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第五話 「失われし記憶 旅する理由」

 「そろそろ休もうか」


 ぜぇぜぇと、ナルカの息が上がってきたのを見て、そう提案した。


 歩き始めてまだ少ししか経っていないが、無理をさせるわけにはいかない。

 防具を装備した状態で、足場の悪い森を歩く事に、ナルカは慣れていないのだ。

 ちょっとしたことで怪我をしかねないし、慎重に行くべきだろう。


 「わた、しは、平気……です、よ?」


 顔を真っ赤にしながら、ナルカがそう言ってくる。

 悪いが、ちっとも平気そうには見えない。

 どちらかと言えば死にそうな感じが漂っている。


 「息切れしてるじゃないの。先はまだ長いんだから、休み休み行きましょう。ね?」

 「は、はいぃ……。すみ、ません……」


 見かねた姉ちゃんの言葉に頷き、ナルカがその場に座り込む。


 よほど疲れていたのか、激しく肩を上下させていた。

 汗も結構な量をかいており、鼻の頭からポタポタと落ちている。

 背負っている荷物を下ろし、手ぬぐいを引っ張り出す。


 「ナルカ、これ使え」

 「あり、がとう、ございま、す……」


 よろよろとした手つきでナルカが受け取り、そのまま顔を覆った。

 滝のような汗が手ぬぐいに吸い取られていくが、呼吸の荒さは変わらない。

 たぶん、喉も渇いていることだろう。


 「姉ちゃん、近くに川とかないか? ナルカに水を飲ませてやりたいんだけど」

 「川はもっと先だけど、水ならあるから安心して」


 言うなり、姉ちゃんは下ろした荷物から竹で出来た水筒を取り出した。

 ありがたい。本当に助かった。

 ちゃぷちゃぷと音を立てながら、姉ちゃんがナルカに水筒を差し出す。


 「ナルカちゃん、どうぞ。ゆっくり飲んでね」

 「いた、だきま、す……」


 受け取った水筒の栓を抜き、傾けて行く。

 コク、コク、とナルカの喉が動いた。

 必死になって水を飲んでいる様が、何だか可愛らしい。


 「ふへぇ~……、生き返りましたぁ……」


 ナルカが水筒から口を離し、深く息を吐いた。

 心なしか表情にも余裕が見える。

 さっきと比べてみれば、呼吸もずいぶん落ち着いたみたいだ。


 ただ、ナルカの汗はまだ止まらない。

 手ぬぐいで拭いても、そこからまた汗がにじみ出てきている。

 まだ顔も赤いし、しばらくは座らせておいたほうがいいか。


 腰を下ろして一息つく。


 (……何だか、頭が重いな)


 さっきから思っていたが、どうも頭がぼんやりする。

 まるで霞がかかったかのようだ。

 1つの事を考え続けることができず、うまくまとめることができない。


 体はそうでないけど、精神がかなり疲れていることに、今さら気が付いた。

 短い間に色々なことがあったせいか、村を出たという実感すらも沸いてこない。


 まるで夢でも見ているような気分だ。

 今、こうしているのも、全部が夢。

 目が覚めれば、泡のように消えてしまうのでないかとさえ思えてくる。


 (……しっかりしないとな)


 ナルカを見て、そう思う。

 俺よりずっとつらい思いをしているはずなのに、ナルカはただ歯を食いしばって耐え、しっかりと前を見て進んでいる。

 色々と不慣れなことが多いナルカが、これだけ頑張っているんだ。

 夢を見ているみたいだとか、疲れただとか、そんなことを言っている場合じゃない。

 俺も、見習わなければ。


 「リオスさん、どうしましたか? ……あっ、汗ですか!? どこですか!? ここですか!?」


 俺の視線の意味を勘違いしたナルカが、慌てて手ぬぐいを顔に当てる。


 「違う違う、そうじゃないよ。すごいなって思って見てただけだ」

 「汗の量がですかっ!?」

 「汗から離れろよ」


 でもまぁ、これだけの量をかいていたら、さすがに気になるか。

 そういえば、川まではまだ結構な距離があるって姉ちゃんが言ってっけ。

 俺はいいとしても、姉ちゃんとナルカは汗を流したいだろうし、何とか今日中には辿り着いておきたいところだ。

 飲み水も確保できるしな。


 「? それなら、何がすごいんですか?」

 「ナルカの根性だよ。重たい防具つけながら森を歩かされてさ、文句の1つも言わないなんてすごいって思ってな」


 何をやるにしても、慣れていなければどうしても疲れてしまうもんだ。

 俺が初めて狩りに行った時もそうだった。

 とにかく疲れて、暑くて、動けなくて、気が付いたら地面に倒れていた覚えがある。


 獲物を見つけた時も、ろくに武器を振るえなかったし、放った矢なんてかすりもしなかった。

 当時は割と本気で死ぬかもしれないと思ったものだけど、今のナルカを見てしまうと、だらしなかった自分が情けなくなる。


 ナルカにしてみれば、ここまでは初めての連続だったはずだ。

 体はもちろん、精神も俺なんかよりもよっぽど疲れているだろう。

 それなのに、ナルカは弱音の1つも吐こうとしない。

 改めて思うが、本当に強い子だ。心底、すごいと思う。


 「い、いえいえ! とんでもないです! 喋れるだけの元気がなかっただけですよ!

 本当に疲れちゃってこんな有様ですし!」


 ナルカが慌ててぶんぶんと手を振る。


 否定しているわりには、何だか顔が綻んでいるように見える。

 照れているらしい。

 可愛いやつめ。


 「それに、私よりもお2人のほうがすごいじゃないですか!

 全然息が上がってないですし、全然平気そうだし!」

 「私とリオスは慣れてるからだよ。ナルカちゃんも、慣れればこれくらいなら余裕で歩けるようになれるよ」

 「そ、そうなんですか?」

 「そうなんです」


 きっぱりと、姉ちゃんが言い切る。


 確かに、村からここまではあまり離れていない。

 この程度の距離なら、慣れさえすれば楽に行き来できるようにはなる。


 問題は、慣れるまでの時間だ。

 長い間眠っていたナルカの体は、おそらくかなり鈍っているはず。

 目を覚まして、初めて立ち上がった時に、支えてやらなければならない程にふらついていたのが何よりの証拠だ。


 一朝一夕では、とても無理だろう。

 結構な時間がかかることは間違いない。


 「それなら頑張りますっ! 頑張って慣れますっ!」


 でも、拳をぐっと握りながら張り切るナルカを見ると、すぐにでも慣れてしまいそうに思えてくるから不思議だ。


 真っ直ぐだ。

 目の前の事に、ただ一生懸命になっている。

 言葉にはしないが、何だか少し和んだ。


 「そういえばリオス、これからどうするの? ちゃんと考えてる?」

 「……ごめん、全然考えてない」


 姉ちゃんの問いかけで、ようやくそれを思い出した。

 村を出る時は森を抜けることしか考えていなかったけど、さすがに何も決めないまま進むわけにもいかない。

 森を出た後で手詰まりになるのが目に見える。

 決めるなら、早いほうがいい。


 となれば、まずは行き先でも考えたほうがいいか。

 森を抜けてすぐのところに、帝都があることは知っている。

 それまでの道のりなら姉ちゃんも知っているし、大きい町だから行ってしまえばどうにでもなる気がする。

 宛てがあるわけでもないし、まずはそこに行くのがいいんじゃないだろうか。


 「帝都に行くってのはどうだ? 悪くないと思うんだけど」

 「帝都かぁ……」


 だが、俺の予想とは逆に、姉ちゃんは難しい顔をして腕組みをしてしまった。

 何だろう。まずかっただろうか。


 「……止めといたほうがいいのか?」

 「うぅん、そういうわけじゃないけど、私が聞きたいのは行き先じゃなくて指針。生活していくための場所を探すとか、遠くまで旅をするとか、そういうのが訊きたいな」


 困ったような笑顔で、姉ちゃんがそう言う。

 指針、か。

 行き先と同じで、これも頭から抜け落ちていた。


 ―――これから、何をしたいか。どうしたいか?


 考えている最中に、ふと、ナルカの姿が目に入った。


 そういえば、ナルカはどう思っているんだろうか。

 聞いてみるのもいいかもしれない。

 何も知らないのは俺と同じかもしれないけど、何となくでいい。

 具体的でなくても、何か指針への手掛かりになれば御の字だ。

 

 「ナルカはどう思う? どこか行ってみたい所とか、やってみたい事とか、そういうのあるか?」

 「わ、私ですかっ? えっとその……、ちょ、ちょっと待ってくださいねっ!」


 えっと、えっと、と戸惑いながら、ナルカは考え込む素振りを見せた。

 しどろもどろとしながらも、指を1つずつ折っている。

 たぶん、候補を挙げているのだろう。記

 憶がなくても、やはりそういうことはわかっているようだ。


 親指に人差し指、迷いながら中指を折り、ちょっと考えて薬指を折る。

 小指まで折り曲げたところで、なぜかナルカは暗い顔をして俯いてしまった。

 握るようにしていた指も力なく開いていき、どこか哀しげに目を細めた。


 何だろう? 嫌な事でも思い出してしまったのだろうか。


 「……私、記憶を取り戻したいです」


 どうかしたのかと、そう声をかけようとする前に、ポツリとナルカが呟いた。


 「楽しかった事とか、悲しかった事とか……、思い出せないだけで、そんな思い出がたくさんあるはずなんです。私は、それを取り戻したいんです。どうしても」


 そう言い終えると、ナルカは口を結んで黙りこんでしまった。


 自分の事なのに、それが思い出せない。

 そんな中でも気丈に振舞っていたナルカだけど、心の中で常にその恐怖と戦っていたのだろう。

 不安にならないわけがない。


 わからないということは、どんなことでも恐怖を覚える。

 それが自分のことなら尚更だ。

 もしかしたら、ずっと記憶が戻らないかもしれないことを考えると、とても落ち着いてなどいられない。


 現にナルカは、それを恐れている。

 小さくなって落ち込んでいるその姿は、今にも泣き出しそうに見えた。


 見ているだけで、心が痛む。


 出来ることなら何とかしてやりたいが、俺の力ではナルカの記憶を取り戻してやることはできない。

 見ていることしかできない自分が腹立たしい。

 少しでもいい。ナルカの力になってやりたい。

 何か、何かないか。


 (……待てよ)


 ある。

 あるじゃないか。

 すぐにとは言わないが、ナルカが記憶を取り戻す助けになる手が。


 「それなら、旅してみないか? 世界の、色んな所を」


 俺の提案に、2人は目を白黒させる。


 「旅をするって……何のために?」

 「もちろん、ナルカの記憶を取り戻すためだよ。色んな所に行けば、ナルカも記憶を取り戻せるかもしれないじゃないか」


 聞いた話だと、記憶喪失の患者は、ふとした切っ掛けさえあれば、記憶を取り戻すことができるらしい。

 ただ、その切っ掛けとやらは、人によってそれぞれ違うとも聞いた。

 行動だったり、食事だったり、風景だったりといった具合にだ。


 もちろん、ナルカの切っ掛けなんて俺にはわからない。

 でも、わからないからといって、いつ訪れるかわからない切っ掛けを待っているだけなんて、俺は嫌だ。


 それなら話は簡単だ。

 待つのが嫌なら作ってしまえばいい。

 見た事もない所を旅して、色んなことをナルカにしてもらって、

 3人で美味い飯をいっぱい食って、そして綺麗な景色を一緒に見ればいいんだ。


 仮に、俺の作った切っ掛けが、ナルカの記憶を取り戻すものでないとしても、それはそれでいい。

 違うなら、正解になるまで続ければいいだけの話だ。

 義務も使命もない俺たちには、たくさんの時間がある。

 ゆっくりとでも、ナルカの記憶を取り戻していけばそれでいい。


 「……あまり言いたくないんだけど、ナルカちゃんが本当に邪神だった時のことって考えてる?

  最悪な事態になったら、どうするの?」


 俺も、それを考えなかったわけじゃない。

 仮にナルカが邪神だとして、記憶が戻ってしまうとなれば……たぶん、想像もしたくない大変なことになるだろう。

 下手をすれば、村の伝承の二の舞になる。

 一番近くにいる俺と姉ちゃんだって、ただでは済まない。


 けど、今の落ち込んでいるナルカを見ると、とてもそんなことをするとは思えなかった。

 出会ってまだ間もないけど、暴力や虐殺を好む人物でないことくらいはわかる。

 むしろ逆だ。そんなものとは、一番縁のない性格をしている。


 だが、それも記憶を取り戻したらどうなるかわからない。

 人が違ったかのように残虐な性格になるかもしれないし、見た生き物を残らず殺してしまうかもしれない。

 それだけはどうしても予測ができない。

 蓋を開けてみるまで、わからない。


 でも、それでも、俺はナルカを信じたかった。

 俺を色眼鏡で見ず、笑いかけてくれた大事な人のことを信じたいと、そう思った。


 「……ナルカは大丈夫だ。絶対にそんなことにはならない。俺は、そう信じるよ」


 姉ちゃんの目を真っ直ぐに見据えて、そう言った。

 きっと、ナルカなら大丈夫だ。

 たとえこいつが邪神だとしても、人々に害を与えるような真似は絶対にしない。


 姉ちゃんは何か言いたそうな顔をしていたが、それもほんの一瞬のことだった。

 一度だけ頷き、笑顔を浮かべる。


 「……そうだね、ナルカちゃんがそんなことするわけないもんね。ごめんなさい」

 「ああ。そうだろ? ナルカ」

 「はい。記憶を取り戻して……それで仮に私が邪神であることがわかっても、絶対に人を傷つけるような真似はしません。約束します」


 瞳に強い意志を宿しながら、ナルカは俺の問いに頷いてくれた。

 姉ちゃんの許しも貰えたし、ナルカの返事も聞けた。


 ナルカの記憶を取り戻すために、世界を巡ること。


 行った事も、見た事もない所へ向かうことを不安に思わないと言えば嘘になる。

 けど、それ以上に、姉ちゃんとナルカと一緒に旅をすることが嬉しかった。


 この2人なら、どんな旅路だとしても、きっと楽しい物になる。

 まだ始まってばかりの旅だけど、心のどこかでそう感じていた。


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