第02話 日溜まりの聖女様
『見て見て、母さん! 今日もテストで百点取った~! ほらここ、見て! 花丸ついてるでしょ!?』
『もう、この程度で喜ばないで。小学校のテストなんて満点取って当たり前なんだから。まして中学からは英誠院学園に通わせるんだから尚更よ。新しい問題集買っておいたから、早くやってしまいなさい』
そっかぁ。
これじゃまだ喜んでもらえないんだ。
確かに百点取ってる友達他にもいるし、別に凄いことじゃないかも。
よし、もっと頑張ろう。
次こそは母さんに褒めてもらうんだ――――
『母さん見て! 中学最初のテストで学年順位一桁だった! 先生もめっちゃ褒めてくれたし、友達も凄いって!』
『はぁ、一位じゃなかったのによくそんなに喜べるわね? 理解に苦しむわ。もっと頑張りなさい。結果が出なければそれは努力とは言わないんだから』
そ、そっか。
まだ足りない。
やっぱり一番にならないと、か。
母さんが期待してくれてる。
俺はそれに応えないと――――
『やった母さん! 学年末テストで一位取ったよ! 学校でも結構話題になってるんだ! いやぁ、頑張ってよかったよ!』
『……ねぇ、たかが一学年の中で一番になるのにどれだけ時間掛かってるの? いい? 社会に出たら皆が同級生じゃないのよ? 何歳も何十歳も上の大人と渡り合っていかないといけないの。一つの学校の一つの学年の一番になるのに手間取ってるようじゃ、全然ダメよ』
た、確かに……?
ああ……確かに。
社会に出たら無差別階級のバトルロワイヤルみたいなものだ。
学年で一番取ったくらいでは母さんは満足してくれない。
もっと、もっと頑張らないと。
もっともっともっともっともっともっともっともっと――――
『あぁ~、ごめん母さん。今回は二位だった。いやぁ、アイツ今回めっちゃ張り切っててさ。すっげえ頑張ってたの。もちろん負けて悔しいけどさ、同時にまた次のテストで勝負するのが楽しみっていうか――』
パァン!!
乾いた音が響く。
静まり返った部屋の中で、頬に痛みが浮き上がる。
『何をやっているのッ!? わかってる!? 一位じゃなくなったのよッ!? 一番を奪われたのよッ!? だというのに何をそんなにヘラヘラしてるのッ!? 次勝負するのが楽しみ? 嗤わせないでッ! 楽しんでないで死ぬ気で一番を死守しなさいッ!!』
それは、中学二年の二学期頃だった――――
母さんが社長を務めていた会社が倒産。
昔からプライドの高かった母さんはそんな現実が受け入れられず、ヒステリックになって家族に八つ当たりするようになった。
何とか家族を支えようとした父に負い目を感じては叫び散らかし、俺の成績次第では平手がそんで来るなんてことも日常茶飯事だった。
終いには酒とギャンブルに溺れ、手が付けられなくなった。
父さんは苦渋の決断で離婚。
もちろん俺は父さんについて行き、二人で暮らすようになった。
それで平穏が訪れれば良かったのかもしれない。
だが実際は、俺の精神はかなり不安定になってしまった。
母さんに認めてもらいたくて、褒められたくて……多分、その愛情を享受する資格を得るためだけに、俺は今まで頑張ってこられた。
しかし、その原動力を一気に失ったのだ。
圧倒的な虚脱感が、心身を襲った。
もう、どうでもいい。
すべてがどうでもいい。
優等生というのは目立つ。
多くの生徒の憧れになると同時に、少なくない数の敵を生む。
そして、敵は弱り目を見逃さない。
俺が完全に気力を失い、皆の期待や信頼を失墜させていくのをチャンスとばかりに、俺のことを良く思っていなかった一部生徒らが、あることないことお構いなしに様々な噂をバラ撒き、印象操作を図ったようだ。
成績でも、人望でも、スクールカーストのトップ層を駆けていた俺は、瞬く間にその最底辺へと撃ち落された。
人は寄り付かない。
チラリと目を向けられたかと思えば陰口を叩かれる。
まぁ、いいけど。
他人にどう思われてようと、どうでもいい。
俺には関係ない。
もう放っておいてくれ。
漫然と生きさせてくれ。
それが俺の願い。
もう何も願わないと決めた俺がたった唯一望む、願い。
だからもう…………
だから……もう…………
頼むよ…………
誰か、助け――――
………………。
…………。
……。
「っ、はぁ……」
目が覚めた――――
少し窮屈な身体の感覚。
ここは、車の右後部座席だ。
まったく。
これから父さんの再婚相手とその娘――俺の新しい家族になる人達に会いに行こうってときに、アホみたいな夢を見た。
いや、こういうときだからこそ見たんだろうが。
「ん、起きたか司?」
車を運転している父さんが、バックミラー越しにチラリと視線をやってくる。
「大丈夫か? ちょっと顔色悪いぞ?」
「あ、あぁ、大丈夫。ちょっと緊張してるだけ」
「そうか。そう、だよな……」
父さんの曖昧な笑みが鏡越しに見えた。
若干の申し訳なさを含みながらも、ネガティブな感情だけではない――新しく見付けたパートナーと結ばれる喜び、楽しみの色がある。
あとは多分、少しは俺に寂しい思いをさせなくて済むようになるかもしれない、という期待も混ざっていそうだ。
その親心を察すると、何だか少しこそばゆかった。
もちろん、新しい家族と上手くやれるかどうか心配という気持ちが、俺の中にあるのは事実だ。
だが、それを父さんが申し訳なく思う必要はない。
父さんは頑張った。
母さんのことで傷付いただろう。
他人事のように語ってしまって悪いが、俺がこんな感じになってしまって多大な心労も掛けてしまっているだろう。
それでも父さんは、折れず、腐らず、頑張って生活を支えてくれている。
だから本当に報われて欲しい。
幸せを掴んで欲しい。
この再婚で父さんが幸せになれるなら、俺は素直にそれが嬉しい。
……あと、お義母さんの娘さんが俺の義妹であってくれたら更に嬉しい。
ツンデレでも良い。
クーデレでも良い。
デレデレならなお良い。
最近はヤンデレが流行っているから、それも良い。
まったく興味を示されなかったら流石に泣くが……まぁ、もしそうなってしまっても温かく見守ろう。
これからの不安と少しの楽しみを胸に。
さぁ、お義母さんと愛すべき義妹に会いに行こう――――
――と、呑気に思っていたのだが。
俺は新たな家族の姿に、目を疑う羽目になった――――
「えっ? う、嘘……だろっ……!?」
「あ、あれ? えぇっと……諸星司くん、だよね……!?」
俺が驚くように、どうやら向こうもかなり驚いているようだった。
「わぁ、まさか同じ学園の後輩が義弟になるなんてね~。えへへ、驚いちゃったよ」
気恥ずかしそうに笑って、微かに赤らんだ頬を掻く彼女を、俺は知っている。
俺でも知っている――と言った方がより正確か。
知らないはずがない。
同じ学園に通う生徒なら、学年問わず誰もが知っているであろう存在なのだから。
私立英誠院学園高等部生徒会執行部、副会長。
高校二年生、聖陽葵先輩。
人呼んで――――
「ひ、【日溜まりの聖女様】っ……!?」
「ふふっ」
どうやら俺に出来たのは『義妹』ではなく『義姉』だったらしい――――




