Heart's Cry-7
〈注釈〉
※1…日本で例えるなら、「アキラ」のような名前。
※2…美人の基準。ほとんどの女性は、短くても肩より下まで髪を伸ばしている。デュランの髪の長さは現代で言うところのベリーショートであり、女性アスリートの一部に見られるのみ。
デュランが髪を伸ばさないのは、邪魔になるからというのと、外ハネ気味の癖毛なので、伸ばすとみっともないと思っているから。
「あのう、王子?」
王子は瞳を宝石のように輝かせ、私の手を固く握っていらっしゃいました。お一人で何か納得したかのように、頷かれていらっしゃるのです。
「王子、私は男ではないのですが――」
誤解です、と申し上げようと思ったのですが、
「謙遜するなデュラン! 王子である俺が認めたんだ、お前はこの国でイイ男五本の指に入るぞ!」
と王子は興奮したようにまくし立てるのでございます。私が勝手に抱いていたものではありますが、それにしても先ほどまでの王子のイメージが、脆くも崩れ去る瞬間だったのでございます。
さて、知識の浅い私ではございますが、ここで王子が私を男と誤解なさった理由を、私なりに考えてみました。
一つ目に挙げられるのは私の名前でございます。デュランという名は、女性にはあまり名付けられない名前でございます。(※1)もちろん、デュランという名の女性は私以外にもいらっしゃるでしょうが、それ以上に男性の方が多いかと思われます。
二つ目に考えられるのは私の容姿です。私の背丈は百八十センチメートルほど。王子よりも幾ばくか身長が高いのでございます。そして髪は肩につくかつかないかほどしかございません。この国、いえ、現代の世界では一種の「女性のステータス」であります長い髪を(※2)、私は持っていないのでございます。これも一般の女性像からは、いささかかけ離れたものなのかもしれません。
他にも、かすれた低めの声、魔法の修行のせいか少し骨ばった手、平均よりも遥かに膨らみのない胸など……。挙げればキリがないのでございます。確かに、王子が女性と誤解される理由はございます。
しかし、それにしましても不自然です。いくら王子でも、男性と女性の区別がつかないはずはございません。そんなにも私は男性に見えるのでしょうか? ――いいえ、そんなはずはございません。
そこまで考えて、私は一つ思い出したことがございます。
王子が家庭教師をお探しになられたとして、いくらなんでも身元も知れないような輩にご依頼なさるとは思えません。当然ながら、私のことを調査されたでしょう。
「王子、私のIDカードの情報をご覧になりましたか?」
私は気を取り直して、王子にお尋ね申し上げました。IDカードとは、世界共通の身分証でございます。出生届を出した瞬間から、生年月日、性別、所在地――あらゆる個人情報が入力されたIDカードが発行されるのでございます。もちろん一国民である私にも、IDカードは交付されているのです。そのカードの情報さえ調べ上げれば、私の性別などは一目で知ることが出来るのです。ですが――
「ああ。まあお前に黙って個人情報を覗くのは忍びなかったがな。アルバが絶対に見ておけと言うからな……。悪かったよ。」
「……いえ、アルバさんのおっしゃられたことは正しいことです。どうかお気になさらず。」
妙なことでございます。なぜ、IDカードにも私の性別が男性となっていたのでしょう?
「……師匠ですね。」
「ん? 何か言ったか?」
思わず呟いてしまったのが、王子のお耳に入ったようです。私は何でもありませんとお答えして、また考えました。
師匠のことです、私が女性であることが将来どう影響するのかお考えになった末に、私を男として出生届を書かれたのでしょう。女の細腕で魔法の腕を磨くのは困難なことでございます。確かに女だからと軽視された経験が無いわけではございません。ですが、私は男として育てられてはいません。師匠はなぜ私を男という「設定」に……?
そこで私は、何かが頭の中で繋がったように感じました。
「王子、もう一つお尋ねしたいのでございますが……前任の方のお名前は、何と?」
「ああ、ウィレム=ヴォーグだ。なんでも高名な魔法使いと聞いたが……知っているか?」
――それは、師の通り名でございました。