第21話 あざと可愛い花には棘はないけど毒がある?
『生徒会に入らないっ……!?』
突如陽葵から告げられた提案。
俺が学園の嫌われ者である現状と生徒会に入ることとの関連性がイマイチ見出せず、疑問符を禁じ得ない。
陽葵はそんな俺の左手を両手で包み込んだまま言う。
「ほ、ほら、生徒会には学園の信頼が集まってるでしょ? 他の学校に比べて英誠院の生徒会にはある程度学園側から権限が与えられてるのもそのお陰」
確かにその通りだ。
他校では生徒会に所属しても出来ることは限られており、進学や就職の内申点稼ぎ目当てで入る生徒も少なくないだろう。
しかし、英誠院学園高等部生徒会執行部は少し違う。
流石によくある学園モノの漫画やラノベみたいな圧倒的な実効支配を行えるなんてことはあり得ないが、それでも運営側に意見を提案したり学校行事の内容の見直しをしたりと他にも様々な権限が与えられている。
それは学園運営側と生徒側の両方からの信頼を勝ち得ている何よりの証拠だ。
とはいえ、権限には責任が伴う。
英誠院学園生徒会執行部に所属する面々はその職務を全うするに相応しい生徒であることが前提であり、だからこそ代々揺るぎない信頼を得られているのだ。
「私は、司くんにはその一員になる素質が充分にあると思ってるよ? 司くんが生徒会に入れば、確かに最初は反感を買うかもしれないけど、すぐに見直す――ううん、噂なんて嘘っぱちだって気付く人が増えると思うんだ……!」
ジッと向けられる琥珀色の瞳。
真っ直ぐ俺を見据えていて、真剣であることがわかる。
だからこそ、俺は曖昧に笑うことしか出来なかった。
「……はは、ありがとう陽葵」
「っ、じゃあ――」
「――でもゴメン、無理だ」
えっ、と陽葵の口から声が漏れた。
「提案自体は凄く嬉しい。もしかしたら陽葵の言うように俺の印象も変わっていくかもしれない。でも、俺じゃ駄目だよ」
そう、俺じゃ駄目だ。
周囲の評価や評判は一旦置いておくとしても、俺自身が俺にそこまでの価値を見出していない。
中等部時代の俺なら可能性はあっただろう。
母親に認められたいというショボい動機ではあったけど、死に物狂いで努力して、成果を出して、周囲にも認められていた。
だが、今の俺はどうだ?
努力する意味を見失い、すべてを諦め、落ちぶれ、何もしなくなった。
そんな人間が信頼熱い生徒会に入る?
はっ、お笑い草だ。
別に卑屈になっているわけではない。
これは客観的な評価だ。
努力を辞めた、進むことを諦めた俺の今の姿だ。
「でもまぁ、心配してくれてありがとな」
俺は最後に笑って立ち上がった。
スルリと陽葵の両手の中から左手も抜けていく。
「さてと、俺は夕食の準備でもしてくるかなぁ~」
去り際、背中越しに「あっ……」と陽葵の声が聞こえたが、俺を呼び止めるには不充分だった――――
◇◆◇
「はぁ、やっぱ心配掛けてるんかなぁ……」
翌日。
学校の昼休み中。
居心地の悪い教室を出た俺は、いつものように本校舎と特別棟の間にある中庭の一角に設置されているベンチに落ち着いて、持参した弁当を開けていた。
同時にため息が零れる。
昨晩からずっと考えてしまっている。
陽葵がわざわざあんな提案をしてきたということは、それほどまでに俺のこの現状が彼女に心配を掛けてしまっているのだろう。
あぁ、すみません神様。
俺如きが聖女様に心労を与えようとは罪深き所業を。
「……こりゃ、帰りに懺悔しに行かないとなぁ……」
そう独り言を吐いて、右手に持った箸でまずは唐揚げから掴もうとしたとき――――
「な~にを懺悔しに行くのっ?」
「ぬわぁっ!?」
ポンッ、と突然背後から両肩に手を乗せられた。
驚いたせいで箸で掴んでいた唐揚げをポロッと滑らせてしまったが、一応無事に弁当箱の中に着地してくれた。
「あ、あっぶねぇ。ったく、お前なぁ――」
「――あっ、美味しそ~! ねね、それ誰が作ったのぉ?」
特徴的な甘ったるい猫撫で声。
ふわりと鼻腔をくすぐるフローラル系の香り。
そして、この距離感の近さ。
その正体に確信を覚えながらも振り返って文句を言おうとしたが、肩越しに顔を覗かせてきていたため、危うく彼女の頬に唇を掠めてしまいそうな近さに驚いて言葉を詰まらせてしまった。
不服にもドキッとしてしまったのは許してくれ。
思春期男子なら、誰だってこの近さで容姿の整った女子を見ればそうなるだろ。
「……はぁ、俺だよ」
九重楓夏。
一言で言えば【極星の女王】天羽梓沙の側近。
学校でもプライベートでも家同士の付き合いの関係で幼馴染であり付き人みたいな立ち位置にいる……と、中等部の頃にそんな話を聞いた気がする。
コイツがパーソナルエリア侵犯の常習犯であることは中等部の頃から知っているので、無意味な文句を言うのを諦めて素直に白状する。
「昨日の夕食の残り物だけどな」
「えっ、すご~! さっすが楓夏のも・ろ・ぼ・し・くんっ!」
それは流石にわざとらしさが行き過ぎていて、ドキリともしない。
「お前のモノになった覚えはない。天羽を振ってから出直してこい」
肩越しに突き出される至近距離の顔を睨むと、九重が「えぇ~?」と悪い半目を作った。
可愛い系の女子が見せるこういう悪人顔って、ちょっとゾクッとする…………
「楓夏とズブズブでドロドロの関係になるって言うのもぉ、魅力的じゃな~い?」
「お前のオモチャになる代わりに、ヒモとして一生養ってくれるなら考えても良いぞ?」
「あはっ、諸星くん最っ高。そういうとこは中等部の頃から変わってないよねぇ~」
けらけらと九重が笑う。
そんなに俺をからかうのが面白いのかコイツは。
「良いよぉ~? たっくさんアイシテあ・げ・るっ!」
「冗談だよ……お前の愛歪んでそうで怖いわ」
失礼だなぁ~、と不満を口にしつつも、やはりどこか嬉しそうだ。
「ねっ、それよりその唐揚げ美味しそう。一個ちょうだ~い? ねっ?」
両肩に置かれていた九重の手が、スルッと俺の首に回される。
「おまっ、距離感距離感……!」
「は~や~くぅ~。ほら、あーん」
「……っ、男の敵め!」
コイツに何を言っても無駄。
改めてそのことを実感しながら、俺は仕方なく先程食べ損ねた唐揚げを再び箸で掴んで持ち上げ、肩越しに覗き込まれている九重の顔の前に運んだ。
すると――――
「あむっ!」
「ちょ、がっつり箸まで口に入れやがって……」
「んふぅ~、美味しいぃ~!」
俺の文句などお構いなしに、九重が唐揚げを咀嚼する。
その間に、俺は自分の箸を何とも言えない気分で見下ろした。
はっ、別に間接ほにゃららとか気にしないし。
思春期入り始めの中学生じゃないんだから、この程度全然問題ないし。
そういうことを考えてしまっていること自体気にしている証拠に他ならない――なんてことは無視し、半分勢い任せに俺も他の唐揚げを頬張った。
何だこの絵面。
仲睦まじい恋人がイチャイチャして……いや、カーストトップの女子が底辺の男子をからかって遊んでいる悲しい絵面だ。
「で、何しに来たんだよ?」
「えぇ~? 用事がなきゃ、来ちゃダメだった……?」
俺の首に腕を回したまま、九重が捨てられた子猫のような寂しくも甘えたような声を作る。
その落ち着いた桃色に染まったふわふわのボブカットの髪が頬とか首にあたってくすぐったい。
「その台詞は彼女になってから言ってくれ」
「わぁ、遠回しに告白されちゃったぁ~」
「俺は純粋で落ち着きのある女子がタイプです」
「どうしよう……楓夏、ドンピシャだね……」
「鏡見てこい、腹黒小悪魔」
「ひどぉい、楓夏のお腹は真っ白だよ~? ついでに全身脱毛してるからツルツルだよぉ~?」
何だその追加情報。
聞いてないっつうの。
だから勝手に喋って詳しく教えろ。
「気になる?」
「気になる」
「見せようか?」
「見ない」
「諸星くんなら別にいいよ?」
「見ないって」
「見たい?」
「それは見たい」
「じゃあ、見る?」
「見ません」
欲望には素直だが、俺は理性もしっかりしているのだ。
公序良俗に反することはアウトです。
「で、本当は何しに来たんだよ?」
コイツが何の目的もなしに動くことはない。
少し低い真面目な声で尋ねると、クスッと笑った九重が首から腕を退かし、回り込んできて俺の隣に腰掛けた。
……近い。
「諸星くん、どうかなぁ? また梓沙と並んでみない?」
「…………」
「梓沙、中等部の頃は凄く学校が楽しそうだったんだよねぇ。ライバルって言うの? 諸星くんと色んなことで競ったり出来るのが嬉しかったみたいでさぁ~」
でも、と九重の表情が少し暗くなる。
「諸星くんも見てたらわかるでしょ? 梓沙、今全然楽しくなさそう。【極星の女王】なんて呼ぶだけで、もう誰も梓沙に手を伸ばそうとしない。ああ見えて一人ぼっちなんだよ。孤高は、見方を変えれば孤独だよ……」
腹の底で何を考えているかわからない九重だが、コイツが天羽を気に掛けているのは本当だ。
それどころか、自身の存在意義を天羽に依存しているところもある。
一に天羽、二に天羽。
アイツの利益のためなら、九重は手段問わず何だってやる――そんな危うさが以前からある。
「わかってる。そんなの私達の都合だよね。諸星くんには関係ない。だからさ、その代わり……」
スッ、と九重がこちらに身を乗り出してくる。
片手は俺の太腿の上に、愛嬌のある茶色い瞳はすがるように俺の目を真っ直ぐ見詰めている。
「協力してくれるなら何だってしてあげるよ? 鬱陶しい噂も根元から排除してあげる。陥れた連中も炙り出して晒上げてあげる。もちろん諸星くんの身も心も癒す。学校でもプライベートでも好きなときに使える都合の良い女になってあげる」
ススッ……。
太腿に置かれていた九重の手が、徐々に内側に、そして付け根に向かって滑るように動かされる。
「だから――」
「――見くびんな」
俺は割と本気で九重を睨みつけた。
際どい箇所を目指していたその手も、掴んで止める。
「俺はもう手が付けられないほど腐って、擦れて、落ちぶれたロクでなしになったけど、クズになった覚えはない」
「…………」
目を丸く見開いたまま固まる九重。
俺が掴んでいた手を離すと、呆然とした様子のままゆっくりと姿勢を元に戻した。
「話は終わりだ。話すなら昼食がマズくならない内容にしてくれ」
そう伝えてから、俺は再び箸を動かし始めた。
「あ、あはっ……そういうとこも、変わってなかったね……」
九重は隣で戸惑いがちに何かを呟いていた――――




