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暗殺少女の理想郷  作者: 白銀悠一
第六章 壊れる世界
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待つ者の声

 鳥が鳴いている。ノエルに囁きかけるように。

 ノエルは風が吹く音と鳥の鳴き声を聞きながら、草の上に寝そべっていた。

 しかし、眠っているわけではない。ある男の影が脳裏をちらつき、全く眠れなかった。


(……一撃で鉄塔を破壊せしめた。それ自体は可笑しいことではありません……。ですが、あの黒い弾は……)


 従来の異能ではない、特別な何かを感じさせるほどの異能。

 異能に普遍も何もないのだが、それでもなおそう思ってしまいたくなるほどの圧倒的破壊。

 アレに、自分達は勝てるのだろうか。


(アレを喰らった瞬間――私は脅えた。追撃など考えずそのまま逃げ隠れてしまいました)


 戦いに怖じる。ノエルの人生で初めての出来事だ。

 誘拐され、他人の思うままに操られてきた。殺したくない相手を殺し、殺さなければならない人間を生かしてきた。

 葛藤や逡巡はあった。しかし、命令に従わなかったことはない。

 直樹に負けるまで、悪魔と呼ばれる普通の人間を殺してきた。

 だが、ここに来て自分は恐れている。恐怖に慄いている。自分の弱さに焦っている。

 あの男は正真正銘の化け物だ。全くの未知、想像のつかないような破壊。

 いや――はたして正体を知ったからと言って、どうにか抗えるような相手なのか?


「弱気になってはいけない……恩義に報いるためにも。だというのに、心は脅えてしまう。ままなりませんね」

「それは別におかしなことじゃないんじゃない?」


 鳥に語りかけたノエルは、返ってきた返答に目を丸くした。

 鉄と鋼で出来た人工島という特殊な土地に合わせ品種改良された鳥とはいえ、人語を話すほどの知能を有するとは思えない。


「こっちこっち! そんなに私って影薄い?」

「あ、ああ……クルミですか。驚きました。鳥が喋ったのかと」


 いつの間にか近づいてきた久瑠実がノエルへと歩み寄り、ノエルは慌てて上体を起こした。

 いくら久瑠実の異能が姿隠しとはいえ……ノエルが気づけない、ということは彼女の心理状態が正常でない証だ。

 ノエルは自分の不甲斐なさに嘆息した。肝心な局面で慄いてしまうとは。


「……そのため息と怯えは、人として当然だよ」

「クルミ……」


 久瑠実の慰めを、しかしノエルは受け入れられない。

 もはや異端狩りの騎士ではなく、今のノエルはただの異能を持つ少女だ。

 だが、これから起こることはただの少女というだけでは対抗不能。

 結局、ノエルは騎士に成るしかないのだ。時代遅れな、最先端の装備を見に纏い敵を薙ぎ払う冷酷無慈悲な騎士に。命令に忠実に従う命知らずなオーダーに。


「……人として当然。それは間違ってないのかもしれません。恐れを抱かぬ騎士など二流。恐れを抱き、相手に恐怖し……それを克服してこそ、騎士は騎士足りえるのです」

「強がらなくても……。ノエルちゃんはノエルちゃんじゃない」

「強がってるわけでは。私のすべきことと出来ること。その二つを照らし合わせ最善を導く。それだけです」


 ノエルの言葉を受け、久瑠実の表情が暗くなる。

 普段の彼女ならばこんなことは言わない。それだけノエルが追いつめられているということは、戦いとは縁遠い久瑠実でも……いや、久瑠実だからこそわかる。

 ノエルは何とかして恐怖を振り払おうとしている。そうすることで自分という騎士が完成されるのだと。

 だが、騎士として完成することがノエルの幸せなのだろうか。


(違うよね……私もそう思うし……)


 直ちゃんだってそう言うと思う。

 久瑠実はよくひとりとなってしまう自分を気に掛けてくれた幼馴染を思い出した。

 自分の想い人でありキスまでしたのに告白がスルーされ、どういう思考回路があればそうなるのか、と思ってしまうほどの朴念仁。

 困ってる人や寂しそうにしている人を見ると、どうにかしてあげたいと考えるお人好し。

 成美は直樹のことを変化したと考察していたが、同じように幼い頃から直樹の傍にいた久瑠実はそう考えてはいなかった。

 直樹は昔から同じだ。今も昔も、今の自分に出来ることで他人を助けられるかどうか思案する。

 今の直樹は単純に強くなったから、戦争に巻き込まれることを承知で心を助けに行くのだ。

 ノエルも同じように出来ることとすべきことを見比べながら行動を起こすという。

 だが、久瑠実にはそう思えなかった。出来ることよりも、すべきことを優先しているように見える。

 それではダメなのだ。自分達はノエルにそんなことを望んでいない。


「ダメだよ、ノエルちゃん」

「何がです? 私の何が悪いのですか」

「……強がること。別に弱みを見せろ、とか言うわけじゃないけど、無理だって思ったり、辛いって思った時は言ってくれると嬉しいな」

「そんなことは――」

「だって、私はそれくらいしか出来ないからさ」


 反論しようとしたノエルが止まる。

 久瑠実の表情に、一種の悔しさに似た感情を見出したからだ。

 いや、それだけではない。久瑠実には一言では言い表せないような情念が渦巻いている。

 好きな相手が戦いに赴くのに、友達が危険な目に遭うのに、自分は何も出来ない。

 もしかすると二度と帰って来ないかもしれない。ひどい死に方をするかもしれない。

 そんな状態の中……じっと待っていることしか出来ない。それはどれだけ無念なことか。

 心が引き裂かれてしまうと思ってしまうほど襲い来る不安を相手に、ただじっと耐え忍ぶ……。

 自分には無理だ、とノエルは思った。考えられない。考えたくない。

 でも、彼女はそうするしかない。自分が戦場に出ても足手まといにしかならないことを知っているから。

 だというのに、自分は何を言っているのか。いざとなればあの男と相討ちすら覚悟していたが、そんな覚悟は三流以下だ。

 真の騎士に敗北はない。如何な絶望な状況でも帰還し勝利をもぎ取るのだ。


「クルミ――」

「確かに私は戦えないし、何のサポートも出来ないよ。でもさ、少しくらいは役に立ちたいからさ。アドバイスなんて大層なことは無理だけど、愚痴や不安を聞くぐらいなら……」

「いえ……それには及びません」


 そう言い立ち上がったノエルに対し、久瑠実は訝しむように眉根を寄せる。

 別に自分の気遣いを無下に否定されたからではない。ノエルが微笑すら浮かべ吹っ切れたかのような表情をしていたからである。

 久瑠実の疑問を解消するかのように、ノエルが口を開いた。


「クルミ。今のやり取りで私は勇気と知恵を貰いました。礼を述べます。ありがとう」

「そんな大げさな……何もしてないよ?」

「人は常に何かしている生物です。何もしていないつもりでも、何かに干渉し、影響を与えている。ほとんどの事柄は無為に終わるだけですが……時には人を励ますこともあるのです。……称賛を受けたならば素直に受け取ってもらわないと口にした方は困ってしまいます」

「……そ、そこまで言われると……ど、どういたしまして?」


 思わず疑問系となってしまった久瑠実の言葉にノエルはクスッと笑みをこぼし、そういえばと言葉を続けた。


「さきほどやることがないと言っていましたが、それなら私のお願いを一つ聞いてくれますか?」

「え? いいけど」

「ありがとう。なら、私達が帰ってきた時に食事を振る舞って欲しいのです。ナオキから久瑠実は料理が上手と聞きました」

「そんなこと――」

「無いというならそれでも構いません。ただ、ナオキはがっかりするかもしれませんが」

「っ!? わ、わかった! 本気で作るよ! 愛情込めるよ!」

「ふふ……」


 久瑠実が恋焦がれている男の名は効果覿面だった。

 どうせ帰るのならば……何かしら楽しみがあった方がやる気も出るというもの。


(……これも強がりなのかもしれません。でも、さきほどよりはずっといい。そんな気がします)


 ノエルの顔から暗闇が吹き飛んだ。すると、近くの木に止まっていた鳥が、見届けたように羽ばたいて行った。




「怖い、恐い。……口に出しても薄れないね」

「恐怖なんて主観でしかないからね。共感し辛いわよ。でも、あたしにはフランの気持ちがわかる」

「……私はノーシャの気持ち、わかってるのかな……」


 空になった紅茶のカップを弄びながら、フランは自分に言い聞かせるように呟いた。

 横に座るノーシャが同意していいのかわからず複雑な表情を浮かべる。

 同意しても同意しなくても間違っているような問いだった。元よりフラン自身も回答を求めて口走った疑問ではない。

 ただ、純粋にそう思った。王女などという立派な肩書を持ちながら、政治に関わることも異能を使うことも出来ない無能者の自分が、自分のために身を粉にしてくれている親友の気持ちを真に理解出来ているのか、と。


「私は今まで、自分の意志で何か成せたかしら。お父様が敷いたレールに乗って……」

「……フラン、流石にそれはムカッとするわ」

「え……あ」


 しまった、とフランは頭に手を置く。

 横にいる親友こそ、フランが何かを成したという証である。途中に悲惨な事件もあり誤解もあったが、ノーシャという友人は間違いなくフランが自分の意志で友人となった少女だ。

 弱気になっていた。仮にも一国の少女だというのに情けない。フランは気を落とした。

 そんな彼女に、元の微笑へと顔を戻したノーシャが声を掛ける。


「気落ちしないで、フラン。みんなあなたに期待してるんだから」

「え……私に?」


 フランは予期せぬ親友の話に顔を驚かせた。ノーシャはこくりと頷いて、


「そうよ。あたしもそうだし、フレッド王も、アミカブル国民もね。……これから戦争が始まる。この国は多勢に無勢。味方なんていない孤高の存在よ。国民は不安になる。でも、気丈なフランがいてくれればそれだけでみんな元気になれる」

「気丈……私が? そうかな……」

「そうよ。ずっとあたしのこと、気にかけていてくれたでしょ?」


 それは友達がノーシャしかいなかったから、と口に出かかったところで何とか飲み込んだフランは力なく首を振った。


「それはノーシャが親友だったから……」

「親友とか、ぼっちとか関係ないわよ」

「ぼ、ぼっちは関係ない!」

「ええ、だからそう言っているでしょう」


 顔を真っ赤にして反論したフランにノーシャは笑みをみせる。

 そして、口を開いた。あたしも同じなのよ、と。


「空に飛んでる人工鳥。あれがあたしの初めての友達だった。誇張でも何でもなくね。あたしが孤児だったことは教えたわよね」

「お父上が亡くなったんだよね、病気で」

「そう。あたしにとっては最高の父親だったけど、この国ではあまり……というか全く役に立たなかったの。異能者じゃなかったから」


 詳しくノーシャの父について聞いたことがなかったフランは、突然の告白に絶句した。

 しばし放心したフランはごめんなさい、と真摯に謝った。


「私とアミカブル王家の」

「別に謝罪を求めて言ったわけじゃないし、父さんもあたしも国を恨んでないよ。フランもフレッド王も今出来ることを精一杯やってるわ。あたしが言いたいのはあたしもフランと同じでちゃんと友達がいなかったってこと」


 突然のぼっち宣言に困惑するフラン。ノーシャは、自虐を言ってるわけじゃないわよ、と話を続けた。


「そんなあたしを救ってくれたのは間違いなくフラン。誘拐されて洗脳されて、あなたを殺しかかったあたしを赦してくれたのもフラン。あなたはあたしにとって最高の友達で、最高のお姫様なの」

「……おだてても何も出ないからね?」

「おだてじゃないわ。純粋に、あたしの気持ち。ちょっとが気が強くて、それでいて優しくて……容姿端麗と――いや、ごめんなさい。ちょっと胸が残念だったわね」

「ノーシャ!」


 気恥ずかしさに顔を赤く染めていたフランの顔が別の意味で赤くなる。

 大声を出した時フランは気付いた。ノーシャの頬を同じように朱色で染まっていたことに。

 恐らくはフランを褒め称えている間に恥ずかしくなったのだろう。

 その顔を見て、なんだとフランは小さく笑った。

 自分と同じではないか。やはり、似ているのだ私達は。立場も違う、異能の有無の差もある。

 でも、どうしようもなく似ていると、フランは実感し、ノーシャもしているのだろう。


「冗談よ。でも、あたしがフランを尊敬している気持ちは本当。国民が慕っているのも。だから、元気出して。めげないで。あなたが元気でいてくれたら、あたしも元気になれるから」

「ノーシャ……」


 自分は何をしているのだろう。

 まだ何も始まっていないのに、何をしたわけでもないのに、勝手に落ち込んで、勝手に気弱になって……。

 あげく、親友に励まされている。


(こんなこと……やっている場合じゃない。これからどんどん大変になるんだから)


 ならば、自分は何をすればいい? いや、訊くまでもなかった。

 親友が道を提示してくれている。


「うん……ごめんね、ノーシャ。無意味に弱気になってた」

「元気を取り戻してくれたならそれでいいの。フランにも、それを守るあたしにも、やるべきことはたくさんある。今を見つめながら、未来のことを考えましょう」

「未来のこと……そうだ。みんなでお祭り行こうって言ってたよね」


 フランは直樹達がアミカブルを去る前、自国で行われる祭りに誘っていたことを思いだした。

 結局、祭りで遊ぶ前に開戦となってしまったが、ならば終戦の時のことを考えればいいだけだ。

 政治と軍事を指揮するのは父親の役目。自分に出来ることは、怯える国民達に元気を与え続けることだ。


「そうだったわね……。終わったら、みんなで行きましょう」

「そうだね。お父様は現在を、私は未来のことを考えなくちゃ」


 吹っ切れたような面持ちになるフラン。

 それを目視していたノーシャは、不意に湧いてきた茶目っ気に従うことにした。


「そうね……なら、世継ぎのことを考えなくちゃね」

「っ!? ナオキは関係な――」

「ナオキなんてあたしは一言も言ってないんだけど」


 にやっと笑うノーシャに対し、フランは顔を真っ赤にして声を上げる。


「第一あの男が国王の器に相応しいとも思えないし、政治とか絶対出来ないだろうし!」

「へぇ……結婚した後のこと、考えたことあるんだ」

「っく!?」


 言葉に詰まるフランを見て、くすくす笑うノーシャ。

 うぐ、ぐぐ、と悔しそうに口どもりながらもフランは、戦争が終わって平和となって、友達として時間を過ごしたならば、もしかしたらそういう未来もあるのかもしれないなどと思う。


(未来は無限通りとも言うし……考えるくらいだったら自由だよね)


 決して自分がそういう未来を望んでいるわけではないが、様々な可能性があるのはいいことだ。

 そして、自分に出来ることは、そういう未来の種を潰さないこと。

 そのためにも自分に出来ることを精一杯する。

 そう胸に誓いながら、フランは親友と他愛のない談笑を続けた。綺麗な花々に囲まれながら。

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