第28話 もうヒットポイントは残り僅かだぞ?
それは二学期末定期考査の結果が返却され、各学年の廊下に学年順位上位三十名の成績が貼り出された日の放課後のこと。
今日は朝から、俺が学年順位三十位に急浮上したことが一年生の間で――特に同じB組のクラスメイトらの中で騒がれていた。
とはいえ所詮他人の噂話。
すぐに飽きてこの話題にも触れられなくなるだろうと思っていたのだが、どうやら俺に向けられたヘイトは想像以上だったようだ――――
「よーっす! もーろぼーしくんっ!」
教科書類をカバンに詰めて帰り支度を済ませ、教室を出たところで、ガバッと突然肩に腕が回された。
何だコイツ。
馴れ馴れしいな。
チラリと見てみれば、同じクラスの男子……だと思う。
見覚えがある。
だがすまん。名前は知らん。
なのでここはひとつ、黒髪マッシュくんと呼称させてもらおう。
そして、肩を組んできた黒髪マッシュくんの連れ二人は、茶髪くんと眼鏡くんで決まりだ。
「ん? 何か用か?」
「『ん? 何か用か?』だって! ぷっ!」
げらげら、と。
俺の反応のどこにツボを刺激する要素があったのかは知らないが、黒髪マッシュくんが噴き出すと、呼応するように茶髪くんと眼鏡くんも笑う。
些細なことでこんなに楽しめるとは。
人生幸せそうで何よりだ。
「なんか急にめっちゃ成績良くなってんじゃ~ん! ヤバくね? おめでと~!」
黒髪マッシュくんが腕を退けたかと思うと、正面に回り込んで俺の両肩をポンポンと叩いてくる。
俺は向けられる悪意をシカトして、肩を竦めてみせる。
「そりゃどうも」
「で? で? どうやってカンニングしたん?」
黒髪マッシュくんが好奇心と嗜虐心に満ちた瞳を細めて覗き込んでくる。
「いやいや、事前に解答入手したんじゃね?」
「それか金積んだかぁ?」
黒髪マッシュくんの隣で、茶髪くんと眼鏡くんも思い付く不正の可能性を口にしては笑う。
そんな俺達のやり取りが目に付いたのだろう。
廊下の真ん中でこんなことをしているのだから当然と言えば当然か。
教室から出てきた他のクラスの生徒も歩みを止めて、何事かと興味深そうに集まり始める。
俺は呆れて無意識のうちにため息を溢してしまった。
「はぁ……試験中は教室に先生が常駐してるんだからカンニングなんか出来るわけないだろ? それに、買収とか世間に知れたら困るようなことを学園側がするわけない。少し考えればわかることだろ……」
確かに不正する手段はいくらでもある。
だからこそ世間でも定期的に取り上げられては問題になっているわけで。
だが、前提として不正して得られるモノの価値なんて微々たるもの。
ハイリスクでローリターンの火遊びなのだ。
だが、空気というものは怖い。
少し考えればそんなことするワケがないとわかることでも、固定概念、先入観というものが悪さをする。
「え、不正してたの……?」
「やっぱり……?」
「だよねだよね。おかしいと思ったもん」
「やっぱ、成績買ってんだ……?」
「噂マジじゃん……」
「また同じことやってんの?」
「懲りないねぇ」
「じゃあ昔、女子めっちゃ喰ってたのもさ」
「絶対やってるよねぇ……」
「うっわ、きも……」
「何でこんな奴がいんの……?」
ざわざわ。
ざわざわ。
不穏な風が吹き、不快なざわめきが広がってゆく。
「とか言っちゃって~! ホントはやってんだろ~? な、吐いちゃえよ?」
黒髪マッシュくんもなかなかにしつこい追及をしてくる。
これ、俺が白状――たとえそれが事実無根でも、不正をしたと口にして認めるまで開放してくれないんじゃないだろうか。
はぁ、めんどくさ。
なら良いか、別に。
とっくに下がりに下がった俺の評価。
ここから更に印象を悪くしても失うものは何も――――
「……はぁ、そうだな。不正し――」
「――馬鹿じゃないの?」
ト、ト、ト……後ろからゆっくりと近付いてきた足音が俺の隣で止まる。
「あ、天羽……?」
「はぁ、貴方もやられっぱなしになるんじゃないわよ」
まったく、と呆れと苛立ちを募らせた天羽が腕を組む。
「えっ、なになに……?」
「ぽ、【極星の女王】じゃん」
「どゆこと……!?」
「なんで天羽さんが出てくんの?」
「いや、わかんない……!」
悪目立ちする俺の隣に、眩く光る雲の上の星。
それはもう、生徒の注目が最高潮に高まっていた。
そんな天羽の登場に、黒髪マッシュくんが――――
「だ、だよなぁ~! コイツ馬鹿だよな? あはは、天羽さんからも言ってやってくれよ~!」
天羽の言葉に同意するかのように振舞い、茶髪くんと眼鏡くんも同調する。
しかし…………
「は? 馬鹿なのは貴方達よ? あぁ、馬鹿だから自分に向けて言われた言葉だとすらわからなかったのかしら。配慮してあげられなくて申し訳ないわね」
いっ、言ったぁぁあああああ!?
コイツ言いやがったぁぁあああああああああああ!?
完全に二つ名通りの女王様だ。
威風堂々たる佇まいで、ズバッと容赦なく槍で一突きするかのように言った。
しぃん…………
不穏なざわめきが一気に静寂に帰る。
「え……え、え?」
黒髪マッシュくんがぎこちない笑みのまま硬直している。
周囲の野次馬の困惑する心境を体現しているような格好だった。
「カンニング? 解答の事前入手? 成績の買収? まったく、陰謀論にお熱なのかしら。前々から思っていたのだけれど、貴方達秀でた園芸の才能があるわね。根も葉もない噂にこんなにも見事な花を咲かせ続けられるんだもの。私なら一分と経たずに枯らしてしまいそうだわ」
フフ、と天羽が口許に手を当てて小さく笑いを溢す。
誰もが口を揃えて美少女だと称える生徒が笑っているというのに、どうしてこんなにも恐ろしいんだろう。
「あ、天羽さん? な、何言って――」
「――あら、まだわからないの? IQが二十違うと会話が成立しないというのは本当だったのね。それとも耳か脳が悪いのかしら。心配だから一度大きな病院で受診することをオススメするわ」
黒髪マッシュくんたちが一言口を開けば、天羽の口から倍以上の数の刃物が飛ぶ。
「あ、天羽、もういいぞ? コイツらのヒットポイントはもう残り僅かだ……」
天羽の罵倒ボキャブラリーには感服するが、流石に切れ味が鋭すぎて、何故か絡まれていた側の俺ですら黒髪マッシュくんたちに同情心が芽生えてしまった。
……あ、ホントだ。
コイツら俺の心に同情心を芽吹かせるなんて、マジで園芸の才能あるわ。
土壌の質を問わないとは。
是非とも将来的には、地球の砂漠化問題や森林減少問題に携わっていただきたい。
「ひっとぽいんと? 何よ、それ?」
「あっはは! 諸星く~ん、梓沙にゲーム用語は伝わらないよ~?」
天羽が俺の初級オタクネタに困惑しているところに、軽い足取りで九重が合流してきた。
「えっとね~、梓沙。ヒットポイントって言うのは、ゲームの体力ゲージのことだよぉ? あとどれくらい体力が残ってるかを可視化してくれて、全部なくなったらゲームオーバー」
九重の説明に、天羽が「なるほど」と興味深そうに頷く。
「でも、それならなおのことおかしな話よ」
俺の制止を理解したうえで、天羽はその同情心は不要なものだと斬り捨てた。
「本当にヒットポイントが残りわずかなのは、諸星――貴方のはずよ」
「……っ!?」
灰色の瞳がこちらを真っ直ぐ見詰める。
「自分の目と耳で直接確認したわけでもない噂を鵜吞みにして吹聴するような愚か者達から浴びせられる日々の攻撃に、貴方は防御するでもなく回避するでもなくただ耐えて耐えて耐え続けてきたじゃない」
傾き始めた太陽。
その燃えるような色が窓から廊下に差し込んでくる。
天羽はその白金色の髪を燦然と輝かせて、鋭い視線を群衆に向けた。
「今度全員分の姿見でも用意してあげようかしら? 陰で囁き、足を引っ張り、人を蹴落とすことしかしない自分姿がいかに醜悪で不格好で悍ましいものか、少しは理解出来るでしょう?」
ふんっ、と梓沙が鼻を鳴らして言い終える。
それはもう気まずい沈黙が流れているところに――――
「ちょ、ばかっ……!」
「ジッとしてなって……!」
「こらやめとけっ……」
「ゴメン、ウチも言いたいことあるから」
そう言って友人らに掴まれる腕を振り払って、さらに俺の隣にやって来たのは、玲美だった。
「ちょ、何でお前まで……」
「ちょうどいい機会だから、この際ハッキリ言っとこう的な?」
いやわからん!
ってか、この状況で更に何を言う気だこの間抜け……!?
繰り返し言うが、もうコイツらのヒットポイントは残り僅かだぞ……!?




