第17話 早とちりって恥ずかしいっ……!
「お願い! この通りさっ!?」
「あ、あのっ……!」
ガラガラァ――――
これ以上は黙って見ていられず、スライド式のドアを遠慮なく開けた。
「すみませんけど、そろそろコイツを――」
「――特集組みたいんだよ空門さんでっ!」
「……え?」
「ん、君は……?」
不思議なことに、ついさっきまであんなに切羽詰まったように見えていた状況が、何故だか今は違った風に見えた。
空き教室に入ってきたは良いものの、完全に勢いが削がれた俺。
突如入ってきたそんな俺に不思議そうに視線を向けてくる玲美と先輩。
さも時が止まったかのような、妙に気まずい沈黙が流れた。
「え、司……何でいんの……?」
「あ、いやぁ……ちょ、ちょっと通り掛かって……?」
なワケないでしょ、とでも言わんばかりの半目を玲美が向けてくるが、一旦それは置いておいて――――
「えっと、コレ……どういう状況……?」
男子の先輩に呼び出されたということであれだけ玲美の友達も黄色い声を上げていたものだから、俺もてっきり愛の告白かと思っていたが、どうやら違うっぽい。
完全に出端を挫かれたので気まずくて仕方がないが、状況を理解しないと何も始まらないのでぎこちなくも尋ねてみる。
すると、玲美がこちらに寄ってきながら戸惑いがちに答えた。
「いや、なんか新聞部で読モやってるウチの特集をしたいって言って来てて……」
新聞部? と俺が首を傾げていると、先輩――青色のネクタイを見て三年生と確信――が口を開いた。
「俺は新聞部部長の長谷川。三年だ。今回、新聞部の特集記事で是非空門さんを扱いたくてこうして頼み込んでいたところなんだけど……」
な、なるほどぉ……、と俺はそんな反応しか出来なかった。
うぅん。恥ずかしっ!
早とちりしたぁ~!
い、いやいや……!
理由はどうあれ結構勢いあったし、玲美困ってそうだったし。
大丈夫だ。
俺が余計なお世話を働いたことにはならないだろう。
「あっ、俺は……まぁ、知ってるかもしれませんが、一年の諸星です。事情はわかりましたけど、多分これ以上お願いしてもコイツが首を縦に振ることはないと思いますよ?」
少々遅ればせながら名乗りつつ、チラリと横目に玲美を見やると、同意するように頷いていた。
あれほど熱く頼み込んでも承諾を得られなかった上、俺という第三者の介入。
これ以上食い下がっても結果は変わらないと理解したのだろう。
長谷川先輩は悩まし気に後ろ頭を掻いて唸ったあと「そっかぁ……」と吐き出す息と同時に残念そうに呟いた。
「わかった! 正直悔しいけど、迷惑を掛けたいわけじゃないしね。ごめんね、空門さん」
長谷川先輩が申し訳なさそうな笑みを浮かべながら両の掌を合わせて見せると、玲美は「あっ、いえいえ」と自分も力になれなかったことを謝罪するように頭を下げた。
「それにしても……そっか、君があの諸星司、か……」
本題が一段落し、長谷川先輩の興味が俺へ移ったようで、意味ありげな視線を向けてくる。
一体何を言われるのか。
俺はもちろん、隣で玲美も少し身体を固くしたのがわかった。
「君の噂は色々聞いてる……というより聞こえてくるよ。主にあまり良くないものをね。以前新聞部でも話題の人物を取り上げようかということで君の名前が挙がったこともあった」
「おぉ、自分で言うのも何ですけど、食い付きは良さそうなネタだと思いますよ?」
悲しいかな人間というものはポジティブな話題よりもネガティブな話題の方が盛り上がりやすい。
そこら中からヘイトを買っている俺を扱えば炎上必至――つまりは大注目だ。
新聞部にとっては願ってもないことだろう。
そんな俺の自虐混じりの言葉に、玲美が「ちょっと……!」と脇腹を小突いてくる。
しかし――――
「いや、流石にデリケートな話題過ぎて取り扱えないという話になった。記事にすることで特定の誰かに迷惑が掛かるのは良くないからね」
「……なるほど」
どうやら、この先輩は良識のある人らしい。
学園中の情報を取り扱い慣れているからなのかどうかは知らないが、そこいらで騒ぎ立てられている噂に聞き耳は立てるものの、振り回されはしないのかもしれない。
「でも、そうだな……」
長谷川先輩が興味深そうに俺を見据える。
「今回特集を君にしても面白いかもしれない」
「はい?」
「君はきっと噂されているような奴じゃない。だって、空門さんを心配してここまで来たんだろう?」
どうかな? と提案を持ち掛けてくる長谷川先輩。
「君に対する肯定的な特集を組めば、少しは悪い噂が緩和される……なんてことも期待出来ると思うんだけど」
悪意は……感じない。
長谷川先輩は純粋に俺のためを思って――いや、学園に蔓延る誤った情報を打ち消したくて提案してくれているのだろう。
「良いじゃん、司。やってもらいなよ」
「…………」
クイッ、と玲美がブレザーの袖を引っ張ってくる。
俺のことを心配してくれる玲美だ。
少しでも俺の名誉回復の機会があるなら試してみたいと思ってくれているのだろう。
ありがたい話だ。
でも…………
「すみません、長谷川先輩。ありがたい話ですけど、俺もお断りさせていただきます」
えっ、と隣から玲美の口から漏れた声が聞こえてくるので、俺は一度そっちを向いて小さく笑って見せた。
「ちなみに、理由を聞いても良い?」
「何十人に、何百人に誤解されてても、俺の周りにはきちんと俺のことを見てくれる人達がいるので。たとえそれがほんの数人だとしても、それで充分です」
「司……」
何で玲美が泣きそうな顔してんだよ。
湿っぽいのはやめてくれよ、と伝えるように俺は玲美の頭をポンポンと優しく叩いた。
そんな中、長谷川先輩は数秒の沈黙をたっぷりと使ってから「そっか……」と呟く。
「そういうことなら今は引き下がっておくよ。でも、もし記事にして良いって思ってくれるようなことがあったら、いつでも言ってくれ。あ、空門さんも」
「「はい」」
俺と玲美の返答に満足したのか、長居は無用だというように長谷川先輩は俺達の横を通り過ぎて、空き教室を去っていった。
「…………」
「…………」
空き教室。
あとに残された俺と玲美。
なぜだろう。
一件落着したはずなのに、先程よりも気まずい沈黙が続いている。
「……それで、なに? 何か用事?」
沈黙を先に破ったのは玲美だった。
すぐ隣からこちらを見詰めてきている。
「あ、えぇっと、用事というほどでもないんだけど……」
俺がそう口籠っていると、玲美が改めてジト目を作り、胸の前で腕を組んで指摘してきた。
「いや、用事というほどでもなかったら、一日中ウチをつけ回さないでしょ……」
今、自分の表情筋が硬直したのがわかった。
「あ、あぁ……もしかして、バレてた?」
「もしかしなくてもバレバレだから。まぁ、他の子は気付いてなさそうだったから、そこは安心していいけどさ……」
スッ、と視線を斜め下に逃がした玲美の頬は、気持ち色付いているようにも見えた――――




