第27話 フッ、俺の凱旋に皆驚いてやがるぜ……
放課後に図書室での自習を済ませ、天羽とも紆余曲折あって何とか和解出来たあと、俺はすっかり日が沈んでしまった帰路に就いた。
「結構遅くなったな……」
玄関の扉を解錠し、ガチャリと開ける。
いつもなら俺が一番乗りで帰ってくるのだが、既に玄関の隅にはローファーが綺麗に並んでおり――――
「あっ、司くん。おかえり~」
「ただいま。ちょっと残って勉強してて、遅くなった」
洗面所から出てきた陽葵。
血色が良いのか白い肌は少し火照っていて、いつにも増して艶めいた亜麻色の髪がラフに下ろされていた。
「陽葵は風呂上がりか? 何か早いな?」
「うん。今日体育あってね~? 早くサッパリしたかったんだぁ~」
えへへ、と笑いながら答える陽葵。
もう何度か陽葵のラフな格好は見ているが、こうも入浴したてホカホカの姿は珍しいので、ちょっぴり変にドキドキしてしまう。
「それにしても……ふふっ、偉い偉い」
「え、ちょ……!?」
玄関を上がった俺の正面に寄ってきて、陽葵が突然俺の頭を撫で始めた。
火照った身体の熱気が伝わってくるし、髪からは異常に良い匂いも香ってくるし、ラフな格好で開いた襟首からチラリと上の下着の肩紐は見えるしで……こっちまで湯上りのように熱くなってきてしまう。
「な、何でまた急に……」
「ん~? 司くん最近凄く頑張ってるから……ご褒美、かな~?」
それは勉強のことだろうか。
それとも、天羽だとはわからずとも、また手放していたものを拾い上げることが出来たんだと察したのだろうか。
陽葵はふんわりした雰囲気を纏っているが、その実周りのことをよく見ていて、洞察力に長けている。
今日何かあったのだと――そして、それは良いことだったのだと見抜かれていても、今更もう驚きはしない。
とはいえ――――
「ご、ご褒美って……」
「もしかして、あんまり嬉しくなかった?」
「いやメチャクチャ嬉しいです、はい。このまま時が止まってくれればいいのにとすら思ってしまうほどに、ええ」
陽葵が不安そうに首を傾げてきたので、俺は咄嗟に捲し立てるような早口で否定した。
口にしてから、思わずかなりキモいことを言ってしまったと後悔しそうになっていると、陽葵が照れ半分困り半分といった具合に眉を下げる。
「もぉう、甘えんぼさんなんだ~」
「……っ!?」
チョンッ、と。
頭を撫で終えたその手で、陽葵が俺の鼻先を優しく突いてきた。
同時に、グサッと胸にハートの矢が突き刺さって致命傷を受けた気もするが。
「しょうがないなぁ。じゃあ~、司くんがテスト頑張れたら、そのときまたご褒美あげるね? ふふっ」
陽葵がそう言って、少し恥ずかしそうにはにかんだ。
何だこの可愛い生き物は。
え、義姉って言うんですか?
最高じゃあないですか……!
よっしゃ。
長いこと落ちぶれてた俺だけど、ちょっと今回マジで本気出しますわ。
そう、改めて気合を入れ直して――――
◇◆◇
二週間と数日が経過し、十二月上旬――――
「は? え、おい嘘だろ?」
「え、なになに?」
「ここ、ほら」
「え、マジじゃん」
「やば……」
「急に何で……!?」
「うっそ!? 何でこんなところにアイツの名前が!?」
朝……といっても、相変わらず他の生徒が登校するよりやや遅れた時間。
のんびり登校し、のんびり玄関で上履きに履き替え、のんびり階段を上がって高等部一年の教室が並ぶ階にやってきた。
……え、何この集まり?
俺は階段を上がったところで立ち止まった。
いつもならこの時間にもなれば、多くの生徒は既に教室に入って朝礼までに着席しようとする。
しかし、今日はどうしてか階段を上がったところにある掲示板の当たりにわらわらと人が集っていた。
ワケもわからずに立ち尽くしていると、腕を組んでこちらに歩み寄ってくる生徒が一人。
「はぁ、まったく。登校時間は相変わらずなのね」
「おお、天羽。おはよ」
「ええ、おはよう」
短く挨拶を交わしたところで、俺は再び群衆へ視線を向ける。
「で、ナニコレ?」
「……はぁ、呆れた。騒ぎの元凶がこうも呑気だとはね」
騒ぎの元凶?
え、俺が?
いや何のことかサッパリなんだが。
と、俺がまったくピンと来ていないことを察したのだろう。
天羽が群衆へ――正確には、その群衆が視線を向ける先へ顔を向けた。
「毎度の如く、今回のテストの学年順位上位三十名の成績が貼り出されたのよ。貴方も知ってるでしょ?」
「まぁ、そりゃ」
「で、そこに貴方の名前が載ってたってワケ」
「……え、なんで?」
「今回のテストで成績が上位三十位以内だったからに決まってるじゃない」
ひっとっつも難しい言葉も概念もないのに、何故か俺の脳みそはしばらく天羽の言っていることが理解出来なくて…………
「えっ、マジ……!?」
「マジよマジ」
「な、何位!?」
「三十位」
「さ、さんじゅっ……ギリギリだな、おい」
「はぁ、貴方ねぇ?」
上位三十名の成績が貼り出されて、俺はそこで最下位。
もちろんビックリしたが、貼り出された中で最下位という素直に喜ぶことも出来ない微妙な結果を聞かされリアクションに困ってしまった。
しかし、天羽がそんな俺に呆れたと言わんばかりに、ずいっと詰め寄ってきた。
興奮して距離感を忘れているようで、その浮世離れした美形な顔面は、文字通り俺の目と鼻の先にある。
「ついこの間まで上位三十人どころか学年の真ん中か、さらに言えば下の方だった貴方が、いきなり三十位なのよ!? それも英誠院で!」
大体成績上位顔触れは決まっている。
上位の中で順位が入れ替わることはしばしばだが、それより下の成績の層から生徒が昇ってくることは滅多にない。
そんな環境の中で完全に成績が沈んでいた者が――加えて至る所からヘイトを買っていて悪目立ちする俺が急に名を連ねた。
状況としてはそんなところだ。
なるほど。
確かに珍しい出来事、なのかもしれない。
とはいえ――――
「まぁ、状況はわかったけど……いや、みんなどんだけ人に興味あるんだよ……」
他人のことなんかどうでもよくね? というのが俺の素直な感想だった。
自分の成績に一喜一憂するならわかるが、たいして仲良くもない――まして嫌いな相手の成績に注目するなんて、どんだけ奇特な方々なんだ。
あれか?
毛嫌いしてる風で、実は俺のことが好きなのか?
気になって気になって仕方ないのか?
まったく、そう考えるとこいつら全員可愛く思えてくるぜ。
……まぁ、そんなワケないけど。
「まぁ、それについては同感ね。私、一位以外興味ないもの」
ふん、と騒がしい群衆に向けて鼻を鳴らす天羽。
俺はそんな横顔に一言。
「でも、俺の三十位は知ってた、と」
「……っ!?」
バッ、と天羽がこちらを振り向いてくる。
ジワリと顔が赤い。
言葉を探すようにしばらく口をパクパクさせてからようやく発せられたのは――――
「た、たまたま目に入っただけよっ……!?」
「うわぁ、コイツ可愛いわー」
抑揚のない声でそう感想を溢すと、馬鹿にされたとでも思ったのか、学年順位不動の一位の天羽が語彙力小学生な罵倒を飛ばしてきた。
「うっ、うるっさいわね!? くたばりなさい、馬鹿っ……!」




