事件編 幕間1
『イキノコリ』は闇の中にいた。
もう何年この状態が続いているだろうか。誰とも話す事のないまま過ごした十年間。一人で、孤独で、恐ろしく暗い世界である。
十年前、あの事件がすべてを変えてしまった。
世間に流れている噂は、実のところ半分くらいは正解だということを、『イキノコリ』は知っている。
あの日、『イキノコリ』はあの忌まわしき惨劇の村……白神村にいた。村人が殺され、仲のよかった隣人たちが血まみれになり、家族が死んでいくのをこの目で見た。斧を持って立ちはだかる殺人鬼の姿は、今でも夢の中でよく見る。もっとも、あまりの恐怖ゆえに記憶が完全に思い出すのを拒否しているためか、その表情は薄ぼんやりしているのではあるが。
いずれにせよ、『イキノコリ』はあの村でただ一人生き残った。その点においては世間の噂は正しい。あの日、確かに村に『イキノコリ』はいたのだ。
以来、『イキノコリ』はあの空虚な村から真の意味で離れることができないでいる。どれだけ逃げ出そうとしても、いつの間にかあの村に引き戻ってしまっているのだ。
そんな『イキノコリ』の暗闇の向こうから、いくつもの声が聞こえてくる。その声は、『イキノコリ』のテリトリーに容赦なく踏み込んでくる。
そっとしておいてほしい。『イキノコリ』はそう考えるが声は容赦なく近づいてくる。
『イキノコリ』は目を開ける。声の主たちを確認するために。