第36話 その心遣いが一番のご褒美かな
《聖陽葵 視点》
てっきり今日は迷える子羊の司くんが、家での私との距離感について相談しに来たのかと思ったけど、どうやら本題はそっちじゃなかったらしい。
とはいえ、まったく別の話題というワケでもなく。
「――義姉と明日スイーツを食べに喫茶店に行くことになっているんです」
なるほど、そのことだったんだ。
昨日ささやかな夜会をしたときに、司くんが何かして欲しいことはないかって聞いてきたから、一緒に冬季限定のスイーツを食べに行こうって約束したんだよね。
で、でも、それってやっぱり…………
「へ、へぇ……デート、ですね?」
「いやいや、ただのお出掛けですよ」
うっ。
なんか、バッサリ否定されたんだけどぉ……!?
お義姉ちゃん、ちょっと悲しいかも。
「年頃の男女が二人きりでお出掛けするんですから、デートではないですか?」
ちょっと食い下がってみると、司くんがどこか達観しているような爽やかな口調で「シスターさん、今回は珍しく俺から一つ教えてあげましょう」と言って語り出す。
「いいですか? そりゃ俺だって女子と――それもとびきり可愛い相手と二人きりで出掛けられるんです。めっちゃ嬉しいですし、内心では『いやこれもうデートで確定だろ』と思ってますよ」
「か、かわっ……」
も、もぉう……!
司くんはすぐそういうことを言う。
お、女の子に軽々しく「可愛い」とか言っちゃダメなんだからね……?
変な勘違いされても知らないよ?
……それとも、勘違いさせたいの?
とんだ女たらしさんだなぁ。
そういうことしちゃめっ、って私が教えてあげないと。
「ですが、それは胸の内に秘めておかないといけないんです。もしこれをあからさまに表に出していたらどうなるか……」
コホン、と私は少し騒がしくなっていた胸の奥を落ち着かせるように咳払いして「どうなるんですか?」と聞いてみる。
すると、司くんは「女子はこう思います――」と妙に誇張された演技口調で実演してくれた。
「『えっ、あぁいや、別にデートとか大袈裟なもののつもりはなかったんだけど。ってか、一緒に出掛けたくらいでデートとか……ハッ、イカにも非モテって感じ』と」
「えぇっと……経験談ですか?」
「ぐっはぁっ……!!」
つ、司くんっ!?
大丈夫……!?
壁の向こう側で司くんが急に呻いたので、驚いてしまった。
何があったのかはわからないけど、取り敢えず大丈夫だったらしい。
司くん曰く、経験談ではないけれど、万が一にもこうならないためにもデートだと思い上がらないように努めているらしい。
そ、そこまでする必要はないと思うけどなぁ。
男女の認識の違い、なのかなぁ?
多分男の子的には、お出掛けとデートは別物で、デートは特別なものなんだって、どこか神聖視している部分があるのかも?
でも、女の子的には、お出掛けもデートも特に変わりはなくて、神聖視もしてない。だから、同性異性問わず恋人じゃなくても気が向けばデートくらいする。
ただそこに、他意のあるデートなのか、ないデートなのかの違いがあるってことだと思うな。
女の子的には他意のないデートをしているつもりだったけど、男の子はその時間を特別なものと感じていたら、温度差が生まれてシラケちゃう……っていうパターンはよく聞くかな。
……まぁ、私的には、流石にそれは男の子も勘違いしちゃっても仕方ないと思うし、女の子も思わせぶりなことはしない方が良いと思うけどね。
と、とはいえ。
とはいえ、だよ?
最初から他意のないお出掛けだって決めつけて欲しくはないかなぁ。
ほら、勘違いじゃないかもしれないよ、司くん?
「――それで、相談なんですけど、このお出掛けは義姉への恩返しみたいなもんなんですよ。だから、明日のお出掛けを最高に楽しんでもらえるようにしたくて」
うぅ、司くん、大丈夫だよぉ。
そう思ってくれてることが、その心遣いが一番のご褒美だよ……!
「そこでシスターさんのアドバイスが貰えたら嬉しいなって思って来たんです――」
なるほどなるほど、なるほどねぇ。
私を喜ばせるために相談までして……ま、まぁ、その相談相手も実は私なんだけど…………
「――何となく、シスターさんって義姉と雰囲気が似てるので、義姉の気持ちもわかるかなぁって」
ギクッ……!?
「そ、そうなんですね……!? へ、へぇ、私と似て……な、なるほどなるほど……ほほぉう……」
だ、大丈夫、大丈夫。
バレてない、バレてない。
バレて……ないよね……?
実は私の正体がわかってて、イジワルして私の反応を楽しんでるとかじゃ、ないよね……?
ふぅ、と私が動揺を落ち着かせている間に、司くんが相談内容を話してくれた。
喫茶店の行き帰りでどこかに寄ることもあるだろうから、そのときにでも何か私を喜ばせるようなことがしたい、らしい。
何かしたい、か。
うぅん……漠然としてるなぁ……。
でも、漠然としたまま何も見えてこないから、こうして頼ってきてくれたんだよね。
そこまでして私を喜ばせてくれるつもりなんだ……本当に、優しいなぁ。
よし。
そういうことなら、私に任せてほしいな。
私のことは私が一番よくわかってるからね……!?
つ、つまり……あれだよね?
私が喜ぶこと、私が司くんにされて嬉しいこととか、したいことを伝えれば良いんだよね……?
う、うぅん……なんだか、おねだりしてるみたいでちょっと恥ずかしいなぁ。
でも、司くんのためだよ。
ちゃんと力にならなきゃ。
決して私がして欲しいから言うワケじゃない……って、私がして欲しいことを言わないと意味ないんだけど、それもこれも司くんのためだから。
た、他意はないよ。
「例えば、そう……手を繋ぐ、とか?」
っ、い……言っちゃったぁあああ!
言っちゃったよぉ。
で、でも良いよね?
このくらい、仲良しだったらするよね? ね?
「シスターさん、相手は義姉です……」
「あ、あぁ、そうでしたね。そうでした……」
……そう、でした。
私は司くんのお義姉ちゃんでした。
私情が先行して、立場を忘れてました。
でも難しいよぉ。
姉弟間でしてもおかしくないことで、私が喜ぶこと?
うぅん、司くんがここまで考えてくれてるんだから、もう何をされても嬉しいけどなぁ。
多分、そういう答えを求めてきたんじゃないだろうし…………
……よし、ならこうしよう。
「……わかりました。では、こういうのはどうでしょうか――」
◇◆◇
翌日、日曜日――――
「行ってきま~す」
「行ってきます」
「はぁ~い、気を付けてね~」
ガチャリ、と玄関扉が閉まる。
ママのお見送りを受けて、ちょっとおめかしした私と、少しは意識してくれているようで外行きのコーデに身を包んだ司くんが、並んでマンションを出る。
家族の目もない。
周囲に知人の目もない。
私は遠慮なく司くんに緩み切った顔を向けた。
「じゃあ、今日はよろしくね――お兄ちゃんっ」




