第24話 折角オシャレしたけど言葉を飾り損ねたらしい
翌日、土曜日の昼下がり。
俺はどこで何をしているかというと――――
「は~い、じゃあ次いってみようか玲美ちゃん」
「はい」
「うん、良いね~」
カシャッ。
カシャ、カシャッ。
電車で少し街の方へ繰り出したところに、水路の両脇を木々で彩った緑道公園がある。
その一角で、玲美を含めた数名の読者モデル達が、二ヶ月後に発売するファッション雑誌に掲載する冬コーデの写真を撮影しているのだ。
これが終わったあと、俺は玲美の家で一緒に今月末から始まる二学期末定期考査の勉強をする約束をしているので、邪魔にならないよう少し離れた場所に座って待っていた。
……ってか、アイツめちゃカッコいいな。
遠巻きに玲美が被写体となっている姿を見て、そう思わずにはいられなかった。
玲美は学校でも校則に違反しない程度に制服を着崩していたり、髪も落ち着きのある金色に染めていたりして、他の生徒と比べてもかなり垢抜けている。
もちろん、生徒に対する信頼が厚いお陰で比較して校則の緩い英誠院学園だからこそ出来ることではあるが、許された自由の中で誰でも同じように出来るわけではない。
だから、俺も玲美が普段からお洒落を意識していることはもちろん理解しているが、それでもやはり報酬を貰うに相応しいコーデにバッチリ決めている姿を見ると、更に驚かされるのだ。
セミロングの髪を無造作風に下ろしながらも、片方の横髪を肩から前に垂らしているのはこだわりだろう。
薄手のニット生地のインナーはハイネック部分が見えていて、ハイウエストのキャミソールワンピースが重ね着されている。
プリーツの入ったスカートは膝よりかなり高い位置で裾が揺れており、そこからスラリと伸びる脚が黒タイツに覆われている上、厚底のブーツを履いていることもあって一層脚が長く見える。
そして、最後に肩から厚手のジャケットを袖を通さずに羽織っており、洗練されたコーデとなっている。
片方の脚に重心を乗せてポーズ。
見返り姿でポーズ。
手頃な段差に座ってみたり、腰に手を当ててみたり――――
「――かさ。司ってば」
「うおっ!?」
「もう、さっきから声掛けてんのに……」
あれ、もう終わった?
ずっと玲美が撮影してるところを眺めていたつもりが、いつのまにか惚けてしまっていたのかもしれない。
気付けば呆れ顔の玲美が目の前に立っていた。
「終わったよ」
「あ、おう。そっか」
よいしょ、と無自覚に呟いて立ち上がる。
俺はもうオジサンかもしれない。
「てか、わざわざ迎え来なくても良かったのに。どうせ家でやるんだし、向こうで待っててくれれば……」
玲美が横に垂れる髪を弄りながら言う。
もうだいぶ冷えてきたせいか、それともチークのせいか、その頬が仄かに赤くなっていた。
確かに二度手間だ。
この場所に来るため電車で数駅。
そこから住宅地へ戻るために電車で数駅。
ただ往復しただけのようにも見える。
だが、俺は俺で用事があったのだ。
「まぁ、来てくれたのは嬉し――」
「――んにゃ、俺はこれを買いにな」
ん、今コイツ何か言い掛けたか?
よくわからないが、俺は傍らに置いていた袋を持ち上げて見せる。
ずっしりとした質量のあるこの袋の中身は――――
「参考書買うついでだ。ここで少し待つくらい手間じゃないぞ」
気にするな、と言うつもりで俺は説明したのだが、何故か玲美はピタッ……とその動きを完全停止させていた。
「玲美?」
「…………」
「おーい?」
「…………」
全然動かなくなってしまった。
フリーズしたか?
いや、アンドロイドじゃあるまいし。
そんなところへ、後ろから二十代と見られる女性が小走りでやって来た。
あとから玲美に教えてもらったところによると、マネージャーさんらしい。
「玲美ちゃ~ん!」
「……あ、柚希さん」
俺が呼び掛けても応答しなかった玲美が、その女性――柚希さんの声にすぐ振り返る。
「どうかしましたー?」
「うん、次の撮影日なんだけど――」
そこから二、三分、玲美は柚希さんと日程調整をしていた。
「――じゃ、この日でいいかな?」
「はい、お願いしまーす」
話が終わったかに思われたが、最後に柚希さんが玲美の横から覗くようにこちらへ顔を向けてきた。
そして、ニヤリ。
「あ、もしかして玲美ちゃんの彼氏くん?」
俺もニヤリ。
「そう見えますか?」
「うん、お似合いに見えるよ。カッコいい!」
カッコいい――普段ならそんな誉め言葉には縁がないだろうが、確かに今日は玲美の写真撮影の場にお邪魔するということでおめかししてきた。
格好に気を遣うなんて本当に久し振りだ。
普段気ない服をクローゼットの奥から引っ張り出し、いつもなら無造作風ではなく単なる無造作の髪も、セット力のあるワックスと少し艶感の出るバームを混ぜて整えた。
約二年振り、我ながらちょっとオシャレな俺がここにいた。
「ありがとうございます。でも彼氏じゃないですね。幼馴染ってだけです」
そうネタバラシすると、柚希さんは「なーんだ~」と少し残念そうにしていた。
「玲美ちゃんの彼氏見られたと思ったのに~」
「すみません」
「でもでも、アレでしょ?」
柚希さんが口の横に手を添えて、少し前のめりになって言ってくるが、声量は全然抑えられていないので玲美にも丸聞こえである。
「ちょっと良い感じなんじゃな~い? こうしてわざわざ迎えに来てあげる辺りさっ」
そんな柚希さんの期待に満ちた詮索に、一歩後ろに立っていた玲美が冷ややかなジト目を作って言い放った。
「全然そんなことないですよ、柚希さん。この人、参考書買うつ・い・でにウチのこと待ってただけですからー」
「う、うわぁ……」
そんな玲美の言い草、態度から何かを察したのか、柚希さんが曖昧な笑みを浮かべて今度はこっそり聞いてきた。
「もしかして、ソレ言っちゃった感じ?」
「あ、はい。言っちゃった感じですね」
隠すことでもないし、と思ったが、柚希さんは「あちゃー」と顔を手で覆っていた。
そして、柚希さんは姿勢を戻すと真っ直ぐ玲美と向かい合い、その両肩にポンと手を乗せた。
「……大変だね、玲美ちゃん」
「あはは、もう慣れましたよ~」
どうやら女同士で何か通じ合っているらしい。
よくわからないが、その後帰りの電車では、妙に肌がチクチクとする空気が漂っていたのだった――――




