Cesario-8
「その……悪かったな、デュラン。」
自室に戻る途中まで王子とご一緒させていただいておりますと、王子はそう切り出されました。先程のことでしょう。
「いえ、可愛らしい方ではありませんか。」
なにやら申し訳無さそうなお顔をしていらっしゃる王子でしたので、私は気になさらないよう、あえて笑いながら軽く申し上げました。
「ったく、困ったヤツだよ。ごめんな、あいつの考え知ってたのに言わなくて。」
そうだったのですか。
「……王子は、王女がなぜあのようにおっしゃったのか理由をご存知なのですか?」
そうお尋ねしますと、王子は立ち止まり、少し経ってからお話ししてくださいました。
「あいつのファーストネーム――“ソフィ”ってのは、母さんが付けた名前なんだ。」
そういえば王妃陛下がお亡くなりになったのは、たしか王女を産んで間もない頃だと聞いておりました。
「……そう。“ソフィ”ってのは、あいつにとって母さんから貰った数少ないプレゼントさ。ソフィは母さんから、命と愛と……それから名前を与えられたんだ。」
私は何も申し上げず、王子のお話に耳を傾けておりました。
「――ただ、母さんはエールを産んですぐ死んじまって、それをエールはずっと気にしててな。」
……お察しします。
「昔はソフィって名前も気に入ってたんだけど、何年か前に気付いたんだとよ……ソフィは古臭い名前だってさ。」
ソフィ――たしかに、この名前は滅多に見かけません。お年寄りですら、この名前の方はごくわずかでしょう。まだお若い王女が気になさるのも仕方ないことかもしれません。
「母さんがエールにこの名前を付けたのは、たぶん俺たちの母方のばあさんからとったんだと思うんだ。――ばあさんの名前はソフィーだったからな。」
「なるほど、それでですか。」
王子は頷いて続けました。
「ソフィーばあさんはスゴい人だったらしくってさ。母さんは貴族の家の出なんだけど、ばあさんはいわゆる庶民だったんだとさ。」
王子はおばあさま――亡き王妃の母君について語ってくださいました。
彼女は一般の、あまり裕福でない家庭で生まれ育ちました。義務教育を終えるとすぐに上流階級の家に住み込みで働きはじめたそうでございます。もちろん始めは社会経験の乏しい娘ですから、家の主人のそばに仕えることはできませんでしたが、何年も故郷の家族を支えるために働き、家事から生け花、礼儀作法まで、貴族の家で働くために必要なことならなんでも学んだそうです。そしてついに主人とそのご家族のそばに付き従うまでの、お若いながら万能な一流の女性使用人にまでなったのだそうです。
「――すげえだろ? 本当にばあさんはスゴくてさ。料理は上手いし、掃除は早くて完璧だし、服は作れるし、大学に行ってないのになんでも知ってる。先輩の使用人たちからあらゆる知識を教わったり、時には盗んだり……」
王子はまた歩き出しながらそうおっしゃいました。王子がおばあさまのことを語られるとき、その目は本当に綺麗に輝いておられました。どんな大きなエメラルドも、王子の瞳にはかなわないでしょう。
「それが評判に評判を呼んで、ついにはお坊ちゃんだったじーさんにプロポーズまでさせたんだよ。どこまで万能だよってカンジでさ。」
王子がおかしそうにお笑いになるので、つられて私もつい、笑みがこぼれてしまいました。
「王子はそんなおばあさまを誇りに思っていらっしゃるのですね。」
「ああ。だからエールに気付いてほしいんだ。あの名前にこめられた母さんの気持ちにさ。」
王子の表情がすこし暗くなってしまったのを見て、私は決心しました。
「――王子、きっと王女はわかってくださいますよ。……私も、ちょうど王女の婚約者はおつとめできないと思っていたところですから。」
「……説得するのか? あいつ、ああ見えてめちゃくちゃ頑固だぞ。」
王子が心配そうにそうおっしゃいました。私はそれに笑ってお答えして、王子とお別れしたのです。




