第31話 天然義姉の羞恥のツボがわからん……!
パクリ。
もぐもぐ……と。
俺はガトーショコラ、陽葵はチーズケーキをほぼ同じタイミングで口に運び、咀嚼し、笑みを溢す。
明日が土曜日であるのをいいことに、俺と陽葵は二人きりの密やかでささやかな夜会を始めていた。
陽葵からすれば俺がテストを頑張って結果を出したご褒美なんだろう。
しかし、いつも頑張っているのは陽葵の方だ。
学校では生徒会副会長、そして【日溜まりの聖女様】として頼りにされ、その立場に恥じない成績を日々の努力の末に得ている。
おまけにボランティア活動にも熱心だと聞く。
この多少の背徳感が伴う些細な夜の時間が、そんな陽葵のご褒美になれば良いな。
俺はそんなことを考えながら紅茶を口に含んだ。
「ふふっ、美味しいね~」
「だな。この近くにケーキ屋あったっけ?」
「ううん。前に私が住んでた街にある洋菓子店のケーキなの」
確か、学園からこの家に向かうのとは逆方面の路線で、二駅ほど離れたところの街だったはずだ。
わざわざこのご褒美のために遠回りして買って帰ってきてくれたのか。
「ホントありがとう、陽葵」
「ふふっ、どういたしまして~」
一瞬その手間を考えると申し訳なくなって一言謝りそうになったが、陽葵は俺に喜んで欲しくて買ってきてくれたのだろう。
なので伝えるべきは謝罪ではなく感謝。
この夜会を楽しむのに不要な感情はひとまず排除だ。
「すっごくお気に入りのお店でね? 他にも沢山ケーキがあるんだけど、中でもこの二つは絶品なんだ~」
「なるほど、それでガトーショコラとチーズケーキ」
俺は手元のガトーショコラから視線を移し、陽葵の前に置かれたチーズケーキを見やった。
特に意図があったわけではないのだが、そんな俺の目を見て興味があると思ったのだろう。
陽葵がフォークで器用にチーズケーキを一口大にカットした上で、それを刺して俺の方に向けてきた。
「チーズケーキ、美味しいよ」
「え……あ、いや……」
「ほら、あーん」
きょ、距離感が少し近めなのは今に始まったことではない。
とはいえこれは流石に恥ずかしくないか!?
思春期男子にはちょっとばかりハードルが高いと思うんだけど……俺が気にしすぎなだけですかね!?
というか、陽葵は気付いていないだろう。
襟元の緩い服装で前屈みになっているせいで、上の下着の肩紐どころか、キュッと寄せられた双丘の間に生まれる谷の一部が覗いていることに。
これ以上俺が渋っていると、俺の視界にはずっとその絶景――コホン、目の毒が入り続けることになってしまう。
ここは恥を忍んでいわゆるあーん、を受け入れるしかない……!
「わ、わかったよ……」
「ふふっ」
大人しく口を開けると、陽葵のフォークとそこに刺さったチーズケーキの欠片が運ばれたので、金属部分に触れるのを最小限にしながら頬張った。
「どう? 美味しいでしょ?」
「お、美味しい……」
でしょ~、と満足そうに笑みを浮かべる陽葵。
正直、陽葵は人との距離感を測り間違えていると思う。
新しく家族になり、出来るだけ早く俺と分け隔てなしに関われるようにと頑張っているのだろうが、本当に血の繋がった姉弟でも高校生になってまでこんなことはしないはずだ。
いや、一部仲の良い姉弟ならするのかもしれないが…………
もちろん俺もいつかは陽葵を本当の意味で家族だと思えるようになりたいと願っているが、それは時間が経つにつれて次第にそう認識が移行していくものではないだろうか。
……いや、違うな。
もしかして、陽葵って誰に対してもこの距離感なのでは?
俺と早く家族の関係性になりたいと思って呉れち得るのは確かだろうが、こういう行動一つ一つにあまり深い意図を感じない。
て、天然……?
なら、多分言わないとわからないな。
こういうことなら大丈夫で、こういうことは恥ずかしい。
距離感を測るとか、まずその考え方すらないのだとしたら、俺の方から距離感を示してやる他ない。
コホン、と。
一つ咳払いして言う。
「美味しいんだけど、正直恥ずかしさが勝って味がよくわからんかった……」
恥ずかしいです、と告白するのもなかなかに恥ずかしいな。
とはいえ、これも陽葵に距離感というものを教えるため。我慢だ我慢。
「え~? 照れ屋さんだなぁ~」
「い、いやいや。普通に恥ずいだろ」
陽葵は実感がないように、むしろこちらをからかうように笑う。
その上――――
「そぉ? じゃあ、試してみて?」
「え?」
「私もガトーショコラ、食べたいな~?」
「……っ!?」
今度はこちらにあーん、をせがんでくる始末。
カァ、と自分の顔が熱くなるのを感じる。
心臓もドクドクとうるさい。
ほんっと、思春期男子殺しの聖女様だな……!?
俺何か悪いことをしてその罰を受けているのか?
いや、それとも知らぬ間に善行を積んで得を受けているのか。
どっちの面にも受け取れる状況に、頭がおかしくなりそうだ。
「な、なら、はい。どうぞ」
「え~、それじゃあ何も確かめられないよ~」
俺はガトーショコラの乗った小皿をそのまま陽葵の前にスライドさせたのだが、どうやらご不満の様子。
目的を得るために手段もこだわってくるタイプ……いや、目的がそもそもガトーショコラではなく、食べさせてもらうことになるのか。
「……っ、はぁ。わかった、わかりました」
俺は小皿を引き戻し、ガトーショコラを一口大にカット。
自分のフォークに刺して、持ち上げ――る手がプルプルするが、それは流石に許してくれ。
「ふふっ、あーん……」
「っ、あ、あぁん……」
陽葵の小さな口が開く。
そこでどうして目蓋まで閉じるのかがわからないが、俺は深く考えないようにしながら恐る恐るフォークでガトーショコラを口内に運び――――
はむっ! と。
俺が慎重を期していたのが馬鹿馬鹿しくなるほど一瞬で、あっさり、陽葵が遠慮なくフォークごと頬張ってきた。
引き抜いたフォークを、俺はまともに見られない。
「ん~、美味しい」
存分にもぐもぐした陽葵がそう味の感想を呟き、
「でも、そうだね。ふふっ、ちょっと恥ずかしいかも」
多分、俺が味わった十分の一程度の羞恥心を嗜んでくれたようだった。
まぁ、多少の恥ずかしさを理解してくれただけでも、俺が恥ずかしい思いをした意味もあったのだろう。
とはいえ――――
「陽葵、誰にでもこうなのか……?」
「こうって~?」
「食べさせ合いっこしたり?」
「ん~、お友達とかとはたまにするかな~?」
浮かぶ浮かぶ。
喫茶店やファミレスなどで、陽葵が女友達と楽しそうに食べ物をシェアしている姿が。
いや、それはいいんだけど。
「まぁ、女友達なら良いけどさ。流石に友達といっても男がこれされると色々と勘違いされるぞ?」
要らぬお節介だろうが、一応注意をしておいた方が良いだろう。
距離感という概念を無視する天然だ。
俺に対してこうなのだから、友達と言う認識があれば他の男子に対しても同じようなことをしているのだろう。
こういうことをされて「もしかして俺にもワンチャン……!?」と思った男子が、友達ではなくなてしまう可能性は大いにありけりだ。
「陽葵は友達としてしか思ってなくても、相手からするとやっぱ陽葵は【日溜まりの聖女様】と呼ぶに相応しい魅力を――」
「――えっ?」
「……え?」
「み、魅力って……」
何だこの「今魅力って言った?」みたいな反応は。
逆にこっちが驚きたいわ。
え、自分の魅力をご存じない?
「いや、あるだろ、存分に」
「っ、あ……ありがと……」
「どういたしまして?」
何故か陽葵が俯いてしまった。
横髪の合間から覗く耳の先が赤くなっている。
恥ずかしがっているのだろうが、別に俺は褒めたつもりはなく、ただの周知の事実を言っただけ。
というか、どうしてあーんではあまり恥ずかしがらないのに、こういうちょっとしたことでダメージ喰らってんだよ……?
「え、えっと……ね?」
「う、うん?」
「女の子とはしたりするけど、男の子とは……したことないよ?」
話が脱線していたから一瞬何のことかと思ってしまったが、食べさせ合いっこの話をしていたのだと思い出す。
男を勘違いさせないように、と俺がした注意に対しての答えを、陽葵がどこか熱を帯びた瞳を上目にチラリと向けてきながら呟いてきた。
ドキッ……!
その心臓に悪い仕草を唐突にするのをやめていただきたいが、無自覚だろうから言っても仕方のないことか。
「そ、それなら良かった……」
「うん。他の男の子とは、しないの……」
「そ、そっか……」
なぜ同じようなことを繰り返し言った?
ゴメンちょっと心臓がうるさくて脳も熱くて、その真意を考えるような余裕は今の俺にはない。
夜会は妙な気恥ずかしさを孕んだ静寂に包まれた――――




