第16話 ストーカーじゃない!とストーカーは皆語る
『君は気付くべきです。君が優しさという名の刃で自身を傷付ける姿を見て、心を痛める人がいるということを――』
『――自分を大切にしてみてください。そうすることで嬉しく思う人が、きっといるはずです』
……目蓋を閉じれば、昨日もらったシスターさんからのアドバイスが声色そのまま、鮮明に聞こえてくる。
陰った心へ木漏れ日を差すように届けてくれたその言葉を、無駄にするわけにはいかない。
陽葵にも全肯定で慰めてもらったことだし、そろそろ止めていた歩みを再び進めていも良いのかもしれない。
というか、年甲斐もなく泣いて慰められて恥ずかしい姿を晒したんだから、もう後には引けないっ……!
ここまでされてまだウジウジしていたら、流石にシスターさんにも陽葵にも呆れられてしまいそうだ。
「さて、取り敢えず……」
昨日既に決めていた今日の目標。
シスターさんに相談した内容の発端でもある、玲美のことだ。
俺に関わると玲美にも迷惑を掛ける――そんな一方的な気遣いの押し付けで、俺は玲美を遠ざけるために冷たくあしらってきた。
だからまずは、そのことを謝った上で、こんな俺を見捨てず気に掛けてくれていたことへの感謝を伝えたい……んだけど…………
「タイミングが掴めん……」
朝のホームルーム終了後。
一限目の授業が始まる前にお隣のC組の前まで足を運んでチラリと中の様子を窺ってみたが――――
「えっ、マジ!? 今度また撮影あんの?」
「うん、来週末に」
「えぇ~、私見に行きたい~」
「あっ、ズルいアタシも~!」
「ねぇねぇ、行って良い~?」
「ちょ、それは恥ずいって……!」
……仲の良いクラスメイトらと楽しく談笑していた。
そのグループの中にはもちろん先日俺に直接忠告してきた二人もおり、ここで俺が話し掛けに行っても下手に刺激するだけだろう。
そして、そんな様子を見たクラスメイトらも同調し始め、視線と言葉の槍がグサグサと俺の全身に突き刺さる光景が目に浮かぶようだ。
大丈夫。
今日はまだ始まったばかりだ。
玲美に話し掛ける機会なんて他にもあ――――
「――ると思っていた瞬間がボクにもありましたぁ……」
気付けば夕方。
放課後がやって来た。
今日一日のアプローチ失敗をザックリまとめるとこんな感じだ。
・各授業間休み:友達と喋っていない瞬間ナシ
・手洗い :女子も連れ合って行くんですねぇ
・昼休み :当然のようにワイワイ昼食
……うん、俺ストーカーかな?
こうして改まって、一日中事あるごとに特定の人物の様子を窺っている自分の姿を想像すると、キモ過ぎて吐きそうだった。
だが、そこまでしてでも接触を図らなければならない理由が俺にはあるのだ。
終礼を終えた担任教師。
放課後を迎えて好き好きに立ち上がり、部活や委員会活動へ向かう生徒、友達と喋り出す生徒、はたまた真っ直ぐ帰宅しようとする生徒。
俺はそんな彼らを尻目に静かに、しかし速やかに教室を去る。
もちろん向かうは玲美の所属するC組だが――――
「マジか……!?」
どうやら我らがB組担任教師よりも、C組の担任の方がテキパキと事をこなすらしい。
俺が到着した頃にはとっくに終礼が終わったあとで、教室を出ていく生徒も多い。
一応中を覗いてみるが、生徒が数人チラホラいる程度で、そこに玲美の姿はない。
くっそ。
別に今日にこだわる必要はないが、この感じだと明日になっても明後日になっても話し掛けられる機会はないかもしれない。
どうしようか……と、思考を巡らせていると――――
「あれ、玲美どこ行ったん?」
「帰った? 今日なんか早ない?」
教室に残っている面々の中に玲美の友達もいたようで、その話し声が聞こえてきた。
「用事あるとかでさっき出てったよ?」
「え、何か用事あったん?」
「いやぁ、実は私その用事が何か知ってんだよねぇ~?」
一人がニヤニヤとした表情でもったいぶって言う。
皆の興味を引き、彼女らの催促に応えて「『あんま他の人に言わないでね』って言われてたんだけどさぁ」と枕詞を置いた上で語り出す。
……いや、言わないでって言われたなら言うなよ。
とは思ってしまったが、正直今は玲美の居所に繋がる情報が得られるのは助かるので、早く言ってくれ。
「今日移動教室あったじゃ~ん? その帰りにさぁ、多分三年生だと思うけど男の先輩に話し掛けられてさ。『話あるから』って玲美、放課後に呼び出されてんだよねぇ~!」
マジか、そんなことがあったのか……!?
三時間目だったか。
確かに俺が教室を見に行ったとき誰もいなかったので、移動教室であろうことは察していたが、流石に他クラスの授業スケジュールまでは把握していなかったので追うことが出来なかった。
「え、絶対告白じゃん!」
「どこどこ? どこに呼び出されたん?」
「特別棟四階の空き教室でーす!」
「あぁ、確かに四階使われてないもんね~」
「行っちゃう? 見に行っちゃう?」
「えっ、行く行く~!」
そう盛り上がっていたときだった。
グループの中の一人の女子が「ん~」と乗り気ではない声を上げた。
あ、アイツ。
昨日俺に「玲美に関わんないでくんない?」って言ってきた女子か。
「アタシはパス。何かそういうとこ覗くの野暮かなって。玲美もあんま見られたくないから口止めしてたんだろうし」
……何だアイツ、めちゃカッコいいな。
俺への当たりがキツかったのも玲美を心配してのことだというのはわかっていたし、友人として心から玲美を大切にしてるんだろうな。
彼女の発言に、他の面々も冷静さを欠いていた思考を落ち着かせ始めたようだ。
「あぁ~、確かに」
「だねぇ、正直気にはなるけど」
「ま、野次馬にしかなんないもんねぇ~」
さて、と。
別に告白現場を覗きに行くつもりではないが、事が済んだあとであれば話し掛ける機会もあるだろう。
俺は早速小走りで渡り廊下を通って特別棟に向かい、四階へ上がる。
下の階には理科室や美術室といった専門的な部屋や部室が入っていたりするが、四階は一切使用されておらずガランとしている。
並ぶ空き教室の中には机や椅子が積み重なっており、ほぼ物置状態だ。
そして、その一つの部屋から薄っすら声が聞こえてきたので近付いてみると――――
「――ごめんなさい。先輩の気持ちには応えられない、です」
う、うっわぁ……!
いっちばん気まずい瞬間に尋ねてしまった……!
空気おっも!
息苦し!
とはいえまぁ、終幕も終幕。
正直、玲美への想いを告白するところにまで隠れながらとはいえお邪魔するというのは罪悪感があったので助かった。
あとは隣の教室にでも隠れておいて、先輩とやらが去ったあとに玲美に話し掛ければ良し。
と、考えてすぐ隣の空き教室のドアに手を掛けたのだが――――
「ど、どうしても駄目か!?」
おっと、どうやら先輩は食い下がるようです。
「俺さっ、熱意だけは誰にも負けないから! 空門さんが載ってる雑誌とか全部買ってるし、前から良いなって思ってて……!」
「す、すみません、無理なものは無理で――ちょっ……!?」
ガタッ、と物音。
玲美の短い悲鳴もあってたので、流石に中の様子を確認した方が良いと判断して、ドアのガラス部分から窺ってみる。
すると、先輩と思しき男子が玲美にかなり近い距離まで詰め寄っていた。
先程の物音は、驚いた玲美が後ろに積まれている机やら椅子やらに少しぶつかったのだろう。
「お願い! この通りさっ!?」
「あ、あのっ……!」
どの通りかは存じ上げないが、流石に静観はしていられないかもしれない。
状況として、人気のない空き教室に女子と体格で勝る年上の男子が二人きりで、物理的な距離感が詰まっている。
普通に良くない未来を想像してしまう。
「……はぁ」
既に嫌われ者の俺。
間の悪いところに介入して、既にマイナナスに振り切った印象がまた少し下がったところでどうということはない。
玲美の安全の確保が優先だ。
ガラガラァ――――
スライド式のドアを無遠慮に開けた。




