第06話 迷える子羊くんには内緒ですよ?
《シスターさん(?) 視点》
懺悔室――それは、静謐で、静穏で、粛然とした神聖な空間。
人は生きる上で罪を生む。
その大きさに関わらず、犯した罪は罪悪感となって自身をも蝕む。
ゆえに、人は許しを請う。
罪悪感の捌け口を求める。
そんな人々の拠り所が、この懺悔室。
私は個人的なボランティア活動の一環で、この小さな教会のシスターとして立ち寄る人々の心の支えとなるべく、今日も懺悔室にて迷える子羊を待つ。
ただ、いつからかこの懺悔室は、ほとんどとある少年専用の相談所のような場所へと変わった。
顔も知らない。
名前も知らない。
しかし、もう聞き馴染んだ声の迷える子羊くん。
恐らく私とそう歳の変わらない彼は、頻繁にこの懺悔室に足を運んでは話し掛けてきてくれる。
最初は何度か小さな罪の告白もあったが、それは徐々に困りごとへの相談や、日常生活での愚痴へと変わり、最近ではもう友人であるかのように他愛のない雑談で盛り上がったりもしている。
本当にここは懺悔室? と私も自分自身にツッコミを入れることは何度もあった。
でも、今ではこれが私が待つ懺悔室のスタイルなのだという結論に至った。
人の心の支えになる。
誰かの心に寄り添う。
その方法は、何も懺悔を聞き入れることだけではない。
相談に乗ったり、愚痴を聞いたり、雑談に花を咲かせたり……どうあれその人の助けとなっているのであれば、私は手段にこだわるつもりはない。
むしろ、私の方が、顔も名前も知らぬ子羊くんと言葉を交わせるのを、心のどこかで楽しみに待っている気も――――
……コホン。
おっと危ない、危ない。
ちょっと煩悩が生じてしまいました。
ともかく。
いつものように訪れた、迷える子羊くん。
あくまで、あくまでも子羊くんの心に寄り添うために雑談をしていく中で、子羊くんが大きなニュースを持ってきた――――
『実はですね、父が再婚することになったんですよ』
子羊くんのパパが離婚していることは知っている。
確か二年程前だったはず。
子羊くんがこの懺悔室に初めてやって来た頃だから、間違いない。
とまぁ、子羊くんのパパの再婚はおめでたい。
実際、子羊くんの声色も明るい。
もちろん、再婚して新しい家族が出来るにあたって、何かと問題は出てくるだろうが、きっとそれ以上に幸せな日常が生まれるはずだ。
偶然にも、子羊くんのニュースは私個人の状況とそっくりで、凄く感情移入出来た。
だが『そっくり』とまとめるには、あまりに同じ状況で…………
『それこそ父と一緒に、再婚相手の女性と娘さんに顔合わせするのが今日なんですよ――』
え、今日?
新しい家族との顔合わせが、今日って言った?
そ、そんな偶然ある?
いや、まさか……ね……?
あ、あはは。
――と、その日私は偶然で片付けた。
引っ掛かる点は多く残るものの、親の再婚なんて昨今ありふれた話。
たまたま私と同じ日に子羊くんも新しい家族と顔を合わせるというだけ。
そう、結論付けていたのに――――
「その義姉が、俺の学校で【日溜まりの聖女様】って呼ばれてる超絶美少女な生徒会副会長だったんですよっ!?」
……。
…………。
………………。
わ……わ、わわわ…………
私だぁぁあああああああああああっ――!?
私です!
はい、私でした……!
他の学校でまったく同じ二つ名で呼ばれてる生徒がいる……なんてことはないだろうから、私で確定だよ間違いないよ。
え、じゃあやっぱり子羊くんの正体って……つ、司くんってことで合ってるんだよね?
嘘でしょ? 嘘だよね? そんなことあるぅ~!?
いやぁ、正直薄々察してたけどさぁ!
何なら昨夜顔合わせしたときに確信してたけどさぁ!?
子羊くんが英誠院学園の生徒なのは――というか、話の内容からあの諸星司くんなんじゃないかとは思ってたけど。思ってたけどさぁ~!
実際に見て確認したわけじゃないし、シュレディンガーの司くん状態だったんだよ~。
あうぅ、実際に答え合わせされると衝撃がぁ…………
――ガンッ!
「シスターさぁんっ!?」
い、痛いよぉ……。
よろめいて頭を壁にぶつけちゃった。
懺悔室、古い木造だからとっても音響くんだよね。
「だ、大丈夫ですか……?」
子羊くん……司くんが凄く心配してくれてる。
優しいなぁ。
「ハ、ハハハ……大丈夫です、大丈夫……」
「いや、とてもだいじょばない音が聞こえたんですけど……」
あはは、だよねぇ……。
正直、まだちょっと痛いもん。
「ほ、本当に大丈夫ですか?」
「え、えぇ。そんな偶然もあるんだなぁ、と少し動揺してしまっただけです。逆につかっ――子羊くんに心配を掛けてしまうだなんて、私もまだまだ未熟ですね」
あ、危ない危ない。
気を抜くと『司くん』って呼びそうになっちゃうな。
だって司くんだもん。
ちなみに、シスターさんとして司くんに私のことを……私やママのことを聞くのって、ダメかな……?
正体を隠して探ってるみたいで、良くないよね……?
うぅん。
でも、これは気になるから…………
コホン。
「え、えぇっと……それで、上手くやっていけそうですか?」
これは私自身への問いでもあるかな。
新しい家族と上手くやっていけるかどうかは……正直、私にはまだわからないけど。司くんはどうだろう?
「まぁ、正直……わかりません」
……あ、同じだ。
ふふっ、なんだか嬉しいな。
いや、司くんは悩んでるんだから喜んじゃ駄目なんだろうけど。
でも、私も同じ気持ちだから……嬉しいって思っちゃう。
「……そう、ですよね。突然出来た家族。それもまったく知らなかった相手と一から関係を築いていけるワケではなく、同じ学校の先輩で顔見知り。やはり何かと気まずさは――」
取り敢えず今は私情を置いておいて、シスターとして司くんの心に寄り添って――――
「――果たしてあんな美少女と一つ屋根の下で暮らすようになって、ひねくれ気味とはいえ紛うことなき健全な男子高校生である俺の理性が持つかどうかが気掛かりで仕方ありません」
「私の心配を返してください」
もぉう、司くんはすぐこういうことを言う。
ちょっと心配した私が馬鹿みたいだよ。
で、でもわかるよ……?
学校では【日溜まりの聖女様】だなんて呼ばれてるけど、私だって普通に年頃の女の子。
義弟とは言っても、その実たった一個しか変わらない後輩。
そんな同世代の男の子と同じ家で暮らすようになったら、やっぱり色々気になっちゃうよ。
でも……でも、ね?
私が一番気にしてるのは、君の心なんだよ?
学校で本当かどうかもわからない悪い噂が独り歩きしているのも知ってるし、それを気にしてなさそうに振舞ってても実は傷付いてることも知ってる。
それでも、私にはどうすることも出来なかった。
私と諸星司くんは面識もなく、ただ同じ学校に通っている先輩と後輩というだけの関係――――
私に本物の聖女様のように誰にでも救いの手を差し伸べられるような力や余裕が備わっていれば話は違ったかもしれないけど、自分の手の届く範囲にいない――まして直接の面識がない人まで助けることは出来なかった。
私と迷える子羊くんは、ただ懺悔室という空間を共有して話をするだけの関係――――
懺悔室の空間を二分する格子状の壁とカーテンは、神聖不可侵。
シスターの役目はその静謐な空間の中で人々の懺悔を聞き届け、心に寄り添うことであって、救世主のように名も顔も知らぬ迷える子羊に片っ端から希望の光を灯すことではない。
だから、私は【日溜まりの聖女様】としても【懺悔室のシスターさん】としても、君を助けることは出来なかった。
――でも、今は違う。
私はもう司くんのお義姉さん、だからっ……!
もちろん、司くんが私のことを姉と認めてくれているワケではないかもしれないけど、それでも家族であることに変わりはない。
家族が困っているなら助けたい。
私に出来ることがあるなら、力になりたい。
少なくとも司くんは、無理して、我慢して、絶対口には出さないけど――助けを必要としている。
よし、決めた。
決めました!
私が、司くんの力になってみせるんだっ……!
と、取り敢えずは……うぅん、どうしよう?
心が傷付きっぱなしの司くんを、もう無理しなくていいように甘やかしてみよう、かな……?




