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第11話 傲慢な自己犠牲はもうやめてもいいかもしれない

 放課後。

 俺は相も変わらず小さな教会に立ち寄って、シスターさんが待つ懺悔室へと足を運んでいた――――


「こんにちは、シスターさん」

「おや、その声は子羊くん。ふふ、こんにちは」


 静謐な空間に、シスターさんの柔らかな声が響く。


 もうとっくにここの常連である俺は、姿を見せるまでもなく一声掛けるだけでシスターさんに唯一の『迷える子羊くん』だと認識される。


 今更だが、シスターさんを独占しているように思えて多少の申し訳なさはあれど、やはりそれ以上に妙な優越感があるものだ。


「今日は少しいつもと違いますね?」

「そうですか?」

「えぇ。いつもはただひたすらにうんざりしているような、疲れているような……そんな感じですが……」


 今日は――と、シスターさんは漠然と感じ取った雰囲気を表すのに近い言葉を少し探してから口にした。


「落ち込んでいる……そんな気がします」

「……なるほど」


 どうやら常連の俺がシスターさんに認識されるのは、存在だけではなく、その時々の感情も含まれていたようだ。


 たとえそれが表面上取り繕って隠していたものでも、自分自身ですら感じ取れていなかった感情でも、だ。


「流石はシスターさん、凄いですね。多分、当たってます」


 素直に俺が感心していると、カーテンで覆われた格子状の壁の向こう側から可愛らしい笑い声が聞こえてきた。


「ふふふっ」

「どうやらシスターさんは、俺が落ち込んでいるのが相当嬉しいようですね?」


 まったく、シスターともあろう者が他人の不幸を笑うとはどういう了見だ。


 少し拗ねた口調で言ってみたが、シスターさんは弁明するどころかどこか楽しそうに肯定してきた。


「ええ、久し振りにきちんとした懺悔が聞けそうですからね」


 ……なるほど、そういうことだったか。


 確かにここ最近――というか大半は罪の告白なんてどこへやら、シスターさんと楽しくお喋りに花を咲かせているだけだからな。


 シスターさんとしては、懺悔室のあるべき姿を取り戻せて嬉しいワケだ。


「いや、何で俺が懺悔する前提なんですか?」

「ん~、子羊くんは、他人に何かをされたり言われたりしても傷付きはするけど落ち込みはしないタイプですよね? なので、落ち込んでいるときは恐らく、自分が何かをしてしまったときかなぁ、と。特に、親しい間柄の相手に対して」


 正直、ちょっと怖いくらいに大正解だった。


 タロットカードも水晶も持っていないだろうに、バーナム効果を狙っただけのそこらの下手な占い師より心理を見透かしてきている。


「現場見てたのかって疑いたくなるくらいその通りですね。もしかしてシスターさん、俺と同じ学校だったりします?」


 そんなワケないよな、と思いながら、冗談半分で笑い混じりに言ってみたのだが――――


「へっ――!?」

「ん、シスターさん?」


 どうしたのだろう。

 不意を突かれたような声が漏れたようだった。


「っ、な、何言ってるんですか、もぉう……そんなことあるワケないじゃないですか。第一、私は子羊くんの素顔だって知らないのに」

「ですよねー」


 そう言う割にはちょっと動揺しているように聞こえるような気が……しないでも、ない、けど……うぅん。


 まぁ、気のせいだろう。


 俺がシスターさんに直接会いたいと思いすぎているがゆえに、そうだったらいいなぁ~、と自分の都合の良いように解釈しているに過ぎない。


「じゃあ、まぁ……久し振りに聞いてくれますか、シスターさん。俺のやらかしを」


 尋ねると、シスターさんはいつにも増して慈愛に満ちた……それこそ弱き人々の手を取る聖女様のように温かく優しい口調で答えた。


「えぇ、もちろんですよ」

「ありがとうございます」


 俺は居住まいを正し、一度の深呼吸ののちに口を開いた。


「これは、俺の友人の話なんですけど――」

「――あ、そういうのは結構ですよ?」

「……はい」


 改めて、俺は今日の朝にあった出来事を語った。


 いつもより早く登校したこと。

 幼馴染と鉢合わせたこと。

 昔は仲が良かったその幼馴染と、今は仲良く出来ないこと。


 そして、幼馴染と距離を取るために、冷たい態度を取ったり、心にもないことを言ったりしてしまったこと。


「――はは、ホント馬鹿なことしてますよね、俺。アイツにはバレてるんですよ。俺に関わるとロクなことにならないから、勝手に変な気を回して距離を置こうとしてることも」


 気付かぬ間に、自嘲的に口角が持ち上がっていた。


「でも、それでも……アイツに迷惑は掛けられないから。アイツが近付いてくるって言うなら、それだけ俺は遠ざけていく。それでもしアイツを傷付けることになるんだとしても、俺に関わるよりはマシだから……」


 一通り語り終えると、これまで静かに耳を傾けてくれていたシスターさんが「なるほど」と事の経緯をきちんと理解したように呟いた。


「本来であれば、懺悔室において罪の告白を聞き届けた者が自らの主観で言葉を返したりはしないでしょう」


 ですが――と、シスターさんは少しばかりの茶目っ気を含めて言う。


「私と子羊くんの仲です。シスターさんからの主観に満ちたありがた~い言葉を送りますね。君にだけの、特別サービスですよ?」

「は、はい……」


 ごくり…………


 懺悔室という名の密室。

 シスターさん。

 特別サービス。


 不覚にも変に何かを期待してしまってドキリとしてしまうが、ここが神聖な空間であることを今一度思い出して、煩悩を一旦傍に置いておく。


「子羊くん、君は優しい。えぇ、本当に優しい心の持ち主だと思います。ですが、時として優しさは傲慢とも姿を変える。優しさを向けるのが君に許された権利であるように、その優しさを無用とするのも相手の持ち得る権利」


 シスターさんの声が鼓膜を優しく振るわせる。


 その口から紡がれる言葉の一つ一つが、日陰に刺し込む木漏れ日のようにスッと胸の奥まで染み入ってくるのを感じる。


「君は気付くべきです。君が優しさという名の刃で自身を傷付ける姿を見て、心を痛める人がいるということを。自己犠牲を前提とした優しさなんて、親しい間柄の相手からすれば特に痛ましく感じるでしょう」


 確かに、俺は相手のことを考えているようで、その実何も理解していなかったのかもしれない。


 多くのヘイトを買っている俺に関わることによって受けるかもしれない被害を防ぐために、俺は自分を気に掛けようとしてくれる人の手を振り払ってきた。


 一見それは相手のためとも思えるし、俺自身もそのつもりだったが、その結果相手が望まない状況になっているのであれば本末転倒。


 そんなもの、俺の勝手な気遣いを一方的に押し付けているだけの傲慢に他ならない。


 遠ざけるために冷たくあしらい傷付け。

 自己犠牲に走る俺の姿を見せて傷付け。


 俺は……二重に痛みを与えてしまっていたのかもしれない…………


「君は、もっと君自身を大切にして良いんですよ? 自尊心、承認欲求、自己保身――よく自己中心的とネガティブなニュアンスで用い出されることが多いものですが、同時に失くしてはならない大切な感情です」


 今日贈られるシスターさんの最後の言葉は、多分一生俺の心に残り続けるだろう。


「ふふっ、それでも君は君自身のために行動するのが苦手でしょう。わかっていますよ。ですから、あえて誰かのために動けるようにアドバイスです――」


 シスターさんは一呼吸の間を置いて、俺の湿った大地のような心に温かな陽光を差し込ませた。


「子羊くん、自分を大切にしてみてください。そうすることで嬉しく思う人が、きっといるはずです」


 ほら私とか――と、シスターさんは茶目っ気たっぷりに一言可愛らしく付け加えて、壁越しに俺の背中を少し押してくれた――――

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