Cesario-1
「……て、手品ぁ!?」
素っ頓狂、という表現はいささか失礼にあたるでしょうが、王子は音を外してそうお叫びになりました。
「はい。」
私は王子に見ていてください、と申し上げると、一昨日買って来たばかりの新品のトランプをシャッフルしました。一昨日バルドナ城を出たのはこのためです。ああ、そこで騒動の発端に……。あの決闘騒ぎで警察が来なかったのは、観客たちが何かのイベントだと思っていたかららしいと聞きました。
「……ご存知の通り、魔法は器用さが求められます。ですから、王子には器用さを身に付けていただきたく。」
さあどうぞ、と申し上げ、私は王子に一枚カードをお選びいただきました。王子はそれをちらりとお確かめになると、それを私にお渡しなさいました。
「ですから、まずは手品の練習をと思いまして。」
私はもう一度トランプの束をシャッフルして一番上のカードをひっくり返しました。
「……正解だ。」
王子は少し驚きなさっていました。手品も今や時代遅れの芸でございます。王子には逆に新鮮だったのでしょう。
「今の、俺にもできるのかっ?」
王子はまるで子供のように無邪気にお笑いになりました。それがとても微笑ましく思えるのでございます。
「もちろん。王子の努力次第でもございますが。」
「よっしゃあ! ……なあなあ、今のタネってどんなのだ?」
「それはまだ秘密です。」
王子の家庭教師を終えて、私は王子の部屋を出ました。やはり王子は少し不器用なようで、はじめはトランプのシャッフルすらまともにできないようでした。とはいえ、無理もありません。本物のトランプは今では珍しいもので、ゲーム機の中でしか見かけないようなものでございますから。この二時間でかなりスムーズにシャッフルがおできになったのは、むしろ呑み込みが早い方だと言えるでしょう。
私が階段を下りていると、ぱたぱたと誰かが駆け上がってくる音が聞こえました。私が階下を覗き込むと、それは小さな女の子のようでした。
「きゃっ。」
「あっ!」
女の子は踊り場で足がもつれたようで、転んでしまいました。私は慌てて階段を下りて、彼女のもとへ向かいます。
「……大丈夫ですか――……! 貴女は……」
私は少し驚きました。なにせ彼女は――
「ソフィ王女?」
そう申し上げた途端、彼女はこれ以上ないほどに不機嫌なお顔をなさいました。そして、
「エールよ! キロミエール!!」
と大声で訂正なさいました。どうやら私は彼女の気に障ることを申し上げてしまったようです。
「……これは失礼を、キロミエール様。」
私はお詫びして、跪きました。ソフィ王女は、ふん! と立ち上がりました。どうやらお怪我はないようです。
「ふーん。あなた、知ってるわ。お兄様の新しい家庭教師でしょう?」
王女は私を頭の先からつま先までご観察なさって、そうおっしゃいました。
「はい。デュラン=コナーと申します。」
ソフィ王女はまだ幼いせいか、王子よりも幾分明るい金髪をお持ちになっていらっしゃいます。瞳の色は王子同様美しいグリーンで、少し吊り目気味でいらっしゃいます。白いブラウスと赤いチェックのワンピース、それに合わせたカチューシャを身に付けておられ、まだ――たしか十歳とお若いながらも、十分王族の気品を感じさせるお方でございました。
彼女の言う、「キロミエール」というお名前は、恐らく国王陛下から賜った名でございましょう。ファーストネームの「ソフィ」は亡き王妃陛下がお授けになった名だそうですから。
「……デュランね。覚えておくわ。それじゃあ、私は忙しいからこれで失礼。」
王女はそうおっしゃると、再び階段を駆け上がっていきました。一体、何をそんなに急いでいらっしゃるのでしょう?
そう思っていると、誰かが叫んでいる声が聞こえました。
「……王女ー、エール王女ー!」
あれは……アルバ氏のようです。
「アルバさん!」
私は階下で王女を探すアルバ氏に呼びかけました。彼は私に気付くと、大慌てでこちらに走って来られました。
「これはデュラン殿。エール……ソフィ王女をお見かけになりませんでしたか?」
「え、ええ、先程……。何かあったのですか?」
アルバ氏は汗を拭い、困ったように溜息をつきました。
「実はですね――」
シーザリオ――主な勝鞍は優駿牝馬(オークス)、アメリカンオークス
アメリカで初めてG1を勝った日本調教馬。日米オークスを制覇した女傑。
アメリカンオークスではレコードタイムで圧勝し、現地の実況は彼女を“Japanese superstar”と評した。
さらなる活躍が期待されていたが故障が判明、惜しまれつつもたった6戦で引退した。現在は繁殖牝馬。




