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第18話 一難去って知らぬところでまた一難

「その、何て言うか……こうやって改まって話すと、凄く変な感じするんだけどさ」


 長谷川先輩が去ったあと、俺はそのまま特別棟四階の空き教室で、玲美と向き合っていた。


 長いことひねくれていた性格。

 いや、何なら今も絶賛ひねくれ中。


 それゆえに、素直に気持ちを口にするということへのハードルが非常に高く感じられてしまい、簡単なはずの言葉が上手く紡げない。


 そんな俺の様子を訝しく思ったのだろう。


「ちょ、ちょっと待って……!?」


 しばらく不思議そうに俺を見詰めていた玲美が、ふと何かを察したように視線を右往左往し始める。


「え、これ何。う、ウチ告られるとかじゃない、よね……?」


 チラリ、と。

 こちらに半身を向けるようにして立った玲美が、横顔に垂れる髪を指で巻き取りながら、遠慮がちに瞳を向けてきた。


 俺は慌てて諸手を振る。


「ち、違うわっ!」


 そんなわけないだろと言いたかったが、確かに一日中接触する機会を窺っていて、満を持して人気のない空き教室で二人きりの話を持ち掛ければ、普通にそう勘違いしてもおかしくないかとも思ってしまった。


 俺が否定すると、一瞬玲美の視線が冷たいものに変わった気がしたが、すぐに「はぁ~」と一際大きなため息で掻き消された。


「紛らわしいなぁ……じゃあ、なに?」

「き、昨日のことでさ……」

「……昨日?」

「あぁ、いや昨日だけじゃないけど……これまでもずっとなんですけど……」


 話が見えないようで、玲美がこてんと首を傾げる。


 正直俺も自分で何を言っているのかわからなかったから、当然の反応だ。


 だが、たとえ上手に言葉が並べられないんだとしても、俺には今ここで玲美に伝えなくてはならないことがある。


「その、ゴメン……俺、ずっとお前に冷たい態度取ってた。これがお互いのためなんだって一方的に押し付けて、ホント昨日お前が言った通り、余計なお世話だったと思う」


 悪かった、と頭を下げる。

 玲美が「ちょちょちょ……!」と慌てた様子で俺の顔を覗き込んできた。


「いいって別に、気にしてないし……! 頭上げてって」


 玲美を困らせる気はない。

 俺は意地を張らず、玲美の言葉に従って姿勢を戻した。


「う、ウチも悪かったし。司がウチに迷惑掛けないために気ぃ遣ってたの知ってたのに、しつこく近付こうとして……それで司が周りに色々言われたりもして……」

「お、おいおい、お前が落ち込むことないだろ?」


 言葉尻に向かうにつれて、玲美がどんどん声量を小さくしていくので、俺は曖昧に笑って言った。


「でも……」

「感謝してる、ホントに。なんだかんだ言って、玲美が俺のこと気に掛けてくれてるんだってわかってたから、救われてた部分も大きいし」


 だから――と、俺は気付けば無意識のうちに玲美の頭の上にポンと手を乗せていた。


 まるで、以前仲が良かった頃の付き合い方を思い出したかのように。


「ありがとな、()()()

「……っ」


 間抜け――それは小さい頃、俺が玲美につけたあだ名だ。


 空門玲美。

 ソラカドレミ。

 音階に置き換えるとドレミとソラは含まれているのに、ファとシが抜けていることから『間抜け』。


 何も知らない人が聞けばただの悪口。

 それでも、俺だけが玲美に向けて使うこの言葉は、一種の不器用な親愛の印だった。


 久しく呼んでいなかったものだから、少々口馴染みが悪い。


 それでも、玲美は榛色の瞳を大きく見開いたあと、どこか懐かしそうに笑顔を見せた。


「……間抜けって言うなし」


 そう言ってポスッと俺の胸に攻撃力皆無のパンチを繰り出して抗議してくるが、口許は緩やかな弧を描いていた。



 そして、流れで一緒に帰ることになり、学校を出て駅から電車で二駅目。


 つい最近まで俺もそこで降りていた駅で、玲美が電車のドアを出る。


 ドアの近くで俺が見送っていると、玲美は二、三歩ホームに出たところで止まって振り返ってきた。


「ねぇ、司」

「ん~?」

「その……また、連絡とか……いい?」


 遠慮がちに尋ねてくる玲美の手には、少々派手にデコレーションされたスマホ。


 俺は自分の胸の奥が少し温かくなる感覚を抱きながら頷いた。


「寝落ち通話以外なら」

「そ、そんなんしないしっ……!」


 拗ねて身を翻した玲美。

 そのアッシュブロンドに逸れられた長髪が大きく揺れるタイミングで、プシューと電車のドアが閉まる。


 閉じられドアの向こう側には玲美の背中。

 ドアのガラスには、作り物めいてはいない俺の笑みが反射していた――――



◇◆◇



《天羽梓沙 視点》


 放課後。

 生徒会の業務を終えて帰ろうと、本校舎の玄関でローファーに履き替えていた私の心の内は、お世辞にも穏やかとは言えない状態だった。


『――梓沙ちゃんから見て彼はどういう人なのかなぁ~って』


「……チッ」


 さっき資料室で資料探しをしていたときだ。

 不意に聖先輩が、諸星のことを聞いてきた。


 学園のあちこちに蔓延る諸星の悪い噂。

 その大半が根も葉もないもの。


 大の女好きだとか、複数の相手に関係を強要したとか、成績は買ってたとか、事前にテストの答えを教えてもらっていたとか、暴力的だとか……ハッ、馬鹿馬鹿しい。


 本当かどうかもわからない噂に踊らされて騒いでいる奴らは軽蔑する。


 でも、そんな状況に抗おうともせず、最初からあきらめたみたいな態度でだらだらと過ごしているアイツも気に食わない。


 嫌い、嫌い、嫌い。

 大っ嫌い、あんなヤツ。


「あはっ、荒れてますねぇ~? ご主人様ぁ~」


 靴箱の影からスッと。

 アッシュピンクに染められたゆるふわなボブカットの髪が特徴の、小柄で細身な少女が姿を見せた。


 人懐っこく軽やかな足取りで近付いてくる。


「はぁ、楓夏(ふうか)。変な呼び方しないで」

「あっはは、ごめんごめ~ん。怒んないでよぉ」


 九重(ここのえ)楓夏――彼女の父親が私の父の秘書をやっている関係で、物心ついたときからの腐れ縁であり、頼んでもないのに私の世話係のような立ち位置についている。


「それで~、どうしたの~?」

「……ちょっと、アイツのことでね」

「ん~、あはっ。愛しの諸星司くん?」

「……楓夏、怖気のするようなこと言わないでちょうだい」


 玄関を出て、正門に向かって歩き出す。


「えぇ、だって梓沙って口を開けば諸星諸星って、いっつも諸星くんのこと考えてるじゃん? もう、愛でしょ、愛」


 両手でハート形を作ってウィンクと共に向けてくる楓夏。


 この子は何を言っているの?

 胸の奥がぞわぞわっとしたわよ?


「楓夏、怒るわよ」

「もう怒ってるじゃ~ん」

「それはアイツによ」


 はぁ、とため息が零れる。

 正門を出るまであと少しだというのに、思わず足を止めてしまった。


「でもそうね……流石にもう疲れたわ。アイツのことでいちいち感情を揺さぶられるの……」


 どうにかならないかしら、と愚痴を溢す。


 わかってる。

 これに関してはアイツの責任じゃない。


 私が勝手にアイツを見てイライラしてるだけ。

 アイツのことを考えて、疲れているだけ。


 私の問題だ。


 愚痴ったところでどうにかなることでは――――


「どうにかしてみる~?」

「……はい?」


 楓夏がニコニコと笑顔を湛えたまま呑気に言った。


「梓沙が気に食わないのは今の諸星くんでしょ~? つまりはぁ、以前の諸星くんに戻ってもらえば良いってことだよねぇ~」

「それは、そうかもしれないけど……」


 そんなこと出来るの? と聞いてみれば、楓夏は演技がかった所作で仰々しく頭を下げて見せた。


「女王様のお望みとあらば? あはっ」

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