第14話 買い出し一つでスリル満点なんだが?
「うぅ、だいぶ寒くなってきたよね~」
「もう十一月だしなぁ……って、それ以前に陽葵は制服のまんま出てきたからだろ?」
改めて隣を歩く陽葵を見やれば、家に帰ってきたまんまの格好――英誠院学園高等部の冬服だ。
流石は名門私立。
制服のデザインも洗練されており、ブレザーは他校ではあまり見掛けないダークブラウンで、グレーのプリーツスカートの裾は陽葵の膝上十数センチの位置で揺れている。
襟首を飾る緑色のリボンは高等部二年次の証で、俺の制服のネクタイは一年次であることを示す赤色だ。
「あはは、ついね~」
お茶目に笑う陽葵。
帰宅後の学生には二つのタイプがあると思う。
帰ってきても制服のまま過ごすタイプと、帰宅後すぐに私服もしくは部屋着に着替えるタイプだ。
ちなみに俺は後者で、今も実際にストレッチの効く履き心地の良いズボンと、Tシャツに薄手のパーカーを羽織った格好をしている。
とはいえ、もし陽葵が俺と同じタイプだったとしても、今日に関しては帰宅早々泣きじゃくる俺を慰めるのに手が離せなかったために着替えられなかった可能性もあるので、俺から強く言及することは出来ない。
「でも、司くんも結構薄着じゃない?」
「ん~、俺は寒さには強いからな。暑いのはホント無理だけど」
そうなんだ、と陽葵がクスクス笑う。
口許を片手で抑えるその仕草が、綻ぶ横顔が、凄く可愛らしい。
あまり見ていると本当に目が離せなくなりそうなので、俺は横目にチラリと窺う程度で前を向く。
そんなときだった――――
「えぇ~、うっそぉ~?」
「いや! ガチガチ!」
進行方向の先から、こちらに向かって歩いてくる二人組。
別にそこらの通行人であれば構わない。
しかし、日が大きく傾いて薄暗い中、目を凝らして見てみると…………
まずっ、英誠院学園の制服……!
陽葵はまだ気付いていないようだ。
というより、最初から危機感を持ち合わせていない。
学園で多くのヘイトを買っている俺と、【日溜まりの聖女様】と親しまれる人望厚い陽葵が一緒に並んで歩いているところを同じ学校の生徒に見られるという危険性を軽視しているのかもしれない。
俺にとっても陽葵にとっても、決して良いことにはならないのは確かだ。
「――陽葵、こっち」
「あっ、司くん……!?」
「ウチの学校の生徒。見られるとマズい」
幸いなことに夕日はこちら側に沈んでいる。
今この段階で前から来る二人組に目を向けられても、逆光でシルエットを捉えるのが精一杯だろう。
その間にやり過ごさなければならない。
俺は陽葵の腰にそっと手を当て脇道に逸れる。
陽葵は一瞬ビクッと驚いたようだったが、特に騒ぎ立てたり抵抗することなく、俺が促す方へ歩いてくれた。
昨日引っ越して来たばかり。
正直この辺りの土地勘は皆無だが、一時的にでも身を隠せそうな場所があることを願って周囲を見渡し――――
「ゴメン、陽葵。ちょっと我慢して」
「え、ぁ……」
見付けた一台の自動販売機。
その側面に陽葵を立たせ、俺はその正面で完全に陽葵の姿を覆うようにして隠す。
陽葵の吐息が俺の首元辺りに触れてくすぐったいが、今はそんなことを気にするより無事に二人組が通り過ぎる様子を確認するのが優先だ。
陽葵と共にほぼ全身を自動販売機の側面に隠したまま、顔半分だけを覗かせて通りを確認する。
五秒、六秒……と経った辺りで、俺達が入った脇道からも二人組の姿が見える。
「――って感じでガチヤバかったから!」
「マジ~? えぇ、見たかったんだけど~」
「あ、動画あるからあとで見せるわ!」
「えっ、サンキュー!」
そのまま真っ直ぐ行けっ……!
真っ直ぐ歩け、真っ直ぐ歩け、真っ直ぐ歩け――――
「…………」
「…………」
「……はぁ」
今、呼吸を思い出した気がする。
二人組は特にこちらの道に入ってくることもなく、真っ直ぐその通りを歩いて過ぎ去っていった。
ようやく胸を撫で下ろせたところで、正面に立つ陽葵に視線を向けた……のだが――――
「ひ、陽葵……?」
「ぁ、ちょ、待って……見ちゃダメっ……!」
と、言われましても。
カリギュラ効果をご存じだろうか。
人は禁止されるとやりたくなるという心理がありまして。
実際俺も見るなと言われても、せめて見てはいけない理由がわかるまで目を背けることは出来ず――――
「ほんと、ダメだよっ……!?」
俺の視線を遮りたくて持ち上げた手をあわあわさせているのだろうが、残念ながらまったく何も隠れていない。
急にどうしたのかと思えば、陽葵の顔が真っ赤に染まり上がっていた。
その熱は耳の先端にまで届いており、赤い耳先が髪の合間から覗いている。
「あぁ、もうっ……ダメって言ってるのにぃ……!」
恥じらうその姿に目が離せないままでいると、陽葵は申し訳なさ程度に背けていた顔を僅かに俯き加減で正面に戻し、やり場のなかった両手で顔の下半分を覆った。
じぃ、とどこか熱を帯びた琥珀色の瞳が上目遣いで向けられる。
「ごめん、なんかね……変にドキドキしちゃって……」
絶対今顔赤いよねぇ、と恥ずかしそうに悶えた声を漏らす陽葵。
俺は口を開けなかった。
一度開いてしまえば、喉でつっかえている「可愛い」という一言が零れ出てしまいそうだったから。
それは決して家族に向ける誉め言葉ではない。
異性として意識している相手に贈る文句だ。
でも、そんなことを思ってしまっている時点で、口にしようとしまいと本質は変わらないワケで。
だが、それを認めるワケにもいかなくて――――
「あ、あぁ、いや。俺が急に詰め寄ったから。そりゃ誰だってビックリしてドキドキするよな」
今気付いたが、確かに積極的な壁ドンのように押し込む構図になっていた。
二人組をやり過ごすことだけを考えていたばかりに、そういうところにまで考えが至らなかった。
反省、反省。
「驚かせてごめん」
あくまでその心臓の高鳴りは――この心臓の高鳴りも、突然のことに驚いたせいなのだと決めつける。
そして、一歩下がって距離を――――
「まっ……」
――取ろうとしたのだが、キュッ……と。
パーカーの裾が引っ張られる感じがして見やれば、陽葵の指が控えめに摘まんでいる。
本人も意図せぬ間に、咄嗟に手を伸ばしてきたようだった。
陽葵は何か言いたげな視線を俺にジッと向けてくる。
俺と陽葵は数秒のそのまま視線を交わらせていたが…………
「……陽葵」
「ぁ、うん……!」
一声呼び掛けると、陽葵は慌てて手を下ろして距離を取った。
「あはは、気付かれなくて良かったねっ……! この格好で見付かっちゃったら、人違いですとも言い訳出来ないもんね~」
陽葵はいつもより早口で。
不自然なほどに饒舌に。
先程までのことを気にしていないよ――とでもわざとらしくアピールするかのように喋って、表の通りにつま先を向けた。
「ほら、早く買い物済ませちゃおう? 今度は気を付けながら、ね?」
微笑み掛けてくるその表情には、まだほんのりと赤みが差しているように見えるが、もしかすると夕日の悪戯かもしれない。
「だな」
俺は深く考えないようにし、改めて歩き出す。
まったく。
随分とスリルのある買い出しだな。
その後、最寄りのスーパーで食材を選ぶ最中も、帰る道中も、帰宅して家の玄関を跨ぐまで気が休まることはなかった――――




