Cesario-10
〈注釈〉
※1…「気持ち悪い」は普段から言われ慣れている。
王女は黙り込んで、私の顔を見上げたまま座り込んでしまわれました。私は差し出した手で、失礼を承知の上で王女の美しい髪に触れました。王女は一瞬驚きなさり、肩を震わせましたが、そのまま私の手を受け入れてくださいました。
私が二、三度その御髪をお梳き申し上げた後、彼女はばつの悪そうな、しかしどこか不満げなお顔で私を見上げなさいました。
「……今度は何よ……。」
王女は呟くように仰せになりました。
「エール様、無理をなさることはございませんよ。」
できるだけ優しく、諭すように申し上げました。
「……何の話かしら。」
王女は私から視線をお外しになり、ご自分に言い聞かせなさるようにお答えになりました。
「……失礼。」
私はそう申し上げるやいなや、とうとう王女をこの腕に抱きこめてしまいました。彼女のいじらしいお姿にどうしてもそうせざるを得なかったのでございます。
「どう、して……」
王女のお声は私の肩にかき消されてしまわれました。そのまま王女は私にお身体を預けてくださいました。
「――私だってわかってるわ。お父様のお気持ちも、お母様のことも……。」
しばらくして私は王女をお放し申し上げました。どうやら御心のままをお話し頂けるようでした。
「でも私だって一人の女の子よ。あの子みたいな名前が良かったって、何度も思った……」
私は何も申し上げず、涙を流しなさる王女のお言葉をお聞きしました。
「本当はわかってるの! お母様はきっと、私をとても愛して下さっていた……でも……」
王女は間をおいて続けなさいました。
「でも言えなかった……。本当は、本当は私――」
「もう十分ですよ、エール様。あなた様はきっと、素敵な女性におなりになるでしょう。陛下もきっとお喜びになります。」
私は王女の涙を拭って差し上げました。
「陛下もきっとわかってくださいます。あなたはソフィ様であり、エール様でもあられるのですから。」
そう申し上げると、王女は大きく頷かれ、踵を返して陛下のもとへ向かわれました。
「お父様、ごめんなさい。私、お母様がどんなお気持ちで名前をくださったのか知ってるのに――」
国王の部屋に戻ったエールは、俯きながら謝罪を述べた。そんな娘の様子を、国王は妻の顔を思い浮かべながら、微笑んで見ている。彼女(悔しいが息子も)は母親似だ。
「エール、ありがとう。きっと母さんも喜んでいる。でも、おまえはエールのままでも良いんだよ。」
国王はぽんぽんと彼女の頭を撫でた。エールは先ほど自分の頭を撫でたデュランを思い出し、頬を赤らめた。
「それと……デュラン=コナーとの結婚、のことも……撤回しますわ。」
エールは「結婚」と言いにくそうにしながら前言を撤回した。その一言を聞いた国王は、歓喜のあまり涙を流しながら
「エールちゃあああん! 父さんは嬉しいぞおおおお!」
と叫び、エールに抱きついた。
「ちょっ……放し……放してください!」
国王は無視してエールに涙やら鼻水やらを擦り付けている。わなわなと震えるエール。
そしてついに堪忍袋の緒が切れた。
「……ッ気持ち悪いのよ、この――クソオヤジいぃぃ!!」
その後国王は、ショックのあまりまたしても臥せってしまった。
「エールちゃんが(ぐずっ)……可愛いエールちゃんがくそおやじって(ぐすっ)言った……。(※1)きっとリードのせいだ……おのれ……!」
翌日、王子の魔法の授業が終わった頃に王女は訪ねてくださいました。
「デュラン……悪かったわよ、いろいろと……。」
小さくそうおっしゃる王女を、私も王子も微笑ましく見つめ申し上げました。
「あと、一つお願いがあるの……。」
「どうぞ、私に叶えられるものでしたらなんなりとおっしゃってください。」
私は王女の前にかしずきました。
「……“デュランお兄ちゃん”って呼んでもいい!?」
頬を赤らめながら「お兄ちゃん宣言」をするエールに、リードは漫画のようにずっこけます。
デュランは苦笑しながらも快諾します。
シーザリオにお付き合いいただきありがとうございました。
ちなみに…この話は、エールにデュランを「お兄ちゃん」と呼ばせるためだけに書きました(笑)
次章はあの短距離界の名牝を予定しております。




