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Cesario-9

〈注釈〉

※1…便宜上“兄妹”としているが、兄妹なのか姉弟なのかはっきりとした記述はない。

 「十二夜」という古典戯曲がございます。

 前文明から伝わる、それはそれは古い喜劇でございます。わたくしは子供の頃その作品を読みました。短くてわかりやすい話でしたから、たいへん楽しく読ませていただいたものです。


 双子の兄妹(※1)は、乗っていた船が沈み生き別れてしまいました。主人公のヴァイオラは兄が死んでしまったかもしれないという悲しみを胸に、女性である身分を隠し、「シザーリオ」と名乗って貴族の下で働くのです。しかし悲しきかな女のさが、彼女は主人を愛してしまい、シザーリオとして生きる身を嘆くのでございます。

 そしてヴァイオラの主人にもまた、愛する女性がいたのです。彼女のもとへ主人の愛の言葉を届ける「シザーリオ」。しかし男装の麗人「シザーリオ」、今度は主人の愛する彼女に自分が愛されてしまうのです。板ばさみになる立場に嘆き、叶わぬ恋をするもの同士、ヴァイオラは彼女に同情するのでございます。


 なぜこのようなことを思い出したかといいますと、実は私の性別を勘違いされてしまったその日に、本などを入れた鞄の中から「十二夜」を引っ張り出し、ニ時間ほどで読み終わったからなのでございました。そう、少しでも男として生きる苦悩を知ろうと思ったのでございます。もちろん、やはりそこからは何のヒントも得られなかったのですが……。


 私がシザーリオならば……しかし王女は真実に私のことを愛していらっしゃるわけではないでしょう。


 この国の古い風習に、結婚すると女性は夫となる相手に新たな名を名付けられる、というものがございました。「相手のものになった証」を意味するこの風習は、婚礼の際に行う重要な儀式でした。しかしもはや忘れ去られたこの風習、一般の方が行うことはまずありえません。

 しかし王族、とりわけ国王、もしくは次期国王のご結婚式には、伝統的にこの風習が今でも行われているのです。当然賛否両論もございますが、亡くなった王妃陛下も「ユノー」というお名前を国王から賜りなさったと聞いております。


 おそらく王女の狙いはこれでしょう。ご結婚なさることで、ご自分のお名前を改名なさるおつもりだと推測されます。

「……困りましたね……。」

やはりこのままではいけません。陛下にもご心配をおかけするわけにもございません。ああ、心なしか下腹部の鈍痛もいつもよりひどく感じられます。


 「……お父様、入りますわよ。」

結婚宣言から一時間。そろそろ目をさましているだろうとエールが父の寝室を訪ねると、中から「ふにゃ」とした気の抜けたような返事があった。どうやら先程のショックからまだ立ち直れていないようだ。

「外してちょうだい。」

エールは国王の様子を見ていた使用人たちを追い払って、そばの椅子に腰掛けた。その間も王は枕に顔を埋めたまま無言であった。

「お父様、狸寝入りは見苦しいですわよ。」

やはり返事はない。

「……デュランとの婚約、認めてくださいますよね?」

エールの声には、名前を変えることへの想いが現れていた。喜び混じりの期待と、そして――――

 「……ソフィ。」

そう思いながら俯いたとき、突然、普段は呼ばれぬ名にエールは弾かれたように父の方を見た。いつの間に起き上がったのか、先ほどまでの気の抜けた様子でない、国王然とした真摯な眼差しにエールは貫かれた。

「ソフィ、わかってくれ。母さんはな……」

彼が続ける言葉を待たずに、エールは寝室を飛び出した。それ以上聞けば、罪悪感が襲ってくることに気付いていたからだ。


 どんっ。

「きゃっ。」

いたた……最近よく転ぶなあ、もう! 人払いしたってのに一体誰がこんなとこうろついてんのかしら! そう思いながら顔を上げて目に入ったのは……デュラン=コナーであった。

「お怪我は、エール様?」

そう言って手を差し伸べるエセ紳士面をした彼に、複雑な心を抱えたエールはただ座り込むのみであった。

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