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トンネルを抜けたその先は

作者: ウォーカー
掲載日:2026/01/25

 トンネルを抜けると、そこは本当の異世界だった。


 その男は、北へ向かう電車の中で揺られていた。

北国にある実家に帰省するためだった。

「まだ時間がかかるな。」

男は開いていた文庫本を閉じて、ウトウトとまどろんでいた。

電車はトンネルに入り、窓の外は真っ暗になった。

長い長い暗闇の後、電車はトンネルを抜ける。

するとそこには、真っ白な雪景色が広がっていた。

雪景色の明るさに、その男は目蓋を薄っすらと開けた。

そして、窓の外に広がっている光景を見て、声を上げそうになった。

雪に埋もれた景色の中で、雪だるまが歩いている。

それも一つや二つではない。

たくさんの雪だるまが行列を作って行進しているのだ。

「どうしたんだ?ここはどこだ?」

電車の中を見渡すと、他の乗客はいつの間にか消えていた。

今この電車に乗っているのは、その男一人っきり。

外ではこの世のものとは思えない光景が広がっていた。

やがて電車はその男の目的地である、終点にたどり着いた。

電車のドアが開けられ、雪国の冷気が車内に入り込んでくる。

電車は動かず、まるでその男が降りるのを待っているようだ。

「降りるしかないのか?」

考えた末、その男は電車を降りることにした。


 その男が電車を降りるのを待っていたように、

電車のドアが閉まって、電車は動き出していった。

駅に残されたその男は、駅の様子を伺った。

終点であるその駅には誰の姿もない。

元より、こんな田舎の駅で降りる人も少ないのだが、

今日は駅員の姿すら見当たらない。と思ったら、いた。

真っ白な雪の塊、雪だるまが駅員の帽子を被って佇んでいた。

「お客様、改札はこちらです。」

「あ、ああ・・・」

その男は二の句が継げず、雪だるまの駅員の言う通りに切符を渡した。

それだけでは何なので、一言聞いてみる。

「どうしてあなたは雪だるまを被っているのですか?」

すると雪だるまの駅員は答えた。

「今日はおまつりの日だからですよ。」

「お祭り?こんな雪の時期に?」

「ええ。雪まつりです。」

「うちの地方にそんな祭りがあったかな。」

「昔からありますよ。」

「そうか。あまり帰省しなかったから、気が付かなかったのかな。」

「ええ、早く御実家に顔を出して差し上げなさい。」

「それはどうも。」

その男は雪だるまの駅員に背中を押されるようにして、駅を出た。


 その男の実家は、駅からさらにバスで1時間ほどのところにある。

駅から実家へ向かうバス停に向かうと、そこでもまたあれが並んでいた。

雪だるまだ。

雪だるまを被った人たちが、バス停に並んでいるのだ。

その男もおずおずと後ろに並ぶ。

雪だるまの格好をしていないその男の方が、周囲の人たちの注目をひいていた。

その男はこっそりと雪だるまを被った人たちの様子を確認した。

みんな大きな雪玉を身にまとっている。

雪玉は2つだったり、3つだったり、数は様々。

だけれども、誰も体の一部たりとも外へ露出していない。

手も足も見えない。

これではまるで、本当に雪だるまが立っているかのようだ。

すると、考えを見透かされたように、並んでいる雪だるまに声をかけられた。

「あなたもすぐにこうなりますよ。」

「何がです?」

「おまつりですよ。」

言ってる意味がわからないので、その男は曖昧に頷いておいた。

やがて、乗るべきバスがやってきた。


 バスの中は、電車と違って、凍えるような寒さだった。

それもそのはず。

その男以外の乗員、乗客は全てが雪だるまだったから。

これでは冷凍庫に入っているようなものだ。

ガチガチと奥歯を鳴らしているその男を差し置いて、

雪だるまたちは快適そうにバスの座席に収まっていた。

窓の外を見ると、子供の雪だるまたちが雪合戦をしていた。

逆側を見ると、雪だるまたちの行進が続いている。

「今年も行列が見事だねぇ。」

老婆らしい雪だるまが、窓の外を見てそんな事を言っている。

しかしその男は普段、この時期にあまり帰省していなかったので、

これが本当に祭りなのか、判断がつかなかった。

祭りにしてしても、雪だるまが精巧すぎる。

手足もなく、どうやって歩いているのかと足元を見てみると、

雪だるまたちは雪玉を転がすようにして移動していた。

「体の中はどうなってるんだ?」

その男の疑問に答えは出ない。

中に人が入っているとはとても思えない。

まるで雪だるまが自分で動き出しているようだ。

動く雪だるまとは何者なのだろう。

そう考えると急に、バスの車内が恐ろしく思えてきた。

「ここに乗っている雪だるまたちは何者なんだ?」

そんな疑問はもちろん口に出すことはできない。

こんな狭いバスの中で雪だるまたちに囲まれてしまったら、

どこにも逃げられないから。

自分だけが異質だと、決して悟られてはならない。

しかしその男の心の中を透かして見ているかのように、

バスに乗っている雪だるまたちは一斉にその男の方を向いていた。

その男は冷や汗をたらりと流すと、

窓の外を見て視線に気が付かないふりをしていた。


 バスは山道を進み、その男の実家に近い停留所に止まった。

バスはその男を吐き出し、また山道を進んでいった。

「ふぅ、助かった。あのまま凍えるかと思った。」

その男は凍えた体で身支度を整えた。

実家へはここから歩いて15分くらいのところにある。

その間、目印になるものがなく、いつも迷いかけるのだが、今回は違った。

誰が作ったのか、雪で作られた灯籠が、道を照らしていた。

「これ、うちまで続いてるのか?」

両親が息子が迷わぬように用意したのだろうか?

そんなわけはない。ありえない。では誰が?

すると、今来たバス通りに、雪だるまの行進がやってきた。

雪だるまたちは、雪の灯籠の間を通っていく。

「なるほど、お祭りのためのものだったのか。」

その男は合点がいった。

では実家へ向かおうと、雪だるまの行列の横をついていった。


 雪が積もった林の中に、その男の実家が見えてきた。

そして、家の門が開いた時、その男は心臓が止まるかと思った。

家から出てきたその男の両親も、雪だるまの姿をしていた。

「おかえりなさい!遠かったでしょう?」

「まったく、もっと頻繁に顔を出さんか。母さんが寂しがってたぞ。」

その男の両親は、自身の姿に特に言及すること無く、息子を歓迎した。

だが息子の方はそうではない。

まるでこの世の事とは思えないと、両親に話しかけた。

「父さん、母さん、どうして?その姿はどうしたんだ?」

「どうしたんだって、おまつりだよ。」

「お前は滅多に帰省しなかったから、知らなかったのね。」

「この時期には、この村の人たちが行進するんだよ。

 村の人たちが再び顔を合わせるためにな。

 お前も行列くらいは見てきただろう?」

「あ、ああ。」

「わたしたちも夜には行列に参加しますからね。

 それまで、家の中でゆっくりしていきなさい。」

断るのも名残惜しい。

その男は雪だるま姿の両親につれられて、久しぶりに実家の敷居をまたいだ。


 久しぶりの実家は、温かく優しい場所であった。

両親が雪だるまを被っているせいで少し寒いが、

両親は自身の雪だるまが溶けるのも構わず、温かい鍋を用意してくれた。

だが雪だるまが溶けるのを避けるためか、両親は鍋を口にはしなかった。

「向こうでの生活はうまくいっているか?」

「何か困ったことはないかい。」

「うん、今のところは何とも無いかな。」

「友達とはどうだ?」

「友達なんて元々ほとんどいないって、父さんも知ってるだろう。」

「それはそうだが、友達は大事にしなさい。」

「そうですよ。人間、一人では生きていけませんからね。」

両親はいつものように、心配しているのか小言ばかり。

しかしそれがその男にはひどく懐かしかった。


 やがて夜がやってきて、その男の両親は外出の準備をした。

「それじゃあ、わたしたちは行進に参加してきますからね。」

「お前は見物でもしていくといい。達者でな。」

そうして外に出ると、外は夜の闇で真っ暗。

その中に雪で出来た灯籠の明かりが灯り、

明かりに従ってたくさんの雪だるまたちが行進していた。

「父さん、母さん、いってらっしゃい。」

事情を理解したその男は、行進に加わろうとする両親に、

軽く手を振って送り出した。

一度、雪だるまの行列に混じると、もう誰が誰だかわからない。

雪の灯籠にぼんやりと照らされた雪だるまたちは、

ゆっくりと雪の上を転がっていった。

それがどこへ向かうのか、その男にはわかるような気がした。


 朝になって、その男は実家の自室で目を覚ました。

暖房も入れていなかったので、家が凍るように寒い。

もしや雪だるま姿の両親が帰ってくるかと期待してそうしたが、

どうやらそれは無駄だったようだ。

家の中はその男一人っきり。

家の外に出ると、雪だるまの行進も、雪の灯籠も、全てが溶けて消えていた。

お祭りの雪だるまや灯籠が、たった一晩で音もなく消えてしまうのは妙だ。

しかし、それよりももっとおかしいのは、

その男の両親は、昨夏に揃って他界しているということだ。

今回の帰省でその男は、両親が亡くなった実家の整理をするつもりだった。

しかし、そこには雪だるま姿の両親がいて、その男を迎えてくれた。

では、両親としてその男を迎えてくれた雪だるまたちは誰だったのか。

手の込んだいたずらだったのだろうか?いや、そうは思えない。

いくらか話したところ、両親以外には感じられなかった。

だからきっとあの雪だるまたちの中身は、本当にその男の両親だったのだろう。

例え生身ではなくても、雪だるまの中がどんな姿だったとしても、

亡くなった両親と再び出会えたのは嬉しかった。

だからその男にはわかる気がする。

それが彼らの言っていたおまつりなのだ。起きるはずがないことが起こるお祭り。

そして雪だるまの行進の行く先に、いつか自分も行くことになるだろう。

村を歩いても、もう雪だるまの行列は跡形もなくなっていた。

数少ない村人たちが、何も知らずに毎日を過ごしているだけだ。

家の戸締まりをして、バスに乗る。

もちろん、運転手も数少ない乗客も、ただの人だ。

そして駅につき、改札にいる駅員もただの人。

やはりおまつりは昨晩で終わったのだ。

もしかしたら、来年も雪の時期に帰省すれば両親に逢えるだろうか。

その男はそんな期待を胸に、今は実家の整理はせず、電車に乗り込んだ。

トンネルの先では、現実がその男を待っている。

再びトンネルを通れば、あの雪の異世界に来られるだろうか。

きっと来られるはず。その男はそう確信している。

雪だるまのおまつりで、今度こそ両親とゆっくり話をしよう。

その男がそんなことを考えている間に、

電車は真っ黒なトンネルへと入って、現実へと帰っていった。



終わり。


 寒い寒い雪の季節になったので、雪の話にしました。


都市部ではあまり雪は降りませんが、

幼少の頃、雪だるまを見た時、

まるで化け物のように怖かったのを覚えています。

雪だるまは顔はおどろおどろしく、中身も見えないからです。

もしその中身に、この世にいてはいけない人間が入っていたら。

姿を隠してでも、亡くなった人と話ができるなら、

それはきっと幸せなことだろう。

それがこの雪だるままつりの意味です。


お読み頂きありがとうございました。


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