第42話 それはそれとして俺のシスターさんを奪った奴は許さん
「でも、無理だ……無理なんですよ……」
心の表面で陽葵への恋心を募らせるたびに、同時に心の裏側がサァっと冷めていくのがわかる。
血縁でなくても陽葵は義姉。
苦労してきた父さんが茉莉さんという相手と出逢ってようやく手にした新しい家族の形を形成する大切なピースの一つだ。
それを俺が剥ぎ取るなんてこと、出来るわけがない。
今の関係が壊れるくらいなら、俺はこの気持ちを胸の奥底に――――
「子羊くん、また君の悪い癖が出ていますよ?」
「えっ……」
「何でもかんでも一人で抱え込んでしまう癖です」
ドロリとした重たい粘性のある沼に嵌まっていくかのように、自分の世界に閉じこもろうとしていた俺の手を、完全に溺れ切る前にシスターさんが引っ張り上げてくれる。
「子羊くんの気持ちはわかります。ようやく新しい家族が出来たのに、それを自分が壊してしまうのが怖いのでしょう?」
「……流石、シスターさんですね」
「何年君を見守ってきたと思っているんですか、もう」
くすくす、とシスターさんが小さく笑う。
俺もつられてぎこちなく笑みが零れた。
「確かに、君の想いは今作られようとしている家族の形を変えてしまうでしょう。ですが、それは『破壊』ではなく『変化』です。そうですね……」
ジグソーパズルに例えましょう、とシスターさんが優しい声色のまま説明する。
「完成図の決まりきったパズルであればピースの配置、嵌め方は一つしかありません。でも家族の形なんて人それぞれ。言ってしまえば真っ白なピースの集まり。決められた完成図なんてないんですから、自由にピースを組み合わせて好きな形を作ればいいのではないでしょうか」
毎度の如く、シスターさんの言葉の一つ一つが心の奥の方まで差し込んでは、尻込みして冷えていた心の裏面まで温めてくれる。
この不思議な力が、陽葵とシスターさんが似ているように感じる要因の一つだ。
「でも、歪な形に仕上がったらどうします?」
「歪? あら、美的感性なんて所詮人間の主観でしかありませんよ? 子羊くんから見れば歪でも、もしかしたらお義姉さんの目には素敵な形に映っているかもしれません」
……はは、ダメだこりゃ。
俺がああ言えばシスターさんがこう言う。
そして、言われたことはどうしてか納得させられてしまう。
シスターさんは一度背を押すと、俺が歩き出すまでグイグイ押してくるんだから。困ったものだ。
「……ははっ、今回は別に背中を押して欲しくて懺悔室に来たワケじゃないんですけどね」
「それは余計なお世話を働いてしまいましたね」
「ホントですよ」
まだ怖さもある。罪悪感も拭えない。
それでも、陽葵のことを想って熱くなるこの気持ちは嘘じゃない。
「あ~あ、失恋したら立ち直れないですからね」
「ふふっ、そのときは私が支えてあげますよ」
「一生ですか?」
「ええ、構いませんよ?」
「おぉ、それはそれで魅力的な……」
「あら、子羊くん早速浮気ですか?」
「俺、シスターさんになら丸め込まれてしまう自信しかないので、俺を浮気者にしたくなかったら男心をくすぐってくるのは控えてくださいね」
「ふふっ、安心してください」
ここでシスターさんからの衝撃の告白。
「私、もう意中の相手がいますので」
「……えっ!?」
【悲報】シスターさん、まさかの恋慕中の乙女。
なぜ悲報なのかって?
いや、なんというか……その事実にどこかで傷付いている自分がいるからです。
「あ、あぁ……なるほど……」
「あら、傷付いちゃいました?」
「えぇっと、思ったよりダメージデカかったことに自分でも驚いています」
陽葵に恋をしておいて変な話だが、それはそれ、これはこれだ。
浮気だとかではなく、今まで心のどこかで自分だけの存在だと思っていた相手がそうではなかったという事実を突き付けられて動揺してしまった、という感じ。
「ふふっ、素直でよろしい」
「まぁでも、シスターさんには凄くお世話になったので、その相手と幸せになってほしいと応援したい気持ちも本当ですよ」
複雑なのも本当ですけど、と付け加えると、シスターさんが可笑しそうに笑う。
「別に子羊くんが幸せにしてくれてもいいんですけどね?」
「おっと、シスターさんこそ浮気じゃないですか? 神様に仕える聖職者ともあろう人がなんと罪深い」
「いいえ、浮気じゃないですよ」
「その心は?」
「ん~」
何をもって浮気ではないと言い張るつもりなのか。
どんな理屈をこねてくるのかを楽しみにしつつ待っていると、シスターさんはしばらく可愛らしく考え込むように唸ったあとに応えた。
「ふふっ、今は秘密です。ですが、多分子羊くんもいつか知るときが来るでしょう」
何だその予言めいた漠然とした回答は。
売れない占い師ですか?
「まぁ、それも子羊くんの頑張り次第ですね」
「何で俺の頑張りがシスターさんに関係するんですか……」
さてどうしてでしょうね、とからかうようにシスターさんが笑う。
うぅん、懺悔室のシスターさんという肩書だけで充分ミステリアスなので、これ以上ミステリアスな属性を深めなくても良いと思うんですけど。
「まぁ、私の話は置いておいて」
「出来るだけ傍に置いておきますね」
「ふふっ。今は子羊くんの恋路ですよ」
「ですね。取り敢えずいきなり告白は難しいと思うので、まずは俺を一人の男子として見てもらえるように頑張ってみようと思います」
そんな俺の返答が満足いくものだったのか、シスターさんはどこか嬉しそうに笑って言った。
「ええ、楽しみにしていますね」




