第20話 聖女様は確殺攻撃スキル持ち
「急にごめんね。迷惑じゃなかった?」
「いや、別に迷惑じゃないけど」
俺が少し居住まいを正してベッドに座り直すと、陽葵は「よかったぁ~」と胸に手を当てて柔らかく微笑んだ。
「えっと、座る?」
「うん、ありがと~」
部屋に張ってきた陽葵が立ちっぱなしだったので、ここはこの部屋の使用者である俺から気を回すべきだろうと思って促した。
陽葵は俺の学習机の椅子を引っ張って座る――姿を想像していたのだが、ギシィと俺のベッドが驚いた声を上げる。
陽葵が俺のすぐ隣に腰を下ろしたのだ。
ベッドに並んで腰掛ける義弟と義姉。
血の繋がらない姉弟。
こ、これ、絵面大丈夫……!?
ちょっと不健全じゃない!?
い、いや、俺が気にし過ぎなのか?
異性のベッドに腰を下ろすくらい、世の中では普通のことなのか!?
「……ふふっ、司くん。何か良いことあった?」
「えっ……」
まさか、突然の部屋に二人きりイベントにドキドキしていたのがバレたか……!?
家族になろうとしてるのに、異性として意識しててキモいよって暗に伝えてきているのか……!?
い、いや。
学園で【日溜まりの聖女様】とまで言われる陽葵に限って、そんなことないよな……うん。
俺の心が荒んでるから、こうも純粋な人間を前にすると裏があるんじゃないかと疑ってしまうだけだよな。
「いつもより表情が柔らかい感じがするけど……気のせいだった?」
こてん、と陽葵が首を傾げてくる。
裏なんてない。
素直に不思議に思っているようだった。
俺は気付かぬ間に張っていた気を緩めて、先程ベッドの上へ無造作に置いたスマホを一度見やってから答える。
「……いや、確かに良いことあった」
「あ、やっぱり~? ふふっ、そうなんじゃないかって思ったんだぁ~」
他人の小さな幸せも自分のことのように喜べる陽葵。
俺が頷いたのを見て、胸の前で両手を合わせて微笑んだ。
「実は疎遠になってた幼馴染がいたんだけど、今日ちょっと仲直り出来たかなって」
仲直りという響きが妙にくすぐったくて、少し熱くなる頬を指で掻きながら言う。
「わぁ、良かったね~!」
「ああ、ホントに」
俺があまり感情を表情に出さない分を補うかのように、陽葵が満面の笑みを浮かべてくれる。
つられて俺も顔が緩みそうになる。
「それにしても、人のことよく見てるな」
「え?」
「表情とか雰囲気の機微からその人の気持ちを察するなんて、そう簡単に出来ることじゃないからさ。改めて陽葵は本当に凄いと思う」
流石は【日溜まりの聖女様】だ。
多くの人に慕われる理由がそこには確かにあった。
「そ、そうかなっ……!? あはは……!」
「陽葵?」
素直に褒めたつもりだったが、陽葵が変に動揺する姿を見せる。
俺に向けられていた視線が斜め下に逃げ、右へ左へと泳いだあと、ジッと上目遣いになって戻ってきた。
「きゅ、急に褒められても何も出ないよ……?」
「――ッ!?」
ぐはっ……!?!?
い、いかん。これはいかん……!
ドッ、ドッ、ドッ――――
照れ顔上目遣いからのその台詞は殺傷能力高すぎて、戦略兵器認定だ。
名付けて、【秘奥】聖女式極上悶絶昇天対人眼光。
予備動作なしで発動可能なため、事実上防御不可の即死攻撃。
それでも日頃の行いのお陰か。
奇跡的に焦点を免れた俺は、赤面した姿を見せるわけにはいかないと思い、ふいっと顔を背けておく。
「じゅ、充分出てる。色々出てるからっ……!」
主に可愛さとか可愛さとか可愛さとか!
サービスでふんだんに尊さもトッピングされております!
だが、本人にはなんのこっちゃということなのだろう。
その証拠に、頭上には疑問符が浮かんでいた。
「で、でも……ね? 私だって誰に対しても気付けるワケじゃ、ないんだよ……?」
顔を戻すと、陽葵が両手の指をモジモジと絡め合わせながら呟いていた。
「司くんのことは、よく見てるから……」
「え?」
「あっ、いや、その……! 変な意味じゃなくてね? ほ、ほら約束したでしょ? 司くんのこと見ていてあげるって」
掘り返される俺の黒歴――んじゃなくて、昨日の記憶。
誰も俺のことを認めなくても、陽葵だけは見ていてくれると言ってくれた。
「あ、あぁ、わかってるわかってる」
大丈夫。
まさかあの聖女様が俺のことを――なんてベタな勘違いはしない。
フッ、俺の自己肯定感の低さを舐めるなよ?
「う、うぅん……そう簡単にわかられると、またちょっと違う気がするような気もするんだけどなぁ……」
……とはいえ、ほどほどにしておいてくれよ?
いくら俺の自己肯定感が低くても、それを物ともしないほどの全肯定で来られたうえで意味深発言されると、流石に男心が擽られるぞ。
「そ、そんなことよりさ。陽葵、何か用事があって部屋に来たんじゃないのか?」
逃げてません。
別に逃げてないけど、俺はここで陽葵がわざわざ足を運んできた理由へと話題を切り替える。
すると、陽葵は「あっ、そうだった」と思い出したかのように手を叩き、無駄に遠慮がちな上目遣いをしながら語り出した。
「わ、私ね? 考えたの。司くん良い子なのに、このまま誤解されて嫌われたまま学校生活を送ってもらいたくないなって。そのために、私に何か出来ることないかなって」
なるほど。
確かにこの手の学校の話題をするのに、父さんと茉莉さんが不在のこの状況はベストだ。
両親に要らぬ心配を掛けなくて済む。
「それでね? 私、良い案を思い付いたのっ……!」
ベッドの上に投げ出されるように置かれていた俺の左手を、陽葵がギュッと両手で包み込むように握ってくる。
ドキッ!
と、流石に俺の心臓も跳ねてしまう。
「ひ、陽葵……!?」
「え、えぇっとね……?」
じぃ、と陽葵のクリッと大きな琥珀色の瞳が覗き込んでくる。
な、何を躊躇っているのか。
早くその良い案とやらを言ってくれ。
こうも変に溜められると、まるで凄く勇気を必要とする告白をしてくるみたいではないか。
だ、大丈夫。
冷静になれ、俺……!
――妙に熱を帯びた瞳の中に、俺の顔が反射している。
俺ともあろうものが何を期待してるんだよ……!?
――仄かに赤らんだ頬。
ラノベじゃあるまいし。
ここで『人気者の私と恋人になってイメージ改革するのはどうかな!?』みたいな謎理論ご都合展開になんてなるワケない。
――言い淀むように微かに震えていた唇が動く。
「っ、陽葵、俺はその気持ちだけで充――」
「――生徒会に入らないっ……!?」
「……え?」
「……ど、どうかな?」
カチッ、カチッ、カチッ、と再びアナログ時計の秒針の足音が聞こえてくる。
「い、いやぁ……えっと……」
不覚にもさざ波が立っていた俺の心の湖面に訪れた凪。
「……なんで?」
俺の先走った妄想は『謎理論』という一部分だけ当たっていた――――




