第38話 一日お兄ちゃん兼恋人は属性過多じゃない?
「……おい」
「…………」
「おーい、陽葵」
「…………」
「陽葵ちゃーん。こっちを見なさーい」
長方形のテーブルに向かってふかふかのソファーに並んで腰掛けた状態のまま、俺は半開きにした目線を陽葵に注ぎ続ける。
数十秒の拮抗状態が続いていたが、いよいよ陽葵が観念したようで、赤みの残る顔をこちらに向けてきた。
そして、自身の顎先にチョンと指で触れながら、照れ笑いを浮かべる。
「な、なぁに?」
「……っ、コホン。そんな可愛い聞き方をしても誤魔化されないぞ?」
それはまさに一瞬誤魔化されそうになった者の台詞に他ならないが、俺は何とか咳払い一つ挟んで早まりつつあった鼓動を落ち着かせる。
「陽葵にとって俺は?」
「えぇっと、義弟くん?」
「あと?」
「後輩くん?」
「今日は?」
「お、お兄ちゃん……」
「今は?」
「わ、私の……彼氏……」
胸の前で両手の指を絡めてモジモジする陽葵。
うぅん、可愛い。
それはもう可愛いが、そういうことじゃない。
俺は鼻根を右手の親指と人差し指の腹で摘まむ。
「属性過多ぁ……」
「うぅ、ごめんね……?」
「あぁ、いや。謝る必要はないんだけど」
俺が唸っていたから迷惑を掛けたかもしれないと心配したのだろう。
陽葵が不安げに覗き組んでくるので、俺は掌を見せる。
「取り敢えず、陽葵が何で俺を連れてここに来たいのかがわかったよ。なるほどな、カップル限定で販売してるスイーツなのか」
言いながら周囲を見渡してみる。
店に入る前から思っていたが、やはり男女のペアが目立つ。
恐らくそのほとんどが、今し方俺達も注文した冬季限定かつカップル客を対象にしたスイーツセットが目的なのだろう。
しかし、いくら陽葵がそのスイーツを食べたくても、一人では注文することが出来ない。
だから、恋人役としてこうして俺を伴う必要があったというワケだ。
「って、知ってたなら最初からそう言ってくれればいいのに」
別に黙っている必要はなかったはずだ。
これは俺から陽葵への恩返し。
カップル限定のスイーツを食べたいから、恋人役として一緒に来てほしいと頼まれれば、断るどころかむしろ喜んで同行し、この思い出を一生の宝物として胸の奥にそっとしまって今後の人生を生きていったことだろう。
と、一人勝手にIFの世界線を覗き見ていたのだが、陽葵は「だって……」と視線を伏せてしまった。
「恥ずかしいのもあるけど、嫌がられたり、断られたりしたらどうしようって……思っちゃって……」
「いや、嫌がんないし断んないって」
「えっ……?」
パチッ、と丸く開かれた陽葵の瞳がこちらを向く。
「断らないの?」
「断らないだろ」
「い、嫌じゃ、ない……?」
「嫌なワケなくないか……?」
え、陽葵の恋人役が嫌な人間とか存在するの?
いるとすれば、それは聖女様の加護に当てられて浄化されてしまう悪魔だろ。
何か驚いたような表情の陽葵。
俺は逆に、陽葵が驚いていることに戸惑っているくらいだ。
やはり、自分の可愛さに無自覚なのが祟っているのだろう。
「そ、そっか……嫌じゃないんだ……」
陽葵が顔を正面に戻して何かを呟いた。
よく聞こえなかったが、横顔を窺うと仄かに紅潮しているように見えなくもない。
気のせいか。
気のせいじゃないのか。
横顔にカーテンを掛かる亜麻色の髪を払えば確かめられる。
と、そんな俺の思考は無意識のうちに行動に現れており、気付いたときには伸ばされた手が陽葵の髪に触れていた。
「っ、司くん……?」
急に髪を耳に掛けられて戸惑った様子の陽葵がこちらを向いた。
やはり、その顔はじわりと朱に染まっている。
「逆に、陽葵はさ。俺が恋人役で――」
――良かったのか? と言葉が紡がれる前に、店員さんが注文したスイーツのセットを運んできた。
「お待たせいたしました。こちら、冬季限定スイーツセットです」
冬らしい。
そして、何となく恋人カラーとしてのイメージもある赤いベリーのタルトがメインで大きな白いお皿の真ん中に置かれており、その周りに小さなワッフルとジェラートも彩るように添えられていた。
飲み物は可愛らしく大きなハートが描かれたカプチーノで、ゆらゆらと湯気を登らせている。
「それでは、ごゆっくりお過ごしください」
やはり、俺達にどこか微笑ましい視線を向けたあとに下がっていく店員さん。
すみません、店員さん。
俺達、本物のカップルじゃないんです。
本当は義姉弟で、今日だけ俺がお兄ちゃんで、恋人役のフリをしているだけなんです。
とはいえまぁ、店側は俺達のようにカップルのフリをしてくる客がいることも承知の上だろう。
冬季限定。
カップル限定。
そう言った文句で強い印象を与えて客を引く。
やってくる客が本当に恋人同士かどうかは関係ない。
なぜなら、同じ分のお金を落とすのだから。
っと、いかんいかん。
そんな大人な裏事情を推測しても何も面白くない。
今はこの時間を楽しむ。
そして、陽葵に楽しんでもらうことが一番の目的なのだから。
「わぁ、美味しそう……!」
「写真、撮ろうか?」
「えっ、良いの?」
俺が頷くと、陽葵は「やった」と笑って自身のスマホを差し出してきた。
「じゃあ、お願いね」
「ああ」
陽葵がテーブルに置かれたスイーツのセットに少し顔を寄せて、可愛らしい笑顔にピースを添える。
俺は横向きにした陽葵のスマホ画面の中の陽葵を見詰めながら、ピントを合わせて――――
カシャ、カシャ。
と、二連写。
「どうだ?」
「うん、良い感じ。ありがと~」
返したスマホを見て嬉しそうに陽葵が笑う。
その後で、次はスイーツだけを被写体にして二、三枚撮っていた。
次に、保存された写真を見ているのだろう。
満足そうな笑みを浮かべて画面をゆっくりスクロールしている。
しかし、何に気付いたのか。
一瞬ハッとした表情を作った陽葵が、何かに悩むように画面を見詰めてから、チラリとこちらの様子を窺ってくる。
「どうかしたか?」
「あ、えぇっと、ね……?」
何かに尻込みしているような様子の陽葵。
俺が静かに答えを待っていると、陽葵が覚悟を決めたように「よ、よし」と一人呟いてから――――
グイッ。
「あ、ちょっ……!?」
突然陽葵が腕を絡めてきた。
そのまま引き寄せてくるものだから、俺は踏ん張ることも叶わずに、軽く陽葵の側頭部に自身の側頭部をコツンとしてしまう。
「司くん、こっち見て」
「え?」
カシャ、と。
本能的に視線を向けると、陽葵が斜め上に手を伸ばして持っていたスマホからシャッター音。
横向きにされたスマホの画面はいつの間にか内側カメラになっていた。
その画面には、戸惑う俺と気恥ずかしそうな陽葵が、腕を絡めて至近距離に並ぶ一瞬が切り取られている。
「……え? え?」
「……ふふっ」
「な、何の一枚……?」
突然のことで陽葵の意図がわからない。
戸惑いながら尋ねると、陽葵は「ん~」と誤魔化すようにスマホを口許に持っていく。
「何となく? 他意は、ないよ?」
「なる……ほど……?」
結局よくわからなかったが、まぁ、陽葵が満足ならそれで良いかと納得することにした――――




