第30話 一悶着あったあとにはご褒美?
「ふふふ。凄いわぁ~、二人とも~!」
「よく頑張ったね、本当に」
その日の夜。
家族四人でダイニングテーブルを囲い夕食を楽しみながら、今回の期末テストの話題で父さんと茉莉さんが、俺と陽葵の結果に嬉しそうにしていた。
【日溜まりの聖女様】とも呼ばれ生徒会副会長としての人望も厚い陽葵は、いつも学年順位は上から数えた方が早いような優等生。
今回の結果も当たり前のものなのだろう。
しかし、そこに加えて今回は俺が学年の成績上位層に食い込んだため、親としては――特に父さんは目に見えて俺の成績が沈んでいたことを知っていたはずなので、ことさらに嬉しいのだろう。
「ふふっ、褒められちゃったね?」
「だな」
隣に座る陽葵が少々照れ臭そうにしているが、俺も似たような心地だ。
同じ気持ちを共有するように、俺と陽葵は視線を合わせて笑う。
「でも気負う必要はないわよ~?」
茉莉さんが柔和に微笑みながら人差し指をピンと立てて言う。
「勉強が学生の本分とはよく言うけどね~、頑張った分ちゃ~んと息抜きすることが大切なんだから~」
そうだね、と父さんが茉莉さんの意見に頷く。
「ちょうど明日から土日だし、二人ともしっかり休んだらいいよ」
親からの温かな労いの言葉にくすぐったさを覚えながらも、俺と陽葵はそれぞれ了解の意を示して、引き続き夕食を楽しんだ――――
◇◆◇
夕食も済ませ、入浴も済ませ、あとは寝るだけだと自室で過ごしていると――――
「ん? 陽葵……?」
スマホにメッセージの着信。
アプリを開いて確認してみる。
『まだ起きてる?』
『私の部屋に来てほしいな』
『あ、こっそりね?』
……ふむ。
え、夜這いのお誘いか……?
父さんも茉莉さんも既に就寝したであろう時間を見計らって、こっそり部屋に来てほしいなどと言われれば、俺の残念で健全な思春期男子脳ではそれくらいの結論しか弾き出せなかった。
「い、いやまぁ……陽葵に限ってそんなことはないだろうけど……」
聖女様とまで呼び慕われる陽葵が、裏では肉食系だなんて……恐らく誰も求めていないギャップだろう。
何の用事かはわからないが、それも含めて確認する必要があるだろう。
俺は『了解』と一言返信して、慎重に自室の扉を僅かに開けた。
父さんと茉莉さんの寝室はリビングの向こう。
リビングの扉が閉まっていることと、その向こうの明かりが消えていることを確認。
「……よし」
部屋を出て、向かいにある陽葵の部屋の扉を控えめに三度叩く。
すると、すぐにカチャ……と扉が明けられ、陽葵の微笑みが出迎えてくれる。
「入って入って~」
「お、お邪魔します……?」
互いに潜め声で言い交し、俺は陽葵に手招きされるまま足を踏み入れた。
そういえば陽葵の部屋に足を踏み入れたのは、この家に引っ越して来た日に陽葵の荷解きを手伝ったとき以来か。
以降はあっても廊下を通る際に室内が目に入る程度のものだったので、こうしていざ入ってみると、少し緊張してしまう。
まぁ、その原因のほとんどは、親が寝静まった時間帯であることと、何より陽葵のラフな格好のせいだ。
オーバーサイズのTシャツというには裾が長いので、一応ワンピースタイプの部屋着か寝間着なのだろう。
どちらにせよ青い布一枚であることに変わりはなく、防御力の低さが攻撃力の高さに変換されている。
「ささ、座って座って?」
「え、えぇっと……」
部屋の真ん中には小さな丸テーブルが出されており、その上には恐らく紅茶が入っているだろうガラスのティーポットとカップ、そして小皿とフォークが置かれている。
陽葵がベッドが置かれている側の床に座ってクッションを抱くので、俺は戸惑いながらもそのテーブルを挟んだ対面に腰を下ろした。
「俺、何で呼ばれたんだ……?」
「ん~? それはねぇ~」
俺の疑問を待ってましたと言わんばかりに、陽葵がもったいぶるように笑い、傍らに置いてあった小箱を持ち上げて見せてくる。
「じゃーん、ケーキでーす」
陽葵が小箱から取り出したケーキをそれぞれの皿に載せながら説明する。
「ほら、司くんがテスト頑張ったらご褒美あげるねって言ったでしょ? 私、司くんがすっごく勉強頑張ってたの見てたし、そのうえ結果まで出したんだから、沢山褒めたいなって思ってたんだ~」
もちろんその話は覚えていたし、テストを頑張るモチベーションの半分は陽葵がご褒美をくれると言ったからだ。
ただ、それがまさかこんな豪華なご褒美だとは思わなかった。
いつものように一言二言「頑張ったね」「偉いね」と褒められるか、頭を撫でられるかくらいのものを想像していた。
「それでケーキ買ってきてくれたのか?」
「うん。もちろん私が食べたかったって言うのもあるけど、えへへ……」
そう言うと、陽葵はそれぞれの小皿に載せたチーズケーキとガトーショコラを見せてくる。
「司くん、どっちがいい?」
「陽葵が買ってくれたんだから、陽葵から選んでくれよ」
いくらご褒美とはいえ、勝ってもらったうえに選択権まで寄こされると気が引ける。
なので、せめて陽葵には好きな方を食べてもらおうと思ったのだが、どうやらそれでは陽葵のご褒美あげたい欲は満足しないらしい。
「だーめ。司くんのためのケーキなんだから」
「ま、まじですか」
「ふふっ、まじです」
「えっと……なら、ガトーショコラで」
「はい、どうぞ」
陽葵は俺の答えに満足そうに笑って、ガトーショコラの乗った小皿を差し出してきたので、俺は一言「ありがとう」と感謝を伝えて受け取った。
「司くん、カフェインとか気にする?」
「いや、まったく。夜でもコーヒー飲む」
「ふふっ、おんなじだ」
ケーキのお供に、陽葵が紅茶を注いでくれた。
俺の前に紅茶とガトーショコラ。
陽葵の前に、紅茶とチーズケーキ。
「ちょっといけないコトしてるみたい」
「は、背徳感あるよな」
もちろん陽葵が言わんとしているのは、夜中に甘いものをこっそり食べるということに対してだろう。
もちろん俺もそれについての同意だが、一瞬この夜の部屋に二人きりと言う状況に対して思考を巡らせてしまったのもまた事実だ。
口が裂けても家族である陽葵本人には言えないが。
「ふふっ、食べよっか」
「ああ」
「司くん、よく頑張りました~」
「陽葵も、お疲れ様」
「ふふっ、ありがと~」
いただきます、と。
二人で小さく笑い合ってそれぞれのケーキを口に運ぶ。
密かで慎ましやかな夜会が、幕を開けた――――




