第23話 単純明快で唯一の答え
中庭で久し振りに九重と話をしたあの日から、俺は彼女に付き纏われていた。
ある日の昼休みは――――
「あはっ、諸星くん今日も中庭で食べるの?」
「ん、まぁな」
「楓夏もぉ、一緒していい~?」
「いや何でだよっ!?」
またある日の授業間休みでは――――
「ねーね、諸星くん」
「ん~?」
「さっきの授業わかんないとこあってぇ」
「俺じゃなくて天羽に聞けよ……」
「えぇ~、諸星くんが良いなぁ~」
「いちいちあざとい……!」
放課後にも――――
「――って言うことがあってぇ。諸星くんはどう思う~? 流石にこれは梓沙が悪いよねぇ~?」
「いや、知らんけど……」
――といった具合だ。
九重が一体何をしたいのかがサッパリ不明だが、最近では気付けば視界の端に九重がいる。
正直、鬱陶しい…………
「――で、どう思いますかシスターさん?」
「そうですねぇ……」
とある日の放課後。
俺はまたまた小さな教会の懺悔室に足を運んで、シスターさんに最近の出来事を報告し相談していた。
九重について話すと、シスターさんはカーテンで覆われた格子状の壁越しに少し考えるように唸ってから、一言。
「フフフ、可愛い女の子に気に入られて良かったですね~」
不自然なまでに抑揚を欠いた返答だった。
「全然良くないですからね!?」
「そうですか? てっきり相談風自慢をしに来たのかと思いました……」
シスターさんは俺を一体なんだと思っているのか。
まぁ、流石に冗談の延長の悪ノリだとはわかっているが、万が一にもシスターさんに俺がそんなことをする奴だと思われていたら結構傷付くんですけど…………
「今日はシスターさんが冷たいです」
「ふふっ、すみません。私というものがありながら、子羊くんが私以外の女の子の話をするので妬いてしまいました」
「……シスターさん」
「はい?」
「それは可愛すぎますって」
「ふふっ、ありがとうございます」
ま、まぁ?
流石に冗談の延長の悪ノリ?
だとはわかってますけどね? えぇ。
それでも、万が一にもシスターさんが俺にそういうことを思ってくれるんだとしたら、結構嬉しいですね~。
「まぁ、冗談はさておき――」
「さて置かないでください。もうちょっと夢を見させてください……」
あまりにもあっさりと現実に引き戻されたのでガクリと項垂れると、シスターさんは「ふふっ、すみません」とどこか楽しそうに笑っていた。
「その子は子羊くんに言ってきたんですよね? 自分の幼馴染が孤独で辛そうだから、また子羊くんと仲良くしてほしい、と」
「まぁ、おおよそそんな感じです」
「それなら話は簡単ですよ?」
えっ、と思わず口から間抜けな声が漏れた。
ここ数日、俺はどうやったらあの半分ストーカーみたいな奴を振り払えるかに頭を悩ませてきて、それでもまだ答えが出せないでいた。
なのに、シスターさんは事情を聞かされてこうもあっさり対処法を弾き出してしまうとは。
いや、もしかすると第三者視点で見るからこそわかることがあったのかもしれない。
「ほ、ホントですか!?」
「えぇ。子羊くんがその子の願いを叶えてあげれば良いじゃないですか」
……ほえ?
多分、また俺の口から間抜けな声が出た。
「その子は、子羊くんと自分の幼馴染が以前のような関係に戻ってほしいから動いている。なら、望み通りにしてあげればもう付き纏われることもないでしょう?」
「い、いや……それはそうですが……」
確かに、と納得せざるを得なかった。
本当に単純明快な、誰にでもわかりそうな答え。
だが、俺がその答えに辿り着けなかったのは…………
「難易度、高いです……」
そう。
かつてあった俺と天羽の関係は、単純に友達とか仲間とかそういうものではなかった。
ライバル、に近いのか?
学力面でも、運動面でも、その他日常的なことまで、何かと互いを意識し合って、競って、高みを目指していくような関係。
一人で努力するのがしんどくなったときでも、アイツも頑張っているんだと思えば負けん気が沸いてもう一踏ん張り出来るような感覚。
俺に……すべてを諦めて、無気力で、何も努力しなくなった今の俺にはもう、とても届かない関わり方だ。
「俺なんかじゃ、無理ですよ……」
気付けば口許が自嘲的に歪んでいた。
言葉を吐き出す度に、息苦しくなって、粘性のある沼の底へと沈んでいく感覚がする。
身体に纏わりつくものが重たくて、粘っこくて、藻掻いて水面まで泳ごうとする気力すら湧いてこない。
でも、決まってそんなとき、温かな光がスッと差し込んでくるのだ――――
「ふふっ、子羊くんなら大丈夫ですよ」
穏やかな春の日差しのようなシスターさんの言葉が、温かく懺悔室に響く。
「私は知っています、君が誰かのために人一倍頑張れることを。私は知っています、君はやれば出来る人だということを。私はいつも見ていますから」
だから――と、シスターさんが優しくも芯のある言葉で背中を押してくれる。
「頑張って、子羊くん。立ち上がってみれば君の手の届く場所に、君を必要としている人がいますよ」
どうしてこんなにシスターさんの言葉はスッと胸の奥に入ってくるのか。
自分でも不思議でたまらない。
「大丈夫、君の頑張りは報われます。だって、君を見ている人はちゃんといるんですから。私はシスターですから、きちんと神様にも報告しておいてあげますよ。子羊くんは凄く頑張ってますって」
最後は冗談めかしく、シスターさんは茶目っ気を含めて可愛らしく言った。
「さぁ、どうしますか、子羊くん?」
「……はぁ、そうですね……」
いつの間にか、自分の顔から自嘲的な強張りがなくなっていることに気付いた。
「もう小悪魔につけ回されるのも、女王様にひねくれた『おはよう』を言われるのも勘弁なんで、やれるだけのことはやってみようかと思います」
「ふふっ、それでこそ私の子羊くんです」
「えっ、今なんて!?」
「はい? 何も言っていませんよ?」
「いや、今『私の子羊くん』って」
「はて、空耳でしょう」
「えぇ……」




