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第04話 あ、これ通常運転の学校生活です

『じゃあ、えっと……これからよろしく。陽葵』

『ふふっ、うん。よろしくね、司くん』



 ……とは、言ったけどさぁ~?


「はぁ……」


 茉莉さんと陽葵との顔合わせの翌日。


 校内に植えられた木々に茂る葉が、その輪郭の縁の方から徐々に色付き始めている様子が横目に映る。


 多少の肌寒さを感じながら、いつものように朝のホームルーム開始数分前に私立英誠院学園の高等部本校舎の玄関を跨ぎ、内履きに履き替える俺。


「そう簡単によろしく出来るワケもないんだよなぁ……」


 階段を上り、高等部一年次の教室が並ぶ二階に辿り着くと、廊下にはまだチラホラ生徒の姿。


 クラス内外の友人らと他愛のない話に花を咲かせていたのだろうが、そろそろホームルーム開始時刻が迫ってきていることに気付いたようで「じゃ、また」などと短く別れを告げてから各々自教室へ戻っていき始めている。


 そんな中を、俺の足がのんびりとマイペースに進んでいく。


 大丈夫。

 遅刻はしていない。

 咎められることもない。


 ただ、どれだけゆっくり歩いてもいずれは目的地に辿り着くもので、気付けば目の前に『1ーB』の教室。


 何を隠そう、俺が所属するクラスだ。


 気乗りはしないが仕方がない。

 教室の後ろ扉をガラガラ――とスライドさせると、そこには大小様々な島に集まってうるさすぎない程度に談笑するクラスメイトらの、青春の一ページが広がっていた。


 俺は特に誰へ挨拶を飛ばすこともなく、出来れば誰にも気付かれなければいいななんて心のどこかで祈りながら、比較的後ろ扉から近い自分の席に向かっていく。


 ここは何の変哲もない平和な教室。

 地雷原でもなければジャングルでもない。


 もちろん無事に自分の席に辿り着き、カバンを机の横に掛けて腰を下ろせたのだが――――


「……お、アイツ来てんじゃん」

「あ~、ホントだ」

「全然気付かんかった」

「いやマジで、よく平気な顔して来れるよな~」


「あ、見て見てアレ」

「ぷふっ、今日も一人?」

「あっはは、かわいそー」

「じゃあトモダチになってあげたら?」

「あは、ちょっとやめてよー」

「中等部の頃、女子(はべ)らせまくってたんでしょ? マジキモいよね~」


 俺が登校してくると、いつも教室全体のボリュームの摘まみが反時計回りに捻られる。


 ホームルーム開始まで気にせず談笑してくれればいいのに、クラスメイトらは飽きもせず俺という話題を見付ければ食い付いてくる。


 もう相当に出涸らしだと思うんだが、どうやら俺は超絶優秀な茶葉らしい。


 何度も何度も湯を注がれても、まだまだ味が出るそうな。


 実際に嗜んでいる生徒がこんなにも沢山いるのだから、間違いない。


「中学んときはあんなに調子乗ってたのにな」

「ははっ、今じゃボッチ……」

「おい、聞こえるぞ~?」

「ばーか、聞かせてんだよ」

「ククッ……」


 ざわざわ。

 ざわざわ。


 教室に控えめに響く雑音は、まるで静かな森の木々のざわめき。


 だが、静けさの中に漂っているのは、マイナスイオンでもなければ生命のエネルギーでもない。


 目障りな害意と悪意。

 耳障りな陰口と悪口。


 そして、嗜虐心という名の娯楽と愉悦。


 だが、もう慣れたというのが正直なところ。


 それらの悪意は空気を否応なしに重く淀ませるが、直接関与してくることはそうそうないので無心になればやり過ごせる。


 しかし…………



「随分とのんびりした登校ね?」


 はい、今日も来た。

 流石に直接関わってこられると、無視することも出来ない。


 無視したところで、更に突っ掛かってくるだけ。

 余計に面倒臭くなる。


 ぼんやりとどこへともなくやっていた視線を正面に向けると、頬杖を突く俺を見下ろすような格好で、一人の女子生徒が立っていた。


 中背でスレンダーに整った体型。

 癖のないプラチナブロンドの長髪と、切れ長で灰色の瞳を持ち、精巧に模られた顔は人形のように美しく、白い肌にはくすみ一つ見当たらない。


 それもこれも、日本とフランスのハーフである父とイギリス人の母譲りだ――と理由付けしてしまいたいところだが、体型維持やスキンケアに並々ならぬ労力を注いでいないと保てない容姿だ。


 そんな彼女の名は、天羽(あもう)梓沙(あずさ)


 中学時代は俺と学年トップの成績を奪い合い、今では誰とも比肩を許さないトップオブトップ。


 家の方針で幼少より英才教育を叩き込まれているらしく、学業優秀なのはもちろん、運動部顔負けの身体能力を有し、幼少から音楽はピアノ、ヴァイオリン、声楽に触れ、舞踊はクラシックバレエ、コンテンポラリー、ジャズ、その他油画や水彩画といったあらゆる分野でその能力を発揮する怪物。


 当然のように皆、憧れ、羨望する。

 導かれるように追い掛ける。


 しかし、あまりに遠すぎて、高すぎて、辿り着くことは決して叶わない。


 まさに雲の上の存在。

 皆を導く道標として、遥かな高みで輝く星――北極星(ポラリス)


 そこから着想を得てか、誰かがそう呼び始めて瞬く間に広まったのだ――【極星の女王(ポラリス・クイーン)】と。


「ホームルーム開始三分前よ?」

「間に合ってるだろ?」

「ギリギリね?」

「つまり何の問題もないな」

「っ、五分前行動って知ってるかしらっ!?」


 知ってる知ってる。

 三分前行動も、五分前行動も、十分前行動も知ってる。


 と、心の中でそんな屁理屈を言っているのがバレたのだろう。


 天羽がキッと目を細めて睨んでくる。


「前の貴方はそんなんじゃなかったっ……!」


 睨まれて怖い、という印象は不思議となかった。


 それよりも、細められた目はどこか寂しそうで、悲しそうで、辛そうで……視線を向けられるこっちの胸の方がズキリと痛かった。


 だから、そんな感覚から目を逸らすように、俺は無感情に言葉を吐き捨てた。


「……前は前、今は今。過去の自分なんて所詮他人だ」


 俺は一体どこを向いているのだろう。

 少なくとも、もう視界に天羽の姿はない。


 片方の耳で、梓沙の息を詰まらせるような音を聞き取った。


「落ちるとこまで落ちたってことねっ……!」

「落ち着くべきところに落ち着いたんだ」

「あっそ……!」


 ふん、と鼻を鳴らして俺の前から去っていく天羽。


 まったく。

 毎朝毎朝、懲りずにひねくれた「おはよう」をありがとさん。


 ……いや、ひねくれてるのは俺の方か。



 キーンコーンカーンコーン。

 教室にやって来た担任教師の呼び掛けと同時に、朝のホームルームが始まった――――

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