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第10話 嫌われ者に関わりたがるとは、さては物好きか?

「司……」

「……はよ、玲美(れみ)


 首だけを振り返らせて反応すると、そこには案の定幼馴染の姿があった。


 空門(そらかど)玲美、一年C組。


 父さんと母さんが離婚するまで住んでいた自宅のご近所さんということもあり、幼稚園も同じところに通っていた幼馴染。


 玲美は小学校から英誠院に通い始めたので、その間は別々の学校に通うことになったが、中学で俺が英誠院に入学してから再会したのだ。


 とはいっても、幼馴染としてプライベートでの付き合いもそこそこあったので、あまり離れ離れだったという認識はなかったが。


 しかし、今や俺は学年一の――否、学園一の嫌われ者。


 片や玲美は、スクールカースト上位の人気者。

 こうやって人を分類するのは好きではないが、わかりやすいのであえて用いさせてもらうなら、陽キャ女子に他ならないだろう。


 見る人が見ればギャルだとも思うかもしれない。


 女子にしては長身で、百六十半ば。

 流石は読者モデルをやっているだけあって、健康的ながら細く引き締まったプロポーション。


 色白で整った顔立ちをしており、アッシュブロンドに染められたセミロングの髪と、大きくて存在感のある榛色の瞳を持っている。


 カースト的にも。

 外見的にも。

 もちろん、性格的にも。


 今の俺と玲美の接点なんて、ないに等しい。


 ……いや、俺の方から消したんだ。



「何でわざわざこんなとこまで……」


 嫌味のつもりはない。

 俺は顔を正面に戻しながら、半分独り言のように呟いた。


 別に返答は期待していなかったが、玲美はスマホを自動販売機にかざして決済したようで、何かの飲み物を拾い上げながら言ってきた。


「……ホットの缶コーヒーはここにしかないって教えてくれたの、司じゃん……」


 どことなく寂しそうな声色に、俺はきちんと心当たりを覚えながらも「そうだっけ」と忘れたことのように呟いて、もう一度コーヒーを口に含んだ。


 ――苦い。


 玲美は無糖か、微糖か。

 どっちだろう。


 ……まぁ、微糖だろうな。

 昔、俺に影響されてコーヒー飲むようになっただけで、本当は苦いの得意じゃないもんな。


 そんな推測をしている間に、玲美もカキャッと缶の蓋を開けてから、中途半端な高さの塀を挟んで俺と点対称の位置で体重を預けた。


 背中合わせでもない、隣合わせでもない、微妙な距離感と立ち位置は、まさしく今の俺と玲美の関係をそのまま形容しているようだった。


「…………」

「…………」

「……あちぃ」

「……相変わらず猫舌?」

「……だな」

「……そ」

「…………」

「…………」


 よかったな、この場に居合わせなくて済んだ人。

 なかなかに気まずいぞ、コレ。


 缶コーヒーを揺らした感じ、残す内容量は半分ほど。


 俺は自分の猫舌を恨みながら、三口ほどに分けはしたが手早く飲み干した。


「よっと」


 塀を回り込み、自動販売機の隣に置かれているゴミ箱の『カン』と記された穴に空き缶を滑り込ませた。


 ガシャン……と、ゴミ箱に溜まった缶が跳ねる音を背中に聞きながら、この場を去ろうと歩き出す。


 すると――――


「あっ……」


 何故か玲美も慌てたように缶を大きく傾けて飲み干し、俺に追い付くように小走りで駆けてきて、隣に並んで歩き出した。


「つ、司……」

「ん~?」

「ウチに何か言うこと、あるよね?」

「いや……ないと思うけど」

「……ウチ聞いてなかった。司パパが再婚することも、また引っ越しすることも」


 果たしてその情報を誰から聞いたのか。

 多分、ご近所さん時代から仲が良かった父さんが、玲美の父親(オジサン)に話していたのだろう。


 それをつい最近玲美は聞かされた、といったところか。


 オジサンが「そう言えば――」と何気なく話して、初耳だった玲美と「司くんから聞かされてなかった?」みたいな流れになったであろうことが、容易に想像出来た。


「まるでお前に報告しないといけなかったみたいな言い草だな」


 俺は自分の歩幅を崩さず歩く。

 玲美からすればやや速い歩調に感じられるだろうか、それでも隣に引っ付いてくる。


「……言い方、冷たいんだけど」

「はぁ、そう感じるなら何でついてくるんだよ……? どうして冷たくされてるのかを考えてくれ」

「ウチのことが嫌いになったから?」

「……よくわかってるじゃん。だから――」


 ――嘘。


 と、一言。


 玲美は一度自分で口にし、俺に丸付けされた回答を否定した。


 渡り廊下の真ん中辺りで玲美が立ち止まったので、俺もつられて足を止めてしまった。


 別に、コイツの話に付き合いう必要なんてないのに。


「自分の傍にいると迷惑を掛ける――どうせ、そんなこと考えて遠ざけようとしてるんでしょ?」

「…………」


 ……本当に、俺のことをよくわかってる。


 もちろん、それが理由のすべてだとは言わない。


 優しくされても、優しさを返せない。

 俺自身、精神的に誰かを大切にするような余裕がないということもある。


 加えて、学園のあちこちからヘイトを買っている俺と関われば、順調に学校生活を送っている玲美にとばっちりが行くかもしれない。


 玲美が今の俺に関わるメリットは、一切存在しない。


「それ、マジで余計なお世話だから……ウチが誰の近くにいるかはウチが決める。司にだって文句は言わせない」

「その理屈なら、俺がお前を遠ざけることも俺の意思でそうしてるんだから、誰にも文句を言われる筋合いはないワケだ」


 玲美が口にした理屈だ。

 それをそのまま返して否定はさせない。


 だが――――


「そうだね」


 玲美は言葉を詰まらせるどころか、あっさり肯定した。


「遠ざけられた分、またウチから近付けばいいだけだし」


 温かくて、優しくて、真っ直ぐな感情。

 今はそんな思いが特に、胸の奥をズキリと痛みで突き刺してくる。


「……いや、そういう問題じゃ――」


「――あっ、玲美じゃない?」

「ホントだ~! お~い、玲美ぃ~!」


 口を開こうとした瞬間、俺の背後――本校舎側から二人の女子の声が飛んできた。


 玲美の友人で間違いないだろう。

 玲美と同じくお洒落に気を遣っていて、垢抜けた雰囲気の二人が駆け寄ってくる。


 駆け足で俺を追い越した一人は玲美の腕に抱き付き、もう一人は「すぐに抱き付くクセ辞めなって」と傍に立って注意していた。


「誰と話してたの――って、ちょ……」

「わぁ~、よく見たら諸星司じゃ~ん」


 玲美から視線を俺に移した二人共から、歓迎していないオーラが発せられる。


「玲美、コイツは止めとけって言ってるよね?」

「そだよ~、れみれみぃ~。何されるかわかんないよぉ? ナニされるか~」


 オジサンみたいなこと言ってんじゃねえよ、とツッコミを入れたくなったが、流石にノリノリで突っ込めるほどの信頼関係はない。


 ないどころか、マイナスに振り切ってるまである。


「あ、いやでも……話があって……」

「コイツと話すことなんかないって……!」


 俺に対してはともかく、友人は本気で玲美のことを心配しているようだった。


 有無を言わさないような態度ではあるが、そこまでしてでも嫌われ者の俺と一緒にいさせたくないのだろう。


「アンタもさぁ、ゴメンけどもう玲美に関わんないでくんない? 幼馴染なのは聞いてるけど、ぶっちゃけアンタと関わってアタシらに良いこと何にもないんだわぁ」


 アタシら――と主語が大きくなったのは、それだけ玲美を含めた今の友達の輪(グループ)を大切に思っているからだろう。


 玲美は良い友人に恵まれてるな。

 ちょっと気の強そうなところが玉に(きず)だけど。


 俺は玲美の友人からの拒絶の視線をしばらく受け止めてから、視線を逸らす。


 不敵に口角を持ち上げてムカつかせるオプションもつけておこう。


「へいへい、そりゃ悪うござんした~」


 身を翻して再び歩き出すと、背中越しに「はぁ、何アイツ……!?」「きも~い」といった声が聞こえてきたが、それでいい。


 こうして玲美を大切に思う連中のヘイトを買っておけば、無駄に玲美が俺に近付こうとするのを勝手に防いでくれるだろう。


 ……別に俺は、一人中二病を拗らせて悪役ムーブに酔っているわけではない。


 ただ、本当に。

 ひねくれきった心には、純粋な優しさが酷く辛いものに感じられるのだ。


 辛いものから逃げる。

 ただ、それだけのためなのだ――――

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