第40話 もう義姉弟ではいられないかもしれない
俺と陽葵は喫茶店を出たあと、帰るにはまだ早く物足りない感覚に従って、特に用事もないまま何となくショッピングモールに立ち寄っていた。
ふらりとアパレルショップに入ってみては、購入はしないものの――――
「あっ、見て見て? どう?」
「おお、似合うな」
目に付いた服を手に取って自分の体に当てて見せてくる陽葵。
「こっちは~?」
「もちろん似合うな」
「コレは?」
「とてもよく似合う」
「ねぇ~、適当に答えてない?」
俺がずっと同じ感想しか言わないせいで、陽葵が疑ってきた。
別に機械的に答えているつもりはなかったが、陽葵はじぃ、と怪しむような視線を向けてくる。
「いやいや、適当じゃないって。陽葵は何着ても似合うんだよ。清楚系でもガーリー路線でもスポーティーな感じでも、系統が違うだけで全部似合いそう」
「そ、そうかなぁ……?」
「美人の特権だな」
「びっ……も、もう。司くんはすぐそういうことを……」
陽葵は何かモジモジしながら手にしていた服を戻す。
「ほ、ほら。次行こう?」
「えっと、どこに?」
「ん~、どこかに、かな。ふふっ」
無事俺の疑いは晴れたのか、どこかご機嫌な陽葵が俺の手を掴んで引っ張っていく。
書店に入れば――――
「司くんって本読む?」
「まぁ、読むかな。ライトノベルが大半だけど」
これとか今ハマってる、とライトノベルの棚に平積みされていた一冊を手に取る。
ジャンルはラブコメ。
表紙にはあざとく微笑むメインヒロインの可愛らしいイラストが描かれていた。
「あれ、私も見たことある気がする。確かマンガで……」
「あぁ、コミカライズもされてるから。でも意外だな。男性向け作品なのに、陽葵が読んでるとは」
陽葵は俺から受け取ったラノベの背面を見ながら答える。
あらすじを読んで、知っている作品と本当に同じか確かめているのだろう。
「まぁ、時々だけどね。私、あんまり女性向けとか男性向けとか意識して読んでないから」
そう言ったあと、陽葵は改めてラノベの表紙をジッと見詰め、俺の方に向けてきた。
「それで? 司くんはこういう女の子がタイプなの?」
「えっ……」
「どうなんでしょうか」
「ど、どうだろう……ヒロインは皆魅力的なので……」
もちろんそのヒロインは大好きだ。
しかし、それが俺の求めているタイプの少女かと言われると完全に同意はしきれない気がする。
同じくらい他のヒロインも大好きだし、それはこの作品に留まらず他の作品のキャラに対してもそうで…………
「ふぅん。女の子なら誰でも良いんだ~」
「ちょ、言い方に悪意ありませんかね」
「ふふっ。今度気に入ってる作品貸してね、お兄ちゃん?」
俺の大切なラノベたちに何をするつもりだ、義妹よ。
◇◆◇
陽が大きく傾き、空は黄昏れ色。
東の方は既に夜の帳が下り始めていた。
冬なだけあって、やはり日没が早い。
「コレ、ありがとね?」
「本当にそんなんで良いのか……?」
もう自宅のマンションの近くまで戻ってきている道中で、陽葵がひょろ長い謎生物のぬいぐるみキーホルダーを指に引っ掛けてお礼を言ってくる。
ショッピングモールを出る前、最後に立ち寄ったゲームセンターのクレーンゲームで獲得した景品だ。
一体どこに気に入る要素があるのかわからず、俺は戸惑わずにはいられない。
「そんなんとか酷いなぁ~」
「キモ可愛いとか言う女子の謎理論がコレか」
普通にキモい。
だが、そのキモさの中によくよく見れば愛嬌もある。
それすなわち、キモ可愛い。
なるほど。
まったく理解出来ん。
まぁ、俺が理解出来ずとも陽葵が気に入ってくれたのならそれで良いし、何よりキモいストラップを持っていても陽葵の可愛さが損なわれるわけではない。
隣で「キモくないよぉ。ね?」と、お喋り機能の搭載されていないただのストラップに同意を求める陽葵を横目に歩き、マンションの手前の公園まで辿り着いた。
丁度、パチッ……と、公園の街灯が点く。
同時に陽葵が立ち止まった。
「ん、陽葵?」
「司くん、今日はありがとね」
「な、なんだよ。急に改まって」
一歩分先に進んだところで立ち止まって振り返ると、陽葵が気恥ずかしそうに見詰めてくる。
「えぇっと、なんて言うかさ。私、基本的に誰かに何かしてあげる側というか、そっちの方が自分でも向いてるし、好きなんだけどね。時々……時々、ね? 私も誰かに甘えたいなぁって思うことがあって……」
ギュッ、と手の中のストラップが握り締められる。
「今日は、それが叶って楽しかったな」
「……陽葵」
「なに?」
「甘やかす側の人間でも、甘えて良いんだぞ」
「……え?」
こちらを向く陽葵の瞳が丸くなる。
「今日は確かに俺が陽葵に何か恩返ししたかったからっていう名目があったけど、別にそんなのなくてもさ」
気付けば、俺は陽葵の頭の上にポンと手を乗せていた。
それは俺が落ち込んでいるときや助けを必要としているときに、いつも陽葵がしてくれていたもの。
同じことを、俺も返す。
「いつでも甘えて良いし、必要ならまたいつでもお兄ちゃんになるから」
「……っ!?」
驚いたように見開かれた琥珀色の瞳。
薄桜色の唇は何かを言いたそうに開かれるが、すぐにキュッと噤まれて下を向いた。
前髪で陽葵の表情が見えない。
風になびいた髪の毛の合間から覗いた耳の先端が赤くなっているのは、冬の寒さに当てられたせいか。
「じゃ、帰ろうか」
「っ、ま、待って……!?」
「ん?」
俺が手を退けようとするのを察知した陽葵が、慌てて頭の上の手を掴んでくる。
「も、もうちょっとだけ……このままが良いな……」
確かに、今日一日は俺がお兄ちゃん。
陽が沈み始めたと言っても、まだ今日は終わっていない。
義妹のお願いは叶えてやるべきだろう。
「わかった。もうちょっとだけな」
「うん。えへへ……」
手を小さく滑らせて頭を撫でると、陽葵は嬉しそうに、そして催促するように半歩詰め寄って頭を近付けてくる。
「でも、あはは……どうしよう。もう司くんのこと、義弟には見られなくなっちゃったよ……」
何か小さく陽葵が呟いた気がしたが、ひゅうと吹いた寒風と、それに揺られる木々のざわめきのせいで、俺の耳には届かなかった。
ただ確かなのは、周囲のざわめきに共鳴するように、俺の胸の奥も騒がしく落ち着きを失くしてしまっていたということだ。
身震いするはずの寒風が、今は心地良い涼しさに感じられて仕方ない――――
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