第39話 一日限定義妹に振り回されっぱなしです
「――それでは、お会計が二千四百円になります」
小一時間ほどのんびりと限定スイーツを楽しんだあと、そろそろ出ようかということになりレジで会計をする。
隣を見ると、陽葵がカバンから財布を出していた。
「あ、いいよ。俺が払うから」
今日は陽葵への恩返しの日。
流石に何万円もするような金額であれば尻込みするが、これくらいの支出であれば厭わない。
俺自身、元々物欲もなくお小遣いは貯まっていく一方なのだ。
しかし、陽葵は優しく笑って首を横に振った。
「ううん、私も払うよ。楽しい時間は与えられたものじゃなくて、一緒に過ごしたものだからね」
当然のようにそう答えると、一人が自身の財布から千二百円を取り出した。俺も同じ金額を取り出してカルトンに乗せる。
それではちょうどお預かりいたします――という店員さんの接客テンプレートの台詞を何となく聞きながら、俺は無意識の間に陽葵の横顔を見詰めていた。
なるほど。
俺が支払いまで負担すると、陽葵からすればここで過ごした時間は俺から一方的に与えられたものになってしまうのか。
もちろん、時にはプレゼントという形でそういう場合があっても良いだろう。
しかし、今回陽葵は、ここで俺と過ごした一時間に満たないような時間に、与えられるものではなく共有するものとしての価値を求めたのだ。
「こちらレシートになります。ありがとうございました~」
「「ご馳走様でした」」
いつもふわふわとしていて日溜まりのように温かくて可愛らしい陽葵だが、こういった些細な瞬間に垣間見えるカッコ良さも魅力の一つ。
そんなことを考えながら、並んで店を出た。
……はは。
そういや昔、天羽と似たようなことがあったけど、あのときは――――
『結構よ、諸星。私が払うわ』
『い、いや流石に自分の分くらいは……』
ホテルの高級フレンチレストラン。
ディナーを堪能したあと、近くをスタッフが通り掛ったタイミングでスマートに手を挙げた天羽。
スタッフから渡されたホルダーをサッと開いて、明細を確認した天羽が財布を取り出すタイミングで、俺も同じようにしようとしたが止められてしまった。
『いくらかわかってて言ってるの?』
『……二万弱は覚悟してます』
『三.五よ』
『…………』
『はぁ、気持ちだけ受け取っておくから、ここは大人しく私に任せなさい。最初から私が振舞うつもりで連れてきたんだから』
さも当然とばかりにそう言った天羽が、財布から何やら黒光りするカードを取り出して、明細の記載されたホルダーに挟んでスタッフに手渡す。
『ま、今日一日付き合ってくれたお礼よ』
『……いや、教材と文房具見に行っただけですよね……?』
………………。
…………。
……。
「――っふ、そんなこともあったな」
「ん、司くん?」
関連する記憶を引っ張り出してついもい出し笑いをしてしまった。
まぁ、半分苦笑いだが。
それを不思議に思った陽葵が、隣を歩きながら首を傾げてくる。
「ああ、いや。何でもないよ」
「ふぅん……?」
「え、な……なに?」
思い出し笑いくらい誰でもするだろう。
別に詳しく説明する必要はないと思ったが、陽葵が目蓋を半分ほど閉じてじぃ、と睨んできた。
「今、他の女の子のこと考えてたでしょ?」
「えっ……!?」
「あ、やっぱり~」
もぉう、と頬を膨らませる陽葵。
「な、何でわかったんだ……?」
「女の勘で~す」
「それ、実在してたのか……」
驚きと共に、少しばかり背筋に冷たいものを感じている俺の隣で、陽葵がつーんと鼻先を尖らせる。
「薄々思ってたけど、司くんって結構女の子慣れしてるよね」
「い、いやそんなことは――」
「例えば――」
咄嗟に否定しようとする俺の言葉に先んじて、陽葵が指を一本一本立てながら実例を述べていく。
「気付けば車道側歩いてくれてるよね?」
「別に意識してたワケじゃ……」
「電車でも自然に壁際に誘導してくれたし」
「た、立ちやすいかと思って……」
「さっきも奢ろうとする流れがスムーズだった」
「うっ……」
一個一個の指摘には言い訳出来ても、それがどんどん積み重なって陽葵が立てる指の数が増えていくごとに言い逃れ出来なくなってくる。
正直、女の子慣れしていると言われても実感はない。というか、意識したことがない。
だが、今はともかく、確かに中学生の頃までは男女分け隔てなく沢山の人間と関わってきたし、それなりに人望もあった自覚もあった。
玲美や天羽を始めとする女子と出掛けたことだって一度や二度じゃない。
そういう意味では、確かに女子と行動を共にするということに関しては経験が多いとも言えるかもしれない。
だが、それを女の子慣れしているかと言われると、ちょっと語弊があるような気がしなくもないが…………
「……えっと、ごめ――」
「ふふっ、ごめんね。ちょっとからかいすぎちゃったかな?」
何か不快にさせたかもしれないと思って謝ろうとしたが、陽葵が悪戯っぽく笑いながら顔を覗き込んできた。
「でも、司くんが悪いんだからね~? 私と一緒にいるのに、他の子のこと考えるなんて」
そう言うと、陽葵は一度遠慮がちにちょん……と指で俺の手に触れたあと、そのまま優しく握り込んできた。
「陽葵っ……!?」
「え、えぇっと、その……これで、私以外の子のことを考える余裕なくなったでしょ?」
華奢で小さな手。
柔らかくて、熱い。
陽葵の顔を見やれば真っ赤に染まり上がっていて、多分それは今の俺も同じ。
「きょ、今日は、私だけの……お、お兄ちゃんでいてほしいなぁ、なんて……」
ダメ、かな? と横目に確認してくる陽葵。
俺はフルスロットルで稼働する心臓が今にも胸を突き破りそうな危機的状況の中、少しでも逃げ場を求めて顔を背けながら答えた。
「の、望むところだ……」
「よ、よかった。えへへ……」
十二月上旬。
局所的に記録的猛暑が襲った――――




