第05話 羨ましいからって懺悔室で台パンは良くないですよ
「――こんにちは、シスターさん」
「……っ!? こ、こんにちは、迷える子羊くん」
その日の放課後。
俺は相変わらず小さな教会の懺悔室に足を運んでいた。
しかし、いつものように挨拶すると、格子状の壁とカーテンを隔てた向こう側から微かな動揺が伝わってきた。
「ん、どうかしましたか?」
「い、いえ。何でもありませんよ?」
そんなことより――と、シスターさんがどこか無理矢理に話題を変えた。
「昨日は新しいご家族になられる方達とお会いしてきたんですよね? ど、どうでしたか……?」
なるほど。
もしかするとシスターさんは、昨日俺が父の再婚相手の家族――陽葵と茉莉さんと顔合わせしてくると言ってから気にしてくれていたのかもしれない。
その話を聞こうと待っていたところに俺が来たから、さっきは少し驚いたのだろう。
「俺もその報告をしようと思って来たんですよ」
ただ、残念ながら約束していた『可愛い義妹の報告』は出来ない。
なぜなら、俺に出来たのは義妹ではなく義姉だったからだ。
「結論から言うと、父の再婚相手の女性もその娘さんもとてもいい人でした。二人とも穏やかな性格で、優しそうで……ただ……」
「た、ただ……?」
俺は「くっ」と悔しさを拳に握り固めた。
「俺に出来たのは、姉でした……!」
「……はぁ。だから義妹とは限らないって言ったのに……」
やれやれ、といったような呆れた雰囲気が、姿は見られずともカーテン越しに伝わってくる。
「念願の義妹がぁ……!」
「……義姉じゃダメってことですか?」
「いや、ダメじゃないですけど……」
そう、別にダメではないのだ。
ただ、やはり『義妹』というのは、ラブコメからファンタジーにかけて多様な作品で使われる王道の属性。
フィクションと現実を混同してはいけないなんてことは百も承知だが、憧れずにはいられなかった。
ないものねだり、というやつだ。
「――って、それは取り敢えずいいんですよ! いや、義妹が欲しかったのは事実ですが、正直それどころじゃないと言いますか!」
俺は自分の身に起こったありえないような現実を、逸る口調で言い放った。
「じ、実は! その義姉が、俺の学校で【日溜まりの聖女様】って呼ばれてる超絶美少女な生徒会副会長だったんですよっ!?」
外部の人間であるシスターさんに【日溜まりの聖女様】と言ってもその衝撃が伝わらないと思ったので、俺は興奮のあまり捲し立てるように説明をした。
名門である私立英誠院学園高等部の生徒会執行部に所属するだけでも一目置かれることなのに、さらにそこで副会長を務めている凄さ。
彼女のことが嫌いな生徒なんて一人もいないんじゃないかと思ってしまうほどの、まさしく聖女の如き慈愛に満ちた優しく柔和な性格と、それを裏付けるような多大な人気。
視界に入れば思わず目で追ってしまいたくなる、可愛らしく整った容姿。
「――って感じです! ヤバくないですか? ヤバいですよね? あぁ、どうしましょう。俺如きが聖女様と家族になるとか罰当たりですし、何よりこんな事実がバレたら刺されるかも……」
刺されるは流石に冗談にしても、ぶっちゃけ学校社会的に抹殺されるくらいは全然あり得る。
ただでさえ大量のヘイトを買っている俺だ。
そこに『聖女様がお姉ちゃん』なんてうらやまけしからん燃料が投下されれば、もう跡形も残らないほどに大炎上するのは必至。
既に学校社会で死んでいると言っても過言ではない俺が、ここから更にどう堕ちていくのか……いやもう、想像も出来ない。
「うあぁ~、シスターさぁん。どうしよう……」
「…………」
「……シスターさん?」
「…………」
どしたんだろうか。
急にシスターさんの反応がなくなってしまった。
五秒、六秒……と続いた懺悔室内の沈黙。
ん、流石に長くないか?
もしかして、寝た?
いや、そんなまさか。
少し心配になってきた。
「し、シスターさん……?」
――ガンッ!
「シスターさぁんっ!?」
カーテンを隔てた先のシスターさんがいるであろう空間から、突如大きな物音が聞こえた。
だ、台パン?
それとも壁を殴った……?
木製の古い懺悔室なこともあってよく音が響くので、結構大きな――というか、痛そうな音だった。
「だ、大丈夫ですか……?」
「ハ、ハハハ……大丈夫です、大丈夫……」
「いや、とてもだいじょばない音が聞こえたんですけど……」
一体そっちの空間で何が起こったんだよ……?
「ほ、本当に大丈夫ですか?」
「え、えぇ。そんな偶然もあるんだなぁ、と少し動揺してしまっただけです。逆につかっ――子羊くんに心配を掛けてしまうだなんて、私もまだまだ未熟ですね」
ハハハ、と聞こえてくる乾いた笑い声は、やはりどこか無理をしているようだった。
もしかして、シスターさん……俺に可愛い義姉が出来て羨ましがってる?
美少女が好きなのは男だけではない。
可愛いものは性別も国境も問わず、みんな好きだ。
女性であるシスターさんが美少女の義姉を羨んでも、おかしいことは何もない。うん。
「え、えぇっと……それで、上手くやっていけそうですか?」
コホン、と一つ咳払いを挟んでから、シスターさんが聞いてきた。
「まぁ、正直……わかりません」
「……そう、ですよね。突然出来た家族。それもまったく知らなかった相手と一から関係を築いていけるワケではなく、同じ学校の先輩で顔見知り。やはり何かと気まずさは――」
シスターさんが同情を示してくれているところ、俺は手で顔の下半分を覆って、悩ましく眉を寄せながら言った。
「――果たしてあんな美少女と一つ屋根の下で暮らすようになって、ひねくれ気味とはいえ紛うことなき健全な男子高校生である俺の理性が持つかどうかが気掛かりで仕方ありません」
「私の心配を返してください」
もぉう……と、カーテン越しに可愛らしい聖なる牛さんの鳴き声が聞こえてきたのだった――――




