第37話 図ったな義姉……いや義妹っ!?
「じゃあ、今日はよろしくね――お兄ちゃんっ」
「あ、あぁ、こちらこそ……」
日曜日。
陽葵とのお出掛け当日。
茉莉さんに見送られて玄関を出たところで、陽葵が屈託のない可愛らしい笑顔を向けてくる。
いつもであればただ純粋にドキッとさせられていただろうが、悲しいかな今はそういうワケにもいかない。
なぜなら、圧倒的なまでに戸惑いが勝っているからだ。
本当に、どうしてこうなったんだっ……!?
………………。
…………。
……。
三十分前――――
髪をセットしジャケットコートを羽織ってマフラーを巻き、少々気合を入れた外行きの格好に身を包む。
お洒落するのは、読者モデルの撮影をしていた玲美を迎えに行ったとき以来になるか。
さて、と。
やりますよ、シスターさん。
自室の姿見の前で拳を握り、覚悟を決めながら、昨日シスターさんに貰ったアドバイスを思い出す。
『では、こういうのはどうでしょうか。子羊くんの口振りからして、お義姉さんはいつも誰かをお世話したり甘やかす側の立場にいるはずです。そ、そうですね?』
『はい、その通りです』
『では、そんなお義姉さんのことは誰が甘やかすんですか? お義姉さんだって、誰かに甘えたいときがあるのではないでしょうか……!? た、多分!』
『た、確かに……!?』
『というワケで、子羊くんは明日のお出掛けでお義姉さんを存分に甘やかしてみてください……!』
……ふっ、流石はシスターさんだ。
やはり、陽葵とどこか似ていて誰かに寄り添ったり癒したりする立場の人間だからこそ、望んでいることがわかるということなのだろう。
「よし、行こう」
俺はカバンを持って部屋を出る。
正面の陽葵の部屋の扉をノックした。
「陽葵、準備出来たか?」
「う、うん……!」
そんな返事が聞こえてから数秒経って扉が開けられた。
細かいプリーツの入った白いロングスカートに、上は厚手でゆったりとしたサイズのカーディガン。
ふわっとした亜麻色の長髪はお団子ハーフアップに結われていた。
学校では見たことのない髪型だ。
また、香水をつけているようで、仄かに甘い香りが鼻腔をくすぐってくる。
「ど、どう、かな……?」
どこか気恥ずかしそうに視線を逸らし、横髪を指で弄りながら尋ねてくる陽葵。
俺の視覚も、聴覚も、嗅覚までもが可愛いと叫んでいた。
とはいえここはまだ家の中。
茉莉さんもリビングにいるだろう。
父さんは……寝ているのか?
「えっと、似合ってると思う。凄く」
「ふふっ、ありがと~」
取り敢えず無難に感想を伝えただけだが、陽葵はその言葉だけで充分だったように柔らかく笑った。
「陽葵」
「ん、どうしたの?」
「俺、いっつも陽葵に甘えさせてもらってるからさ、今日は逆が良いって言うか……陽葵への恩返しということで、今日は俺が甘やかしますっ……!」
俺にどこまで陽葵を喜ばせられるかはわからないが、それでもやれるだけのことはやってみるつもりだ。
そんな決意表明のような言葉を受けて、陽葵は目を丸く開いていたが、すぐに嬉しそうに細めた。
「へぇ~、そうなんだ。じゃあ今日は私、司くんに全力で甘えて良いんだね~?」
「そ、そうなるな。取り敢えず今日は、年上だとか先輩だとか義姉だとか忘れて、遠慮なく俺を頼ってくれ」
「ほぉう、なるほど……今日の私はお義姉ちゃんじゃない。だったら……」
くすっ、と笑みを溢した陽葵が、悪戯っぽく顔を覗き込ませてきた。
「今日は、司くんがお兄ちゃんだね?」
「へっ……!?」
「ふふっ、楽しみだなぁ。一日きりのお兄ちゃんに、たっぷり甘やかしてもらお~」
え、ちょ?
勝手に話が前に進んでいく……!
確かに立場を忘れて遠慮なく頼って、甘えてもらいたいとは言ったが、別に義姉じゃなく義妹として振舞えとは言っていない。
それが……え、俺がお兄ちゃん!?
お、お兄ちゃん、なのか……!?
◇◆◇
――というワケで、俺はお兄ちゃんです。
「あっ、ここだよ」
「おぉ、なんかオシャレな佇まい……」
電車に揺られることしばらく。
下車した駅から五分と歩かないうちに、目的の喫茶店の前まで辿り着いた。
若年層の客――男女のペアが目立つのでカップル客だろうか――で繁盛している。
店舗の外装から比較的新しい喫茶店であることは間違いないが、現在列を作るほどの客入りではないことから、新設されて話題になったピークは一旦過ぎたといった感じだろう。
来るにはベストのタイミングだったかもしれない。
「んじゃ、入ろうか」
「あっ……」
俺が一歩踏み出すと、優秀な自動ドアがウィーンと開いて店内へ誘おうとしてくれる。
しかし、俺の袖を摘まんだ陽葵の手が引き留めてくる。
「ん、陽葵……?」
「……あ、甘えて、良いんだよね……?」
「え? あぁ、うん」
それはどういう意図の質問だろう、と疑問混じりに一応肯定すると、陽葵は呼吸と精神を整えるように「ふぅ~」と息を吐く。
そして――――
「えいっ」
「……っ!?」
唐突に腕を絡ませて密着してきた。
細い腕の感触。
その他に何か弾力が押し当たっているのも感じるし、揺れる髪からは良い香りがする。
「あ、あの、陽葵さん……?」
「い、行こ……?」
「え、ちょ……!?」
戸惑う俺に構わず、陽葵は腕を組んだまま俺を店の中へと連れていった。
当然とばかりにその状態のまま若い店員に案内され、二人掛けのふかふかなソファー席に並んで腰を下ろす。
俺が状況を飲み込めないままでいる間に、陽葵が店員さんに注文を始めてしまう。
「ご注文はお決まりですか?」
「はい。えぇっと、この冬季限定の……か、カップルスイーツセットをください……!」
「こちら、恋人同士でご来店いただいた方を対象にしたメニューとなっているんですけれども……えっと、確認は必要なさそうですね」
店員が微笑ましく笑う。
ポカンとしている俺の隣で、陽葵が耳の先まで紅潮させていた。
セットの飲み物も合わせて注文したところで「それでは少々お待ちください」と言って、店員が下がっていく。
後に残された俺と陽葵。
「…………」
「…………」
沈黙の中、俺はギギギ……と錆び付いた首を動かして陽葵に視線を向ける。
陽葵も俺の方を一度チラリと窺ってきたが、すぐに真っ赤な顔を逸らしてしまった――――




