その予想は裏切られた。


(なぜ……!?)


 銃で迎撃しながら疑問を思い浮かべる心だが、その答えは自分の脳内と通路の先に合った。

 身を凍らせるような絶叫に、心の狙いが狂う。

 心達が銃撃戦を行う傍で、敵兵が融け始めていた。

 まともに考えれば、これほど非効率なことはない。人間とは学習するもの。敗北の数だけ、勝率が高まるのだ。

 だが、そもそもまともな思考を出来る人間が敵対勢力の全滅など考えるだろうか。


「……っ!!」


 心に動揺が奔る。精神の不安定さが、弾道に影響を与える。

 心が手心を加えたのは、敵の足止めだけではない。単純に殺したくなかったから、ということもある。

 記憶を喪った心は、戦いが出来るだけのただの少女なのだ。

 なのに、結局死んでしまった。自分が殺さなくても、敵は仲間に殺される。

 ならば……最初から殺してしまってもいいのではないか?

 むしろその方が相手を救えるのではないのか。


「……っ!! そんな……うぐっ!!」


 今度は左肩に被弾。

 心の読み通り、別働隊が左手から現れていた。正面だけではなく、左手の敵とも交戦しなければならなくなった。

 そして、いつ右から敵が来てもおかしくない。三叉路であるため、四方面からの銃撃と最悪の状況は避けられるが……。


(……どうする?)


 銃を穿ちながら、心は自分に問いかける。身体と心が別のモノのように、思考する合間も銃は敵を倒していく。

 敵を倒す。敵が苦しみながら死ぬ。敵の足を撃ち抜く。敵が絶叫を上げて融ける。

 同じことの繰り返し。敵の苦悶の声が、心の胸を抉っていく。


(どうする? どうすればいい?)


 再びの自問。だが、答えなどとうに出ていた。

 故に、心は機械仕掛けの魔法を紡ぐ。こうするしかないと、諦めたような顔で。


「――デバイス……起動!!」


 左袖からナイフを取り出し、敵に負けないほどの苦声を上げながら、心は敵の集団へと突撃して行った。




「はぁ……は……」


 息が荒い。身体が痛い。胸が苦しい。

 黒い服には血がこびりついている。

 なのに、辺りには死体が一つもない。みんな、融けてしまったからだ。

 自分が殺したのか、敵が仲間を処理したのか、曖昧になっていた。


「……あ……」


 思わず、ナイフを取り落とす。

 手が赤い。血に染まっている。

 いや、自分は殺してはいないはずだ。

 結局、心は人殺しを恐れた。記憶を喪う前……直樹と出会う前はたっぷりと人を殺していたはずなのに、それでもソコだけは譲れなかった。

 だというのに、わからない。自分が殺したのではないかと錯覚する。

 そして……人を殺したというのに吐き気すら催さない自分に恐怖する。


「……っ……急がないと……」


 だが、己に慄いている暇はない。

 敵の襲撃を受けたということはもう位置がばれているということだ。すぐにでも敵の増援が来るかもしれない。

 心はまず、双子の安全を確保することにした。

 双子を自分と関わりの深い空地に運び、隅の一角を掘り起こす。


「地下……通路」


 古めかしい錆びた入り口を引き開け、双子と共にその中へ。

 設置してあったベットの上に双子を寝かせ、入り口にトラップを仕掛ける。

 双子が目覚めれば、すぐに気付くであろうわかりやすいレーザー地雷だ。


「ここは……やっぱり私の家」


 頭は覚えていないのに、身体は覚えていた。

 記憶の封印を解除出来るかもしれない場所。だというのに、長居は不可能だった。

 すぐにでも敵が来る。その前に逃げなければ。


「……直樹」


 簡易テーブルの上にあるノートパソコンの電源を付ける。

 幸いなことに、地下室には電気が通っていた。通常とは違う電源を使っているのだろう。

 ワードを開こうとして、いくつかファイルが残っていることに気付く。

 当然と言えば当然だった。暗い部屋に荒らされた形跡は全くない。


「写真……」


 そこには一枚の家族写真が残っていた。

 他のデータは機密保持のためか抹消されている。でも、それだけは残っていた。

 心の自宅にもあり、携帯にも保存されている写真。

 別に消しても問題なかったはずだ。バックアップは取ってあるのだから。

 画像一枚でも、重要な情報となってしまう可能性がある。情報戦が主力の現代で有り得てはならない失敗だ。

 だというのに、心は昔の自分のことを少しわかったような気がした。

 自分も絶対……同じことをしたはずだから。


「……お父さんとお母さんと……弟。四人家族」


 画像を見つめながら、ワードを開く。

 文字を入力しながらふと、遺書を書いているようだなと思った。

 まるで、刑事ドラマや映画などに出てくる自殺者のようだ。もしくは、自殺に見せかけた殺人を犯した犯人か。

 だが、自分はそのどちらでもない。死ぬつもりはない。生きなければならない。

 どんなに苦しくても、辛くても、直樹と合流しなければ。


「直樹」


 心はもう一度想い人であり記憶を紐解く鍵となる人物の名を呟くと、地下通路を走って行った。



 ――現在――


 暗く、鼻をつまみたくなるような地下通路を通り抜けた心は行き止まり、梯子を昇って地下世界から地上へと移動した。


「……これは――」


 そこは戦場だった。

 多くの銃弾と異能が飛び交い、人を殺していく。

 上がる黒煙。壊れる市街。

 悲鳴と怒号のオンパレード。死神が嬉々として舞い踊る滅びの呪祭。

 だが、心は怖じない。そんな暇はないということはわかっている。

 自分は“鍵”なのだ。扉を開ける前に、宝箱を開ける前に死んではならない。

 心を見つけた異能者がレーザーを撃ち放ってきた。心を捉えた戦車が、砲弾を砲撃してきた。


「くっ……敵の数が多い……」


 だが、それが何だというのだ。死んではならないのだ。だから、死なないのだ。

 だから、心は銃を持つ。回収していた警棒を左手に持つ。

 生きるために、戦場の真ん中を突き進む。


「死ぬわけにはいかない」


 心は自分に言い聞かせるように呟かせながら地獄へ足を進めて行った。



 ――直樹へ。

 私は生きている。生き残るため逃げている。

 私からあなたを見つけることは出来ない。敵は私を追っている。

 だから、あなたが私を探して。私を見つけて。私に辿りついて。

 私はずっと……あなたを待っている。待ち続けているから。


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