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第09話 待っててね、俺の正門

《聖陽葵 視点》



「ダンボール積み上げると危ないから、こっちに置いとくぞ~」

「う、うん。ありがと~」


 積み上げていたダンボールが崩れて転がっていたものを、司くんが手際よく取り敢えず作業の邪魔にならない部屋の隅に寄せて持っていってくれる。


 私は少しの間、せっせと片付けていく司くんの背中や横顔を無意識のうちにジッと見詰めてしまっていたけど、すぐにそのことに気付いて自分の作業に戻った。


 ふぅ、さっきはビックリしちゃったなぁ……。


 まだドキドキ言ってる。

 ちょっと身体も熱いかも……。


 だって、急に司くんが抱き寄せてくるんだもん。

 何事かと思っちゃったよ。


 もちろん、そのあとにダンボールが沢山崩れてきて、それを司くんが背中で庇ってくれたんだってわかってるけど……。


 正直、引き寄せられた力の強さとか、腰に回された腕の自分のもとのは違う硬さとかに意識を持っていかれちゃってて……気付いたら、ダンボールはもう床に転がってた。


 うぅ……まだ、ドキドキしてる。

 私、顔赤くなってない? 大丈夫?


 ……いや。熱いもん。

 絶対赤くなっちゃってるよねぇ……!?


 はぁ……。

 こんな調子で本当に司くんの心癒せるの、私?


 私が司くんに助けられてちゃ世話ないよぉ。


 逆、逆……!

 私が司くんを助けるんだから、しっかりしなきゃ。


「……よしっ」


 私はお義姉さん。

 私はお義姉さん。

 私は――――


「陽葵――」

「――お義姉さんっ!」

「……え?」

「あっ……」


 こちらに振り向いて声を掛けてきた司くん。

 決意を新たにしている最中だったため、私は思わず心の声を叫んでしまった。


 当然、司くんはキョトンとしている。


「えっと、やっぱり『お義姉さん』呼びにする?」

「う、ううん! 大丈夫だよっ!? 今のはちょっと……考え事してて……!」


 そう? と司くんは結局よくわからなさそうに首を傾げていたけど、荷解きの話が優先だと判断したようで、口にしかけていた話を改めて言ってきた。


 あぁ、もぉう……!

 私のばかぁっ……!!



◇◆◇



《諸星司 視点》



 生活するのに支障がない程度には、ぼちぼち引っ越し後の荷解きが終わった休日明けの月曜日。


 俺は相も変わらず朝のホームルームギリギリを狙って登校――というワケには、今日ばかりはいかなかった。


 自宅が変わったのだ。

 最寄り駅も一駅分遠くなり、今まで電車で二駅で着いていたものが、今日からは三駅になる。


 最寄り駅までの見慣れない道のり。

 知らない一軒家、知らないアパート、知らない店――横目に映る景色は、新鮮であると共に、どこか落ち着かない。


 そんな街並みの中、俺の歩く平均的なペースで最寄り駅にはおおよそ何分で到着するのか。


 同じ路線とは言え、今までよりほんの二、三分早いであろう電車の時刻表はどうなっているのか。


 それらの確認のためにも、今日は一般的と言えるであろう登校時間に家を出た。


 ただ、陽葵と一緒に登校するワケではない。

 俺が乗る電車は彼女の一本あと。


 元々陽葵が少し早めに登校するスタイルということもあるが、学校では俺と陽葵が親の再婚で義姉弟になったということは隠す方針で行こうと、この休日中に話し合って決めたのだ。


 名字も戸籍上は俺の父さんの姓の『諸星』で、家の表札もそのようになっているが、学校ではこれまで通り旧姓を使っていくことになっている。


「ふわぁ……ねっむ……」


 いつもの自分からすると寝不足気味。


 でも、大丈夫。

 もう登校する上で必要な情報は得られたので、明日からはのんびりと朝のホームルームギリギリに着くように登校出来る。


 もちろん厳密には一駅分電車が早く着くことになるので、その分は早起きしないといけないが、数分程度は誤差の範疇としてよし。


 欠伸を噛み殺す……こともなく堂々と大欠伸をしているうちに、気付けば英誠院学園の正門の前。


 同じ制服に身を包んだ生徒が、こうも沢山次から次へと学園の敷居を跨いでいく光景を見るのは久し振りだ。


 ここ最近はもう、俺主観では俺専用みたいな門構えだったからな、この正門。


 なんか、俺だけが知ってたモノが、どんどん他の人にも認知されていっちゃって、やるせない気分になることあるじゃん?


 満たされない小さな独占欲とでも言おうか。

 今、ちょっとそんな気分。


 まぁ、それもこれも明日から解決するんだけども。


 ――と、まさかそんな拗らせたようなことを、ぞろぞろ人が流れる正門を前に立ち止まって考えているワケもなく。


 俺はこちらもまた人口密度の高い玄関で上履きに履き替え、その調子で自教室へ……と思ったが、流石に長時間あのクソみたいな空気の中で呼吸するのは肺が死ぬ。


 本校舎から中庭を横断する渡り廊下を歩いて、今は誰も用事がなくてガランとしている特別棟の裏手にある自動販売機の前までやってくる。


 もちろん自動販売機は他の場所にもある。

 主に使用されているのは食堂にある三台の自動販売機で、この時間であれば人混みもなくサッと買うことが出来る。


 とはいえ、チラホラ生徒は買いに来る。

 特に同学年の奴と鉢合わせたら、どうせチクリチクリと針を刺されるに違いない。


 対して、この場所は知る人ぞ知る――とまではいかないまでも、そこまで使用率が高くない上に、本校舎から離れているためわざわざ買いに来る生徒は少ない。


 とはいえ、人を避けたいという理由だけでここまで俺が足を運んだわけではない。


 それこそ知る人ぞ知る情報になるが、この特別棟裏の自動販売機にだけ何故かホットの缶コーヒーが並べられているのだ。


 それも、無糖と微糖の両方が。


 他の自動販売機にもコーヒーはあるが、並んでいるのはペットボトルコーヒーでアイスばかり。

 ホットになると、何故かカフェオレになってくる。


 小銭を入れて、ピッ。


 ガシャゴンッ……!!


 落ちてきた無糖のホットコーヒーを拾い上げ、中途半端な高さの塀にお尻を半分ほど乗せるようにしてほとんど立ったような格好で座る。


「――っち、あっち……」


 ……ったく。


 自販機の『あったか~い』表示おかしくね?

 俺的には『あっつぅ~い』くらいに感じるんだけど。


 普通に両手で包んだらじぃんと熱い。


 そんな小さな不満を心の中で呟きながら、カキャッ……と缶の蓋を開ける。


 微かに細い湯気が上がっているように見える飲み口を口許で傾けた。


 ……熱い。

 でも、美味い。


 コーヒーを喉に通したあとも、口内に残った風味は広がり、鼻呼吸と共に抜けていく。


 こうやって缶コーヒーを一人寂しく嗜んでいる今の俺、ちょっとノスタルジーな雰囲気で絵になるんじゃね?


 と、冗談半分とはいえそんなワケないことを考えているときだった――――



「……あ」


 たった一音。

 混ざる色は驚き、困惑、動揺。


 どこか間抜けに零れた女子の声が、背中越しに飛んできた。


 どうしてだろう。

 この短い声色だけで振り返らなくても誰かわかってしまうのは、やはり幼馴染だからなのだろうか。


「司……」

「……はよ、玲美(れみ)


 首だけを振り返らせて反応すると、そこには案の定幼馴染の姿があった――――

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