第29話 それって古参マウントじゃない……よな?
「ちょ、何でお前まで……」
「ちょうどいい機会だから、この際ハッキリ言っとこう的な?」
制止する友人らの手を振り払って出てきた玲美に戸惑ってしまうと同時、既に天羽からボロクソ言われてヒットポイントが残り僅かな黒髪マッシュくん達への本来不必要な同情が禁じ得ない。
とはいえ、玲美は玲美でずっと抱え込んでいた想いがあるのだろう。
黒髪マッシュくんだけではない。
何人もの野次馬の前に立っているにもかかわらず、臆するどころかむしろ堂々とした立ち姿だった。
「あのさぁ」
「お、おう」
玲美に真正面から声を掛けられ、黒髪マッシュくんは隠し切れない動揺を見せる。
「見たの?」
「……え?」
「司が不正してるところを見たのかって」
「い、いや……それは……」
「見てもないことをよく言えるよね?」
あちゃぁ……これは完全に怒ってますわ。
珍しく玲美がブチギレてますわ。
玲美には天羽ほどのボキャブラリーも文章力もない。
しかし、単純な言葉で真っ直ぐ詰められるのは、それはそれで恐ろしい。
「け、けどさ! 普通に考えておかしくね!? この間まで大したことなかった奴が、急に成績上位になったんだぞ? 不正くらい疑うだろ、コイツだし!」
玲美の圧にやや尻込みしながらも、黒髪マッシュくんは自分のプライドを考えてか語気を強めて、俺を指差しながら言い返した。
しかし、玲美はピクリとも動じない。
いや、正確にはピクリと動いた部分はあったが、ちなみにそれはこめかみである。
「普通? ウチが普通に考えたら、凄く頑張ったから結果に繋がったんだろうなってなるけど。ウチの普通と君の普通って全然違うんだね」
「い、いやいやいや! 他のやつならそうかもしれないけど、コイツは違うって!? いっつもだらけてるし、何考えてるかわからんし、悪い噂ばっかだし。まともじゃねぇから!」
恐らくこの黒髪マッシュくんの言葉は、この場にいる大勢の生徒らの代弁でもあるのだろう。
だからこそ、玲美はその代弁者の言葉を受けて、一呼吸の間を置いたのち――――
「はぁ~」
長いため息を吐いた。
「なにそれ。いっつも? アンタが司の何を知ってんの?」
あ、これはヤバい。
もちろんさっきまでも玲美は充分にキレていたが、それでもある程度理性で押さえが聞いていた。
だが、それももうプッツンだ。
一気に眼光が鋭くなったし、二人称が『アンタ』に代わったのが何よりの証拠。
「れ、玲美。もういいって……」
「普通に良くないから。司は黙ってて」
「あっ、はい。すみません……」
いやぁ、コレこれの問題なんだけど。
当事者がハブにされちゃった。
ってかおい、黒髪マッシュとその連れ二人!
お前らのせいで俺まで玲美の怒りのとばっちりを喰らったじゃねぇか、あぁん!?
「え、なに? 司が普段どうやって過ごしてるか、何をしてるかプライベートまで知ってるわけ? まさかだけど、学校にいるときの姿しか知らないのに『いっつも』とか言っちゃってないよね? だとしたら馬鹿じゃん。アンタは学校で見せてる面が全部の薄っぺらいヤツなのかもしれないけど、ウチだって司だって……大半の人はそうじゃないから」
止まらない。
玲美の口から言葉が止まらず溢れ出てくる。
「カンニング、成績の買収、暴力、女子をとっかえひっかえ、めっちゃ喰ってる、他にも色んな噂聞くけど……いや、どこの司だよ、マジで。みんな知ったように話すけど、この司がどこでそんなことをしてるところを見た? 聞いた?」
もはや黒髪マッシュくんだけに向けた言葉ではなかった。
所詮他人事だと悪い噂に花を咲かせてはそれを本当のことであるかのように飲み込んでしまう生徒ら全員に向けて問い掛けている。
「司はね、ちょっとひねくれてて素直じゃないとこあるけど、困ってたらいつも気に掛けてくれるし、並んで歩いてたら気付けば車道側に立ってくれるし、重い荷物は文句も言わずに持ってくれるし、ほんと自分のことより他人のことばっかり大切にしようとするようなヤツ。それが、幼馴染のウチから見た司……」
だから、と。
野次馬達にもハッキリと聞こえるように、玲美は少し声を大きくして言い放った。
「知ったようなこと言いたかったら、幼馴染のウチより長く司と付き合ってから言ってくれる? 知ったかぶりされるのって、正直ウザいよ?」
玲美の声が響き渡った一瞬あとに静寂が訪れたが、すぐに集まった生徒達から自分の認識に疑問を持つような曖昧な声がひそひそと聞こえてくる。
「え、つまり不正してないってこと?」
「そういうことでしょ」
「なんだよ……」
「嘘ってことか?」
「じゃあ、他の噂は?」
「いや知らんけど……」
「ってか、誰が言い出したん?」
「私も人から聞いただけだし……」
「でも火のない所に煙は立たぬって言うじゃん?」
「ぶっちゃけ、煙立ち込めすぎてて本当に火があるかすらもわからんくね?」
正直、噂されていた本人からすると、それらの反応には首を傾げたかった。
噂は嘘かもしれないと聞かされて、今まで自分達もその噂に花を咲かせていたことを棚に上げ、噂を流した元凶はどこの誰かと犯人探しを始める思考。
確かにゆくゆくは俺も元凶を見付けてやりたいとは思っている。
だが、この場にいる大半の奴らが、噂の流布に加担した共犯者であることに違いはない。
本人達にその罪の意識がなくとも、その事実に変わりはないのだ。
……ま、とはいえ、だ。
天羽や玲美、そして九重……は、あんま役に立ってないか?
ってか、何でコイツここに参加してきた?
絶対、なんか面白そうだとでも思って出てきただろ。
んまぁ、ともかく。
三人? のお陰で、ほぼ真実であるかのように語られていた噂に疑問符を付けることは出来たのだと思う。
恐らくこれからは、多くの生徒が噂に触れても、一度冷静に立ち止まって真偽を疑うようになるだろう。
俺としては、それだけで充分満足だ。
集まった生徒達の疑問の声が大きくなって、急に味方が少なくなったような感覚にでも陥ったのだろう。
黒髪マッシュくんに、その連れの茶髪くんと眼鏡くんが居心地悪そうに潜めた声で言う。
「な、なぁ、もう行こうぜ?」
「ちょっとヤバいって……」
グイッと腕を引かれ、黒髪マッシュくんもバツが悪そうに吐き捨てた。
「だ、だな。なんか冷めたし」
それが捨て台詞となって、三人は野次馬の間を抜けて姿を消した。
それを切っ掛けに集まっていた生徒達も自然と解散し始め、俺と、その傍に天羽と九重、玲美が残された。
少し離れたところに玲美の友人らが様子を窺ってはいるが。
さて……まず俺には、言わなくちゃいけないことがあるよな。
コイツらは俺の代わりに怒ってくれたんだ。
俺が何を言われても無抵抗なままだったから、見兼ねて出てきてくれた。
沢山の視線が集まるど真ん中に立つのは、そう簡単なことではなかっただろう。
「その、ありがと――」
「――いやぁ~、諸星くんも墨に置けませんなぁ~?」
……は?
と、俺はそんな気の抜けた反応を口に出してしまったか、それとも胸の内に止めておけたのか……自分でもわからない。
とにかく理解出来たのは、一段落したあとに九重が何かわけのわからんことを言い出したという事実だけだ。
「誰もが憧れる天才美少女の梓沙がいるにもかかわらず、こんなにかっわいくて読モもやってる空門さんという幼馴染までいるなんてぇ……あはっ、両手に花?」
お前と言う毒花も合わせてプラマイゼロだな、と言いそうになったが、一応九重も女の子なので傷付くかもしれないと思って口をつぐんだ。
しかし、それが良くなかっただろうか。
俺が何も反応しなかったことで、何故か天羽と玲美の視線が俺を真ん中に挟んで衝突する。
「……申し訳ないけど私、あまり人に興味がなくて。貴女のことも知らないわ」
おぉっと、天羽さん?
ジャブにしては強すぎませんかね?
「空門玲美。司とは英誠院に来る前からの付き合い」
えぇっと、玲美さん?
嘘は言ってない。確かに嘘は言ってないけど、謎にマウント取っているように聞こえるのは……気のせいですかね?
バチバチィ……!!
一体何を争っているのかわからないが、火花が飛び散っていることは確かなんだろう。
その証拠に、肌がピリピリする。
俺はたまらず九重に恨めしく睨みを利かせたが…………
「……ん、てへっ」
「お前、あとでお仕置きな?」
「いやぁん」
相変わらず、飄々としていた。




