第13話 黒歴史確定で死にたい……!
ひとしきり涙を流したあと、俺はリビングソファーに腰を沈めていたのだが――――
「あぁあああああ!! 死にたいぃいいい!!」
自分の膝に肘をついて、うずくまるような格好で顔面を諸手で覆っていた。
恥ずかしすぎて顔が熱い。
心臓がバックバック言ってる。
もう何度も何度も陽葵の胸の中で嗚咽を漏らしながら泣いた状況がリピートされて、羞恥死を繰り返していた。
「なんかワケわからんことでワケわからんまま泣いて、めっちゃ慰められてしまったぁ……!!」
事の発端は何だったか。
そうだ、風呂掃除を終えたタイミングでちょうど陽葵が帰ってきて、そのときに本当に些細なことを褒められただけだ。
だっ、だっさぁぁあああああ!!
えっ、俺もしかして「お風呂掃除して偉いね~」って褒められて泣いたことになってない!?
ぬあぁぁあああああああああああッ!?!?
「今すぐ消えてなくなりたいぃ……!」
切なる願いを喉から絞り出していると「もぉう……」と呆れた様子の陽葵がすぐ隣に腰を下ろしてきた。
「そんなに気にしなくてもいいのに~。誰だって泣きたいときくらいあるよ~?」
甘く溶けるような可愛らしい声が、優しくそう語りかけてくる。
「い、いや、とはいえアレはちょっと……!」
「そう? 私はぁ……ちょっとは司くんの支えになれたかもって、むしろ嬉しかったけどなぁ~?」
指の隙間からチラリと様子を窺ってみれば、陽葵は少し恥ずかしそうな微笑みをこちらに向けてきていた。
はい、可愛い。
天使、マジ天使。
おっと、間違えた。彼女は聖女様でした。
「はぁ、何で陽葵はそんなに優しいんだ……?」
「えぇ? 私、別に優しくないよ?」
「た、頼むから陽葵が優しいとされる世界であってくれ。じゃないと、この世の九割九分の優しさが否定されてしまう……!」
嫌だっ……!
後生だからそんな非情な世界にはなってくれるな!
ただでさえもう生きづらいのに、これ以上世知辛くなったらマジで終わるっ……!
俺が切に願うと、祈りが聞き届けられたのか聖女様――陽葵が「そ、そうかなぁ?」と歯切れ悪くも疑問符混じりに納得してくれたようだった。
「でもまぁ、そうだなぁ~。もし司くんが私のことを優しいって思ってくれてるなら、それは司くんが人の優しさを見付けられる優しい人間だから……なんだよ?」
ニコッ、とこちらの顔を覗き込むように傾げられた首。
陽葵は重力に従って流れる横髪を片手でサッと耳に掛けて押さえ、表情に一層可愛らしい花を咲かせる。
「……っ!?」
ドキッ――――!!
それはもう、誤魔化しようのない胸の高鳴りだった。
一つ大きく跳ねた心臓は指数関数的に心拍数を上昇させ、瞬く間に熱せられた血液を全身に巡らせ始める。
折角……。
折角、新しい家族なんだと。
血の繋がりこそなくても自分のお義姉さんなんだと。
……そう、思おうとしていたのに。
ドッ、ドッ、ドッ…………
自分の願いとは裏腹に。
暑くなる体温が、早鐘を打つ鼓動が、胸を締め付ける苦しさが……否応なしに、目の前の少女を『義姉』とすることを拒んでくる。
「ん、司くん? どうかした? ちょっと顔が――」
脳が発する電気信号をフルシカトして視線が陽葵に釘付けになっている中、陽葵が不思議そうに手を伸ばしてくる。
華奢で白い手が、俺の顔まで十五センチ、十センチ、五、三、二――――
「っ、だ、大丈夫。どうもしてないから、別に」
その指先が額に触れる前に、俺はソファーを立ち上がった。
「そぉ~?」
「それより俺、夜ご飯の準備するわ。父さんも茉莉さんも帰り遅いだろうし」
別に何も誤魔化してませんけど、はい。
そろそろ夕食の支度を始めなきゃと思ってたのは事実なので、はい。
え、何で手で顔を仰いでるかって?
いやぁ、代謝が良いんだよ、俺。うん。
「あっ、私も手伝うよ~」
俺がリビングからそのままキッチンへ向かっていると、てってってっ、と陽葵があとをついてきた。
「え、でも疲れてない?」
帰宅時間からして放課後に何か活動――生徒会なのかボランティアなのかはわからないが――をしているのは確か。
加えて、宿題やその他自主勉強もまだしなくてはいけないはずだ。
――と、そんな懸念をしていることが伝わってしまったらしい。
陽葵が「ふふっ」とどこか嬉しそうに笑って、ツンと俺の鼻先に人差し指で触れてきた。
「ほら、そういうところ。優しい」
「ちょっ、からかうな……!」
カァ、と自分の顔が熱くなるのがわかる。
元々感情の起伏が激しい性格ではない。
どちらかといえば、どんな状況でも常に冷静な自分が一歩後ろで見ている――そんなタイプのはずだ。
なのに、どうしてか陽葵には振り回されっぱなしな気がする。
自分でもビックリだ。
「あぁ~、照れてるんだ~?」
「ちがいますー」
悪戯っぽく笑う陽葵。
ああもう、可愛いなクソッ……!
とはいえこれ以上まともに陽葵のちょっかいに付き合っていたら気が持たない。
コホン、と一つ咳払いをして体裁を立て直す。
「んじゃ、手伝ってもらうけど……何作る?」
「ん~、そうだなぁ……」
ガチャ、と陽葵が冷蔵庫の扉を開けた。
中身を吟味しているのだろう。
しばらく冷蔵庫の前に立ち止まったままで、ようやくこちらに振り向いてきた。
しかし、どうしたことか。
妙にぎこちない笑顔が浮かべられていた。
「め、目玉焼き……とか?」
「えぇ……?」
朝食の献立と勘違いしているのか?
他に主菜があるならともかく、残念ながら目玉焼きでは夕食のテーブルに並ぶには役不足だ。
聞く相手を間違えたかもしれない、と思いながら陽葵の隣に並んで一緒に冷蔵庫の中身を覗いてみる。
すると――――
「…………」
「……ね?」
陽葵が同意を求めるような曖昧な笑みを向けてきた。
はぁ、ダメだこりゃ。
確かに引っ越して来たばかりとはいえさぁ…………
静かにパタリ……と両開きの冷蔵庫の扉を閉めた。
「取り敢えず……買い出し、行ってきまーす」
「ふふっ、私も行こうかな~」
「え、いや……俺一人で充分だけど……?」
俺が買い物に行っている間に、陽葵は自分の宿題やら勉強やら済ませるべきことを済ませておけばいい。
合理的な役割分担というやつだ。
俺、間違ってないよな?
そう、思ってるんだけど――――
「えぇ~、良いじゃん良いじゃ~ん」
「あ、ちょ……!?」
陽葵は俺の手を掴むと、そのままノリノリで引っ張っていく。
「ほら、荷物持ちとか出来るしね?」
「うわぁ……【日溜まりの聖女様】に荷物持ちさせたとなりゃ、流石にそろそろ俺宛ての殺害予告が届く日も近いかなぁ……」
そんな俺の嘆きも虚しく、陽葵はマイバッグ片手に俺の手を引いたまま玄関を跨いだのだった――――




