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暗殺少女の理想郷  作者: 白銀悠一
第一章 異能殺し
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追跡

 警察官の一般的な制服を着ている男は、にこにこと報告する私服刑事に嘆息した。着任の挨拶なので特筆しておかしな部分はない。報告する対象を間違えなければ。


「本日より刑事課に配属することとなりました、浅木真理です!」

 

 ピシッと敬礼する。達也の頭は痛くなった。

 黒髪のこの私服警官は、達也の元部下である。


「浅木、刑事課はここじゃない。自分の上司に報告してくるんだ」

「ひどいですよ、達也さん。何度もそちらに希望届を出しているって言うのに」

「俺は何度もダメだと言ったはずだがな。良い所じゃない。俺がどうやって異能犯罪対策部を設立したか知らないわけじゃないだろう」

 

 達也はお世辞にも良いとは言えない方法でこの部署を設立したのだった。そんな所にかつての部下を巻き込むつもりは毛頭ない。


「だから、ここの刑事課に転属したんです。私はしつこいですよ? はいというまでストーカーのように付きまといますから」

 

 そう言って、浅木は会議テーブルの横にある椅子に座り込んだ。


「浅木……」

「逮捕してくれても構いませんよ?」

 

 はぁー、と重いため息を達也は吐く。それを聞いて浅木はふふっと笑う。


「昔を思い出しますね」

「昔……」

 

 全てが順調だったあの頃か。達也は一年前に想いを馳せる。

 あの頃は、くそ親父への対抗心で一杯だった。どんどん腐っていく警察組織をかつての、憧れていた輝かしい警察へと戻す為、微力ながら努力していたあの頃。

 だが、そんな悠長な事はもう言えなくなった。あの惨劇を目にして、青臭い理想を語っている場合ではないと気付いたのだ。

 だから、恐喝まがいの事をして、汚職にまみれてでも、親父と同類になってでも異能犯罪対策部を設立したのだ。

 しかし、強引に設立された部署と、達也の目的に賛同する警察官は皆無に等しかった。故に、異能犯罪対策部には達也と、協力を頼んでいる炎しかいない。

 警視監という階級もただの飾りでしかないのだ。とはいえ、飾りでも使えないことはない。移動したいと言ったら警官達は素直に命令を聞いてくれる。本心がどうなのかは知らないが。


「そういえば、炎ちゃんは?」

「まだ学校……いや、もうそろそろ終わるはずだ」

 

 達也は携帯を取り出し、電話を掛けた。だが、いつもならすぐ出る炎がなかなか出ない。

 どうしたのかと訝しんだ達也の耳に着信音が聞こえてくる。


「ん?」

 

 ガチャ、と会議室の扉が開く。そこにいたのは青い髪の女性と、黒スーツの男達、それと運ばれている炎だった。


「……お前」

「そう睨むな、新垣達也。私は異能省から派遣された——」

「前置きはいい。要件はなんだ」

 

 達也は立ち上がり、女性に詰め寄る。無意識に腰に提げている拳銃に手が伸びた。


「そうだな。彼女……草壁炎はある事件の容疑者なんだ。ここ最近、炎を使った殺人事件が多くてね」

「……嘘をつくのが下手だな」

 

 よく言われるよ、と女性は芝居がかった動作で答える。ズボンの後ろポケットから取り出した、水鉄砲をくるくる回しながら、


「しかし、異能者にはまだ謎が多い。炎君が常識の範疇を超える方法で殺人を犯していたとしてもそれを証明する方法はないわけだ。だから、牢屋に入れて犯人が犯行を犯すのを待つ。そして、我々の監視中に事件が起きて、炎君が何のアクションも起こしていなければ彼女は無罪だ」

「そんなふざけた方法が」

「疑わしい人間を殺してしまうより、ずっと平和的な方法だと思わないか? 警官」

 

 カチャ、と女性は炎の頭に水鉄砲を向けた。そして、引き金を引く。

 浅木が声を上げて立ち上がった。が、銃口からは何も出ない。


「安心してくれ、殺しはしない……まだ。そちらの対応次第だが」

「わかった……」

 

 達也は拳銃から手を放す。女性はにやりと、満足したかのように笑った。


「ありがとう、新垣達也。私の名前は水橋 ゆうだ。よろしく」

 

 水橋は水鉄砲をしまい、握手を求めて手を差し出す。達也はしぶしぶ手を握った。


「よし、では連れて行け」

 

 水橋は踵を返し、黒スーツ達と共に留置所へと移動し始める。


「良いんですか?」

 

 浅木か達也に尋ねた。達也は携帯で神崎直樹に電話を掛けながら言う。


「良いも悪いもない。今は出来る事をするだけだ」

 

 

 

 目を覚ますと、暗い場所だった。

 半覚醒の状態で、辺りを見回すと、手狭な部屋であることが理解できる。そして、何より一度注視すると衝撃で目を放せないものがあった。

 鉄格子、だ。


「……え、え?」

 

 赤い髪の少女は目に見えて分かるほど慌てた。何が起きたの? 私は一体……。意識を失う前の記憶を思い起こす。

 炎は自分の状況を整理する。そうだ、私はあの女の人に……。


「おい」

 

 反対側の牢から声が掛けられた。炎は顔を上げて、目を細める。


「お前も異能者か?」

「……はい」

 

 控えめに、炎は男の質問に答える。

 反対側にいる男には見覚えがある。たまたま殺されなかった異能者のはずだ。炎は関わらなかったが、銃撃戦の末捕縛された男だったはず。


「脱走しないか?」

「しません。私は無実ですから」

 

 なぜ自分が留置所にいるかは分からないが、何かしらの誤解があったからだ。

 すぐ自分は釈放されるだろうという確信が炎にはあった。

 炎の言葉を聞き、何かおかしかったのか、男は声を上げて嗤う。


「何ですか?」

「ハハハッ……ガキだな。俺達異能者が捕まってタダで済むと思うのか? 適当な証拠をでっち上げられて、面倒だから大虐殺したことにして……殺される。まともな裁判など行われない。そんな面倒な事をするより、銃殺した方が早いからな」

「それは……」

 

 事実だった。罪人には死を。検察官と弁護士、裁判官は異能事件に関わらなくなって随分と経つ。


「お前も、そうなるんだよ。訴えれば分かってくれる? そんな事はない。司法国家である日本はもうないぜ。無法国家なんだよ……俺達異能者にとってはな」

「確かに……そうかもしれません。でも、あなたは何か罪を犯したんでしょう?」

「ハハハ……確かにな。能無し連中を何人か血祭にあげてやった。だがな、お互い様だろう。奴らは俺達異能者を殺す。だから、俺達も無能者を殺す。ただそれだけだ」

 

 炎は嫌悪感を丸出しにした。


「私はそうは思いません。話し合えば——」

 

 よほど可笑しかったのだろう。男は腹を抱えて笑い出した。


「アッハッハッハッ! バカだな……。奴らは俺達を怪物だと思っている。お前も異能者なら、理不尽の一つや二つ、受けたこともあるだろう……?」

「……そんなことは」

「嘘はいけないぞ。お前のその瞳は……何か隠している。分かるんだよ……みんな、同じ目をしているからな」

 

 炎に反論は出来なかった。まるで録画された動画を見るかのように、過去が想起される。

 教室でひとりぼっち。友達など誰もいない。みんな、異能者は嫌いだから。

 昔から異能を隠すのが苦手だった炎は、自然と孤立していった。何が悪かったのか、何がいけなかったのか、誰にも分からない。

 でも――炎には耐えられた。兄がいたから。自分を大事にしてくれる、たったひとりの家族。

 だけど、兄は死んだ。もういない。炎と話し、遊んでくれる兄はもう――。


「そうだ、思い出せ。奴らへの憎しみを、怒りを、燃え上がらせろ。無能者は敵だ。殺せ……殺せ!」


 

 ――あんた、何でここにいるの? 危険なのに。

 

 当時の同級生が言ったことば。純粋な疑問が含まれたそのことばは、炎の心に突き刺さった。

 

 ――誰にも、必要とされてないのに。みんな、邪魔だと言ってるよ?


 あの同級生に他意はなかったのだろう。今の炎なら分かる。素直な、危険と言われている異能者に対しての感想だったのだろう。

 しかし、ことばには様々な意味が乗る。一つのことばにはたくさんの情報が含まれてしまう。

 そのことばがきっかけだった。全てが真っ白になっていた。

 内なる声が聞こえたのだ。甘く優しく、囁きかけてくることば。


 ――燃やせ……燃やしちゃえ。全て……。


 普段なら抗える内なることば。だが、今の炎は精神的に追い詰められている。


「炎!」

 

 無意識にことばを紡ぎそうになった炎は、牢の外から掛けられた言葉で意識を取り戻した。




「ごめんな……俺、そんな大変な事になってるなんて全然気づかなくて……」

「あ……直樹君……」

 

 直樹は学校終わりに達也から連絡を受けて、智雄に掃除を押しつけて、走って警察署まで来たのだった。

 早退したはずの炎がなぜそのような事に巻き込まれたのかさっぱり分からなかったが、今はどうでもいい。

 炎が無事ならそれでいい。直樹の本心だった。


「別に直樹君のせいじゃないから……」

 

 炎はぎこちない笑みを見せる。一瞬、何の感情も感じさせない顔をしていたような気がしたが、気のせいだったみたいだ、と直樹は安心した。


「ガキ共め。お友達ごっこか……? くだらない。そこの男もどうせすぐ他の奴と同じになる。分かるだろう……?」

 

 炎の反対側に留置されている男が何か言ってくる。炎が怯えたような顔をし、直樹自身も息を呑む。


「異能者と無能者は」

「そこまでだ」

 

 遅れてやってきた達也が男を睨む。


「黙っていろ」

「ハハハ……新垣達也か……お前の噂を知っているぞ」

「そりゃ光栄だ……おい、こいつを別の場所に移せ。殺すなよ? 絶対にだ」

 

 達也が、念を入れて近くの警官に言いつける。警官は面倒くさそうにへーいと返事をして男を移動させる作業にかかった。


「すまないな。配慮しそこねた」

「達也さん、私は――」

 

 炎が不安げに達也を見上げる。達也は大丈夫だ、と炎を落ち着かせた。


「異能省の連中が、エージェントなんたらをしているだけさ。それが終わったら、釈放される。君の扱いは他の容疑者と違うし、安全も保障されるから安心してくれ」

「はい」

 

 炎は一言返しただけだったが、その言葉には信頼の念が感じられる。炎と達也は、直樹には見えない絆に結ばれていることを再確認した。


「まぁ、休暇だと思って休んでくれていい」

「ここでですか? 冗談はよして下さい」

「フフッ、そうだな。直樹君、炎の話し相手になってやってくれ。俺はやることがあるんでね」

 

 そう言って達也はどこかへと歩いていく。後ろ姿を鉄格子越しに見送っていた炎は直樹に尋ねた。


「そういえば、心ちゃんはどうしたの?」

「え? あ~どうだろうな……無我夢中だったから……」

 

 炎の事で頭が一杯になっていた直樹は、心の様子がどうだったか確認するのをすっかり忘れていた。

 授業中は授業中でこれからどうなってしまうのだろうと漠然と想いに耽っていただけだったので、心について全く分からない。


「何それ……。でも、心配してくれたんだよね、ありがとう」

 

 炎はお礼を言い、はにかむ。

 直樹は大したことしてないよ、と言った後、猛烈に心の様子が気になりだした。

 今彼女は何をしているんだろう。今回の事と何か関係しているのだろうか?


「心は一体何をしてるんだろうな……」

 

 直樹は炎と同じ疑問を口に出し、狭間心が何をしているのかを想像し始めた。




『……ということ。つまり』

「挑戦状……ということね」

 

 携帯で通話しながら、心は一人、商店街を歩いている。

 炎が捕まってからもう数時間経つ。彩香から炎について話があると電話が掛かってきたときは、殺されたものかと思ったが、彼女から言われた言葉は心の予想を超えていた。

 

 草壁炎を捕らえた者から連絡がきたよ。

 

 開幕一番の言葉がそれだった。炎と捕らえた者達は、炎を返して欲しければ直接会いに来いというメッセージを発信しているらしい。

 情報ネットワークについて詳しい者なら誰でも目に付くものだ。だが、特定の人物に向けて発信されたものだろうということが心には分かった。

 もちろん、自分宛てだ。

 しかし、これはどう控えめに見ても罠である。向かう者はバカと言えた。


『どうするの?』

 

 彩香が尋ねてくるが、心の答えは決まっている。自分の想いを彼女に伝えた。


「どうもこうも……何もしないわ」

『……はぁー。心、本当にそれでいいわけ?』

「何のことかわからない」

 

 ぴた、と心の足が止まる。

 気づくと、模型店の前に来ていた。無意識に足を動かしていた為、よく通るこの場所へ向かってしまったらしい。

 ここで草壁炎と直樹に鉢合わせしたこともあった。ほんの数日前の事だ。

 その時は確証がなかったので、良き友人……いや、他人として接することが出来た。

 でもと、心は思う。今は違うのだ。あの場所にいたからには敵なのだ。


『心、私はあなたのパートナー。そのパートナーとして、異能殺し狭間心に伝えることがある』

「言ってみて」

 

 心は足を進ませる。以前、二人と歩いた道を辿るように。


『異能殺しは、いつも悪人を殺してきた。それは何の為? 理想を志す為でしょう? 私の知る心は、草壁炎を見捨てない。見捨てたら、きっと後悔する。確かに彼女は味方じゃないかもしれない。敵なのかもしれない。でもね、それとこれは別だよ』

「私に何のメリットも……ううん、最悪、デメリットしかない行動をしろと?」

 

 心は彩香に訊く。それは自問自答しているようにも感じられた。


『そう。っていうか、あなたいつもそうしてきたじゃない』

「……。わかった、ナビゲートをお願い、彩香」

 

 OK、という彩香の返事が聞こえる。携帯に座標が転送されてきた。


『装備ももう送ってある。後は心が行けば準備完了。あ、お礼はCDを――』

「ありがとう」

 

 ピ、と携帯を切り、心は目的地へ走り出した。


 


 女が指定してきた場所は、廃工場だった。

 誘い込むには絶好の場所である。罠がある可能性が考慮された。

 黒い仕事着に着替えた心は、携帯で彩香を呼び出し、お願いする。


「スキャンして」

『了解』

 

 ブン、と音がして光学迷彩が解除される。偵察用の飛行ドローンが姿を現した。

 これも心のラジコンの一つだ。ラジコンと呼ぶにはいささか高度過ぎる気もするが。


『ふんふーん、さってと……。あー、大丈夫、罠はないよ』

 

 彩香の透視能力の前ではトラップは無力である。もちろん、あくまで彩香が能力を使用している時に限る。


『敵の数も……一人って、やば!』

 

 彩香の焦り声を聞き、心は身構える。すぐさま、工場の壁を突き破って水が噴射された。

 凄まじい水圧の水が、偵察用ドローンを破壊する。


「……また後で!」

 

 ぴっと携帯を切り、ポケットへとしまうと、心はユートピアを取り出した。

 工場の入り口にカバーし、様子を窺う。


「ようこそ、異能殺し。いや、狭間心君?」

「水橋……優」

 

 心は移動途中、青い髪の女性について検索しておいた。

 水の異能を持つ女性。ただし、能力評価は……。


「私の事を調べ上げていたか。だが、異能省のデータベースに全ては載っていないぞ。私の能力評価ランクがBだからと言って舐めてもらっては困るな」

 

 言われなくてもランク評価には大した意味はないことは心も重々承知だった。ランクが低いからと言って弱いわけではないし、ランクが高いからと言って強いわけではないのだ。


「じっと止まっていると、死ぬぞ」

「くっ」

 

 心が隠れていた壁に、水鉄砲の口径と同じ程度の穴が空いた。

 心は思い切って工場内に侵入しながら、水橋の能力を査定する。

 いとも簡単に金属を切り裂く水。まるで水圧カッターとでも言わんばかりだ。

 あの女の前に遮蔽物は意味を成さないだろう。接近して一気に叩いた方が得策だ。

 心は携帯を取り出し、監視ネットワークにアクセスした。廃工場とはいえ、監視ネットワークは例外なく見張っている。

 恐らく、女性が心を狙い撃ったのもそのためだろう。監視カメラに映らない心をどうやって捕捉しているのかは謎だが。

 監視カメラにはばっちりと水橋の姿が映し出されていた。自信に溢れているのか、工場の真ん中に陣取っている。


「止まっている暇はないぞ」

 

 ビシュッ、と水が放出される。狙いは心の上だった。

 放棄された作業用クレーンが心に向かって倒れてくる。


「っ!」

 

 心は前転でクレーンを回避する。すると、水鉄砲を向けてくる水橋を目視した。


「デバイス起動!」

 

 間に合わないと判断した心は呪文を唱える。心の身体能力が二倍に跳ね上がった。

 自動車をもやすやすと切り裂ける水圧カッターが水鉄砲から発射される。

 心は横に跳んで躱す。無造作に積んであったコンテナがバラバラに切り裂かれた。


「試作デバイスか。身体への負担は凄まじいだろう」

 

 水橋は水鉄砲を撃ちまくる。心は回避しつつマシンピストルの引き金を引いた。

 射線が重なる。水鉄砲対拳銃。勝負にならないはずだった。本来ならば。

 だが、異能で強化された水は、ユートピアから発射された対異能弾をやすやすと砕いた。

 とはいえ、水が到達する頃には心はいない。既に別の場所に隠れている。


(効果時間が切れた……。どうする?)

 

 通常の身体能力に戻った心は、作戦を立て始める。あの水使いには弾切れの概念はないようだ。

 しかし、今自分は六発撃った。ロングマガジンなので、現装弾数30発。予備のノーマルマガジンが二つ。全弾数は64発。装備はグレネードとナイフ、袖に仕込んである小型ピストル。それと……。

 心はポケットから携帯を取り出した。電源は生きている。やってみる価値はあるかもしれない。

 心はハッキング対象を切り替えた。


「さあ、出てこい。私はどこでも狙い撃てるぞ」

 

 水橋は水鉄砲を構えて、心を探っている。彼女も心と同じように携帯を取り出して監視カメラで索敵しているようだ。

 ピ、と心は携帯をタッチする。水橋の携帯にハッキングをしかけた。


「なに……?」

 

 水橋の携帯はフリーズし、使用不能となった。通常時ならば個人情報を引き出してもいいが、今は戦闘中だ。簡易的なハッキングしか出来ない。


「この程度の小細工で勝ったつもりか?」

 

 水橋は叫びながら、心を探す。閑静な工場内に声が響き渡る。


「違う。つもりじゃなく、勝った」

 

 心は隠れるのを止めて、走り出す。右手にグレネードを持ち、左手に携帯を持ちながら。


「そこか!」

 

 水橋が水鉄砲を向ける。心は携帯を操作した後、呪文を叫ぶ。


「デバイス……起動!!」

 

 心は早送りされたが、いくら速いとはいえ、水橋に行動は筒抜けだった。


「フッ……確かに勝ったな、私が!」

 

 水橋は鉄砲を撃とうとする。しかし、阻まれた。

 水橋の横のベルトコンベア、そこに設置されている作業用クレーンに。


「邪魔を!」

 

 水橋は水鉄砲を放射し、クレーンを切り裂いた。水橋の水鉄砲はレーザーカッターのような使い方が出来る。

 たった一瞬のその隙は、異能殺しと相対する上で致命的だった。デバイスを起動した心が水橋に接近したのはその直後である。


「くぅ……!」

 

 水橋は水鉄砲を心へと向けたが、心はグレネードを彼女に向けて放り投げていた。もちろんこれで水橋を殺せるとは思っていない。

 心の予測通り水橋は水鉄砲でグレネードを切り刻んだ。

 爆発はしない。水圧カッターの威力は手榴弾の機能を完全に殺していた。

 グレネードの囮のおかげで、心は水橋の目前まで近づく。水橋は三度水鉄砲を向けようとしたが、心がデバイスで強化された蹴りを見舞った。水鉄砲は水橋の手を離れ放物線を描き飛んでいく。

 心は水橋を床へ組み伏せた。


「くっ……まさかな、完敗だ」

「異能省の……エージェント。炎……草壁炎はどこ?」

 

 心の呟きに水橋が頷く。


「ああ……否定はしない。誤解はありそうだが……。炎君は無事だよ」

「誤解? あなたは私を殺しに……」

 

 水橋は小さく笑った。


「そう言うと思ったよ」

「どういう……」

 

 ガタン! という工場の扉が開く音と、何者かが侵入してくる足音が響く。水橋の仲間かと思い警戒した心に、水橋は声を掛けた。

「百聞は一見にしかず。行動で示すとしよう」

 バッと水橋は心を右手で押し出す。咄嗟の出来事に心は反応出来なかった。


「何を……っ!?」

 

 直後、銃弾の雨が降り出す。心と水橋がいた場所に大量の銃弾が浴びせられていた。

 心は作業用マシンの後ろに隠れる。水橋を見ると、右手から血を流して、ベルトコンベアの影に蹲っていた。


「ふ……ぅっ……心君、良ければ水鉄砲を取ってくれるかい?」

「あなたは……」

 

 ガガガガッという銃声が再び轟く。心と水橋は会話を中断させられた。

 マシンの側面からユートピアを黒いヘルメット集団に向けて、心は引き金を引く。

 だが、敵の数が多い為、思うように射撃が出来ない。援護が必要だった。

 しかし、水橋の水鉄砲はカバーできるものがない通路に落ちている。取るには敵の気を反らすか、デバイスを起動するしかなかった。


(……でも)

 

 既に心は二度デバイスを使用している。これ以上のデバイス使用は心の身体に重篤なダメージを与える。

 自分の身体が傷つくのはまだいいが、敵に捕獲されてしまう可能性がある。それに自分が戦闘不能になってしまったら、結局、水橋は殺されてしまうだろう。


「仕方ないか……。だが、安心したまえ、そろそろ来るだろう」

「誰が……?」

 

 水橋は負傷した右手を抑えながら、不敵に笑う。

「君が助けに来た子さ」

 ぐわあ、という敵の特殊部隊らしき悲鳴を心が耳にしたのは、水橋の言葉を聞いた直後だった。

 物陰から様子を窺うと、草壁炎が敵を殴っている。


「ていっ!」

 

 銃声と打撃音が交互に鳴り響く。敵はアサルトライフルを炎に向けるが、撃つ瞬間にほむらはそこにおらず、ある者は飛び蹴りを、ある者は炎の拳を受けていた。


「やあぁ!」

 

 最後の敵が炎の回し蹴りを喰らい、豪快に吹っ飛んだ。


「やぁ……く……助かったよ、草壁炎君」

 

 水橋は敵が戦闘不能になったのを確かめて、ゆっくりと立ち上がった。


「……あなたは敵じゃない……んですよね」

 

 炎が訝しげに尋ねる。


「そうとも。私は異能省の……中立派だ」

 

 中立派?

 心は異能省の三つ巴合戦を思い出す。

 中立派は心が一番まともだと思っている派閥だ。異能者も無能者も等しく平等に扱う。


「……あなた達は狂言誘拐をして、私をはめたということ……?」

 

 異能省のエージェント同士の狂言誘拐だとすれば、心はまんまと嵌められたことになる。

 だが、炎は大声で違う! と叫んだ。


「違うよ、心ちゃん! 私は異能省のエージェントじゃない! 警察の人間なの!」

「警察……ふん、バカなことを」

 

 心は鼻で笑う。

 警察は一番有り得ない。心は連中の腐敗具合が如何ほどのものかよく知っていた。

 異能者でもない人間をむかつくからというふざけた理由で撃ち殺そうとした警官すら見たことがある。


「心君は炎君が嘘をついてると思うのかい?」

「当然。事実、嘘をついていた」

 

 水橋への返答に、炎は言い返せない。

 確かに警察関係者だということをずっと黙っていた。

 その為、すぐさま反論を返す事が出来ない。


「なるほど。しかし、君も自分が暗殺者だと言って教室にいるわけじゃないだろう? ならおあいこではないか? 一度腹を据えて話し合うのもいいと思うが」

 

 今度は心が言葉に詰まった。

 いくらでも反論出来るはずだ、と自分に言い聞かせるが、そうしたくないという心の中の気持ちが、言葉を発することを阻害している。


「心君、私は君を殺しに来たんじゃない。君に協力を」

 

 水橋との会話はまたしても中断させられた。

 敵の兵士が苦しみ始めたからだ。ミミズのように地面をのたうち、助けを求めている。


「待ってくれ……死にたくない!」「うあ……あああ……」「頼む……チャンスを……」「おが……おがああさ……ん」

 

 三人が目を見張る。心と水橋が炎に目を向けるが、炎は首を横に振った。炎は気絶させただけで、致命傷を与えるようなことはしていない。


「まさか……! 二人とも下がれ!」

 

 ジュウゥ……と何かが融ける音がした。敵の兵士が融け始めている。


「……ナノマシンによる後処理だ。こんな汚い手を使う奴は……無能派だな」

 

 炎は耐えられなくなったのか目を背けた。

 心も直視するに耐えかねて、目を伏せる。

 苦しみに喘いでいた敵は完全に……消失した。


「心君、炎君がこんな手を使う奴らの同類だと思うか? だとすれば、もっと極悪な手段を用いるとは思えないか?」

「……説得は無駄。私はあなたを信用したわけじゃない。でも——」

 

 心は懐に手を伸ばし、筒状の物体を取り出す。

 ピンを抜き、投げる瞬間に言葉を添えた。


「情報を再整理する必要がある」

 

 パッと強烈な光が工場を輝かせる。

 スタングレネードによる閃光の後、心は姿を消した。


「心ちゃん……」

「安心したまえ。脈あり、だ」

 

 水橋は自信満々に呟いた。

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