第33話 シスターさんに義姉の愚痴
一種、テストお疲れ様会とも呼べるような、ささやかな夜会を過ごした翌日の土曜日。
父さんと茉莉さんは揃って仕事が休みなようで、家でまったりと過ごしている。
陽葵はどうやら朝から出掛けているらしい。
単純に遊びに行っているのか、休日に生徒会関連の用事で学校に行っているのか、それとも何かのボランティア活動にでも参加しているのかはわからない。
気にならないと言えば嘘になる。
スマホで連絡を取って確認することも出来る。
だが、出来るのとやるかやらないかは別問題。
他人のプライベートに突っ込み過ぎるのはあまりよろしくない。
それに今日、俺は俺で用事がある。
そちらに集中することにしよう。
手早く支度を済ませ、家を出る。
電車に乗って登校時と同じように三駅移動。
しかし、向かうのは英誠院学園ではなく、シスターさんが待つ懺悔室のある小さな教会だ。
相変わらず立ち寄る人はほとんどいない。
いつものように一声神父のオジサンに挨拶し、懺悔室の扉を叩いて入る。
外界の音が遮断され、シスターさんとの二人きりの世界が作り出された。
「お久し振りです、と言うべきですかね? シスターさん」
声を掛けると、カーテンで覆われた格子状の壁の向こう側から「ふふっ」と既にこちら側に座っているのが誰であるかを見抜いたような笑い声が聞こえてくる。
「確かに、子羊くんの普段の来訪ペースを考えると、久し振りということであっているかもしれませんね」
「ですよね」
「とはいえ、実際はテスト期間中で少し来られなくなっただけで、本来の懺悔室の利用率を考えるとまったく久しくありませんよ?」
まったくもってその通りだ。
普通、懺悔室に一週間ほど来なかっただけで足が遠のいたとはならない。
よく利用する人でも週に一度は行きすぎなくらい。
半月もしくは一ヶ月に一回でも訪れていたら、充分常連さんだろう。
週に二回も三回も訪れる俺が異常なのだ。
とはいえ、俺とシスターさんの仲じゃないか。
この久し振りの感覚が片想いであったなら、ちょっと悲しい。
「えー。俺はしばらくシスターさんに会えなくて寂しかったんですけどねー? そっかぁ、シスターさんは何とも思ってなかったんですねー」
わざとらしく拗ねたような声色で言ってみれば、シスターさんが可笑しそうに反応する。
「ふふっ、すみません。なんだか子羊くんとはあまり久し振りな感じがしなくて」
「おっと、それは会えなかった間も、すっと俺のことを考えてくれていたからですか?」
「さて、どうでしょうねぇ~?」
「それは嬉しいなぁ~」
「私はうんともすんとも答えてませんよ?」
「では答えてください」
「えぇっと……すん?」
「『うん』が良かったです。というか『すん』ってなんなんでしょうね?」
さぁ、と恐らく首を傾げているであろうシスターさんと、壁越しに小さく笑い合う。
そして、俺はここ一週間のことをザックリ説明した。
シスターさんや陽葵が背を押してくれたお陰で、長く関係を拗らせていた天羽と以前の関係に戻れたこと。
そろそろ無気力な自分を変えたいと思って、まずはテスト勉強に熱を注ぎ、何とか学年三十位の成績を掴んだこと。
その流れで俺の悪い噂ゆえに不正を疑われたが、天羽と玲美、そしてほんのちょっとは九重も味方してくれて誤解を解いてくれたこと。
……いや、本当は誤解を解くどころか反撃に打って出て、相手さん方のヒットポイントを瀕死寸前まで削っていたが、その辺りのことは伏せておこう。
そして――――
「――で、テスト頑張ったご褒美に義姉がケーキを買ってきてくれたんですよ。二人で夜にこっそり食べて、背徳感が最高のスパイスした」
「ふふっ、お義姉さんと上手くやれているようで安心です」
昨晩の話をすると、シスターさんが嬉しそうに笑った。
両親が離婚してからの俺にずっと寄り添い続けてきたシスターさんとしては、俺が新しい家族と良好な関係を気付けているかどうか心配だったのだろう。
こんなに気に掛けてくれて、本当にありがたい話だ。
「まぁ、困ることもありますけどね」
「えっ……そ、そうなんですか……?」
少し動揺するシスターさん。
もしかして、困りごとを深刻に捉えてしまっただろうか。
本当に些細なこと……とはまぁ言い切れないが、決して重く受け取ってほしいことではない。
この際だから話しておこうか。
「何と言うか……可愛すぎるんですよね」
「……はぇ?」
「めっちゃ可愛いんですよ、ウチの義姉」
「~~っ!?」
シスターさんが声にもならない悲鳴を上げているが、気にせず話を続ける。
「ただ、これが結構厄介なことに本人無自覚系で……自分の可愛さが周りにどんな影響を及ぼすかまったく理解出来ていなくて……」
「っ、と……というと……?」
「無防備すぎてドキッとするんですよ……」
はぁ、と思わずため息が出てしまった。
「血の繋がりはないとはいえ新しい家族。家族相手にこんなことを思ってしまうのは良くないってわかってるんです。でも、でもですよ!? そうは言ってもついこの間まで他人だったのは事実だし、何なら同じ学校の先輩っていう妙に意識してしまう立ち位置なんですよ……!」
家族として見ようとは努めている。
だが、どうしても【日溜まりの聖女様】としての顔がチラつくし、義姉とは血の繋がりのない異性なんだということを考えさせられてしまう。
「そんな俺の気も知らないで、あの人めっちゃ距離感近くて気付けば頭撫でてきたりスキンシップしてくるし、ふとした瞬間の上目遣いなんか【秘奥】聖女式極上悶絶昇天対人眼光とかいう確殺攻撃だし、油断してるときチラチラ見えてはいけないものが見えたりして……!」
「な、なんか途中聞き覚えのない物騒な単語があったのは気のせいでしょうか……」
気のせいではありません。
そして聞き覚えがないのは当然です。
俺があの凶悪な視線に対して、密かに命名しただけですから。
本当はもっと具体的に語りたい。
あのときこういう状況でこんなことがあってどう思ったとか言いたい。
だが、そんなことをしていると時間がいくらあっても足りない。
こうして大雑把ながらに吐き出せただけでも、胸の中のモヤモヤが少し晴れたような気がした。
「ふ、ふぅ……」
「すみませんシスターさん。つい熱が入ってしまいました」
シスターさんが呼吸を整えるように息を吐いたので、俺はほとんど勢いに任せて捲し立てるように語ってしまったことを謝る。
しかし、寛容なシスターさんは「だ、大丈夫ですよ」と言ってくれた。
「そ、そうですね……もしそのようなことで本当に困っているのでしたら、一度直接お義姉さんとお話してみてはいかがですか? で、ですが、その……」
いつも的確で明瞭な助言をくれるシスターさんが、珍しく少し言い淀んでいる。
「その?」
「えぇっと、重要なのはつかっ――コホンコホン! こ、子羊くんの感じ方と言いますか……もし子羊くんがそのように関わられることを不快に感じていないのでしたら……」
本当に珍しい。
こうまで言葉を引っ張り出してきている様子なのに、結論がなかなか出てこない。
だが、それでもシスターさんは一呼吸の間を置いてようやく言い放った。
「い、いいのでは、ないでしょうか……?」
「えっ、いいんですかっ!?」
まさかの肯定。
俺が陽葵という血の繋がりこそないが義姉で家族である相手にドキドキしてしまうことを許されてしまった。
「す、少なくともわたっ……お、お義姉さんは好きでそうやって子羊くんと関わろうとしているはずですから……」
「その心は?」
「だ、だって……」
ごにょごにょ、とシスターさんが妙に口籠ったまま答える。
「子羊くんのことを好意的に見ていないと、そういう距離感にはならないはずですから……」




