第41話 シスターさんが懺悔を聞き入れてくれません
突然だが、俺の胸の奥に湖があるとしよう。
その湖面にさざ波が立ったまま静まらない。
それは、日曜日に陽葵と出掛けて帰ってきてからずっとだ。
夕食時、家族四人でダイニングテーブルを囲っているときも、何故か陽葵を焦点から外すように視線を動かしてしまう。
部屋に一人でいる際も、廊下から扉越しに聞こえてくる陽葵の足音や、向かいにある陽葵の部屋の扉が開け閉めされる気配一つで心拍数が上がる。
入浴中も、就寝するため目蓋を閉じてベッドに潜っているときでさえ、脳内ストレージは陽葵関連のデータでいっぱいだ。
結局、最適化することは出来ないままで、意識を沈めることが出来たのは二十七時を過ぎてから。
そのお陰で、今日は寝不足というデバフが掛かったまま学校で一日を過ごすことになった。
はぁ、マジでどうしよう。
これは……この感情は、間違いなく駄目なやつだ。
新しく家族になろうって言う相手に抱くには、あまりにも不都合極まりない想い。
紛うことなく、この感情の名前は――――
◇◆◇
「――シスターさん、どうしましょう。俺、義姉に恋をしてしまったかもしれません」
放課後。
いつもの如く小さな教会の懺悔室に足を運んだ俺は、アイズブレイクも挟まずにシスターさんにそう告白した。
「…………えっ」
俺が新しい家族と上手くやれているかいつも気に掛けてくれていたシスターさんだ。
俺の告白がよほど衝撃的だったのだろう。
五秒、十秒とたっぷり沈黙を味わったあとに、念のためという風に聞き返してきた。
「ほ、本当に……?」
「はい。本当に」
「冗談ではなく?」
「冗談ではなく」
「勘違い、という線は……」
「背理法でも真偽を確かめましたが、そうするとこの胸の高鳴りと辻褄が合いませんでした……」
「う、うぅん……変に理屈っぽいですが、な、なるほど……」
さらにたっぷり数十秒、懺悔室の中に静寂が訪れる。
静謐な雰囲気で、緊張感があり、まるで己の心の内側と向き合わされるような――珍しく、きちんと懺悔室らしい空気感になっていた。
……内容は恋愛相談ではあるが。
「俺、どうしたら……」
「……ふふっ」
「シスターさん?」
「あ、あぁ、すみません。つい高揚してしまって」
高揚って。
やっぱりシスターさん、恋バナ好きなんだろうな。
だが、今回ばかりはそう単純に楽しめる恋バナではないのだ。
相手は家族。
血の繋がりはないとはいえ、義姉だ。
まして学校では生徒会副会長なうえに【日溜まりの聖女様】として沢山の生徒から慕われている存在。
月とスッポンな立ち位置の上に、家族間という禁断中の禁断の想い。
深刻なんです、本当に。
「やっぱ駄目ですよね。義姉相手にこんな感情……一緒に住んでるのに、俺がこんなこと思ってるってバレたら気持ち悪がられますよ……」
「そ、そんなことありませんよっ……!?」
「え?」
「あっ、え、えと……そんなことを、思うようなお義姉さんなのですか?」
……確かに。
陽葵だったら、一般論はともかくとして真摯に向き合ってくれそうではある。
その上で――――
『うん。ありがとうね、司くん』
『じゃ、じゃあ……!』
『でも、ごめんなさい。多分、沢山悩んでくれたんだよね。その上でこうして思いを打ち明けてくれた。私はそのことが凄く嬉しいよ? 私も司くんが好き。だけど、それは家族愛であって恋愛感情じゃないかな。だから、司くんの求めるものには応えられないかな……』
っ、うわぁあああああっ!?
の、脳が焼かれる……!!
勝手に妄想して勝手に振られたっ……!?
いや、でも絶対こうなる予感しかしない…………
「……あぁ、ダメだ。シスターさん、どうやったらこの気持ちを忘れられるんでしょうか……」
「ちょ、何を勝手に諦めているんですか……!?」
こちらの空間で俺が両手で顔面を覆うと、あちらの空間でシスターさんがどこか焦ったような声を上げた。
「子羊くんはそれで良いのですか?」
「良いとは?」
「その恋を実らせたくはないのですか?」
「そりゃ、実れば良いですけど……」
「実らせようと動かなければ実るものも実りませんよ?」
「いや、まず実るものなんですか?」
「そ、それは……み、実るん、じゃ、ないですか……?」
妙に歯切れが悪いのは何なんだ。
それ絶対応援しようにも応援しきれない感じですよね?
「はぁ、コレは俺の罪です。懺悔します。血の繋がりがないとはいえ、家族相手に恋心を抱いてしまいました。どうかこの懺悔を聞き入れて神様に許しを請わせてください」
俺は力なく両手を合わせる。
いや、神社仏閣ではないのでこの作法はおかしいのだが、そんなことを気にしている余裕は今の俺にはない。
今すぐにでも、この俺の罪を神様に浄化してもらわなけらば――――
「だ、ダメです。その懺悔は聞き入れられません」
「いや、ここ一応懺悔室ですよね……!?」
「一応ではなくきちんと懺悔室ですが、ダメです」
「折角俺が珍しく懺悔室で懺悔したのに……」
「子羊くんは懺悔する必要ありません」
「懺悔室とは」
どうやらここではシスターさんがルール。
神様は二の次で、シスターさんこそがこの懺悔室における神様らしい。
「い、良いですか子羊くん? か、家族とはいえ血の繋がりはありません。そう、ついこの間までただの学校の先輩後輩関係だったのです。後輩が先輩に恋をして、一体何がいけないというのでしょうか……!?」
「いや、だからそれはついこの間までのことで、今は血の繋がりこそなくても家族なんですって」
多分真っ当だと思われる事実で反論するが、シスターさんは食い下がる。
「最初は『夢あるヒロイン属性の義妹が出来るひゃっほう、これで俺もラノベ主人公デビューだ』と言っていたではありませんか!」
「それはそれ、これはこれですよ。というか、シスターさんも『創作と現実を混同していませんか』と言ってたじゃないですか」
そうだ。
最初に夢を見ていた俺に現実を突き付けたのはシスターさんの方だ。
だというのに、今と言っていることが真逆である。
一体どうしてしまったんだ、シスターさん。
「夢を追い掛けてください子羊くん」
「夢は覚めたときに辛いですから……」
完全に立ち位置が、親の再婚報告をしに来たあのときと入れ替わってしまっているではないか。
「お義姉さんと恋人になりたくないんですか!?」
「なりたいですよっ!」
そりゃ、恋人になれるものならなりたいですよ。
でも、無理じゃん!?
義姉だぞ!? 家族だぞ!?
折角、離婚の悲しみを乗り越えた父さんが茉莉さんという最高の相手を見付けて幸せを手に入れたというのに、その環境を俺の私情で壊そうというのか。
ありえない。
あってはならない。
ただでさえ離婚してから、俺が無気力になってしまって沢山父さんに心配と心労を掛けたというのに、また問題事を持ち込むなんて。
「でも、無理だ……無理なんですよ……」
俺は一体どうしたらいいんだ…………




