トンネルを抜けたその先は
トンネルを抜けると、そこは本当の異世界だった。
その男は、北へ向かう電車の中で揺られていた。
北国にある実家に帰省するためだった。
「まだ時間がかかるな。」
男は開いていた文庫本を閉じて、ウトウトとまどろんでいた。
電車はトンネルに入り、窓の外は真っ暗になった。
長い長い暗闇の後、電車はトンネルを抜ける。
するとそこには、真っ白な雪景色が広がっていた。
雪景色の明るさに、その男は目蓋を薄っすらと開けた。
そして、窓の外に広がっている光景を見て、声を上げそうになった。
雪に埋もれた景色の中で、雪だるまが歩いている。
それも一つや二つではない。
たくさんの雪だるまが行列を作って行進しているのだ。
「どうしたんだ?ここはどこだ?」
電車の中を見渡すと、他の乗客はいつの間にか消えていた。
今この電車に乗っているのは、その男一人っきり。
外ではこの世のものとは思えない光景が広がっていた。
やがて電車はその男の目的地である、終点にたどり着いた。
電車のドアが開けられ、雪国の冷気が車内に入り込んでくる。
電車は動かず、まるでその男が降りるのを待っているようだ。
「降りるしかないのか?」
考えた末、その男は電車を降りることにした。
その男が電車を降りるのを待っていたように、
電車のドアが閉まって、電車は動き出していった。
駅に残されたその男は、駅の様子を伺った。
終点であるその駅には誰の姿もない。
元より、こんな田舎の駅で降りる人も少ないのだが、
今日は駅員の姿すら見当たらない。と思ったら、いた。
真っ白な雪の塊、雪だるまが駅員の帽子を被って佇んでいた。
「お客様、改札はこちらです。」
「あ、ああ・・・」
その男は二の句が継げず、雪だるまの駅員の言う通りに切符を渡した。
それだけでは何なので、一言聞いてみる。
「どうしてあなたは雪だるまを被っているのですか?」
すると雪だるまの駅員は答えた。
「今日はおまつりの日だからですよ。」
「お祭り?こんな雪の時期に?」
「ええ。雪まつりです。」
「うちの地方にそんな祭りがあったかな。」
「昔からありますよ。」
「そうか。あまり帰省しなかったから、気が付かなかったのかな。」
「ええ、早く御実家に顔を出して差し上げなさい。」
「それはどうも。」
その男は雪だるまの駅員に背中を押されるようにして、駅を出た。
その男の実家は、駅からさらにバスで1時間ほどのところにある。
駅から実家へ向かうバス停に向かうと、そこでもまたあれが並んでいた。
雪だるまだ。
雪だるまを被った人たちが、バス停に並んでいるのだ。
その男もおずおずと後ろに並ぶ。
雪だるまの格好をしていないその男の方が、周囲の人たちの注目をひいていた。
その男はこっそりと雪だるまを被った人たちの様子を確認した。
みんな大きな雪玉を身にまとっている。
雪玉は2つだったり、3つだったり、数は様々。
だけれども、誰も体の一部たりとも外へ露出していない。
手も足も見えない。
これではまるで、本当に雪だるまが立っているかのようだ。
すると、考えを見透かされたように、並んでいる雪だるまに声をかけられた。
「あなたもすぐにこうなりますよ。」
「何がです?」
「おまつりですよ。」
言ってる意味がわからないので、その男は曖昧に頷いておいた。
やがて、乗るべきバスがやってきた。
バスの中は、電車と違って、凍えるような寒さだった。
それもそのはず。
その男以外の乗員、乗客は全てが雪だるまだったから。
これでは冷凍庫に入っているようなものだ。
ガチガチと奥歯を鳴らしているその男を差し置いて、
雪だるまたちは快適そうにバスの座席に収まっていた。
窓の外を見ると、子供の雪だるまたちが雪合戦をしていた。
逆側を見ると、雪だるまたちの行進が続いている。
「今年も行列が見事だねぇ。」
老婆らしい雪だるまが、窓の外を見てそんな事を言っている。
しかしその男は普段、この時期にあまり帰省していなかったので、
これが本当に祭りなのか、判断がつかなかった。
祭りにしてしても、雪だるまが精巧すぎる。
手足もなく、どうやって歩いているのかと足元を見てみると、
雪だるまたちは雪玉を転がすようにして移動していた。
「体の中はどうなってるんだ?」
その男の疑問に答えは出ない。
中に人が入っているとはとても思えない。
まるで雪だるまが自分で動き出しているようだ。
動く雪だるまとは何者なのだろう。
そう考えると急に、バスの車内が恐ろしく思えてきた。
「ここに乗っている雪だるまたちは何者なんだ?」
そんな疑問はもちろん口に出すことはできない。
こんな狭いバスの中で雪だるまたちに囲まれてしまったら、
どこにも逃げられないから。
自分だけが異質だと、決して悟られてはならない。
しかしその男の心の中を透かして見ているかのように、
バスに乗っている雪だるまたちは一斉にその男の方を向いていた。
その男は冷や汗をたらりと流すと、
窓の外を見て視線に気が付かないふりをしていた。
バスは山道を進み、その男の実家に近い停留所に止まった。
バスはその男を吐き出し、また山道を進んでいった。
「ふぅ、助かった。あのまま凍えるかと思った。」
その男は凍えた体で身支度を整えた。
実家へはここから歩いて15分くらいのところにある。
その間、目印になるものがなく、いつも迷いかけるのだが、今回は違った。
誰が作ったのか、雪で作られた灯籠が、道を照らしていた。
「これ、うちまで続いてるのか?」
両親が息子が迷わぬように用意したのだろうか?
そんなわけはない。ありえない。では誰が?
すると、今来たバス通りに、雪だるまの行進がやってきた。
雪だるまたちは、雪の灯籠の間を通っていく。
「なるほど、お祭りのためのものだったのか。」
その男は合点がいった。
では実家へ向かおうと、雪だるまの行列の横をついていった。
雪が積もった林の中に、その男の実家が見えてきた。
そして、家の門が開いた時、その男は心臓が止まるかと思った。
家から出てきたその男の両親も、雪だるまの姿をしていた。
「おかえりなさい!遠かったでしょう?」
「まったく、もっと頻繁に顔を出さんか。母さんが寂しがってたぞ。」
その男の両親は、自身の姿に特に言及すること無く、息子を歓迎した。
だが息子の方はそうではない。
まるでこの世の事とは思えないと、両親に話しかけた。
「父さん、母さん、どうして?その姿はどうしたんだ?」
「どうしたんだって、おまつりだよ。」
「お前は滅多に帰省しなかったから、知らなかったのね。」
「この時期には、この村の人たちが行進するんだよ。
村の人たちが再び顔を合わせるためにな。
お前も行列くらいは見てきただろう?」
「あ、ああ。」
「わたしたちも夜には行列に参加しますからね。
それまで、家の中でゆっくりしていきなさい。」
断るのも名残惜しい。
その男は雪だるま姿の両親につれられて、久しぶりに実家の敷居をまたいだ。
久しぶりの実家は、温かく優しい場所であった。
両親が雪だるまを被っているせいで少し寒いが、
両親は自身の雪だるまが溶けるのも構わず、温かい鍋を用意してくれた。
だが雪だるまが溶けるのを避けるためか、両親は鍋を口にはしなかった。
「向こうでの生活はうまくいっているか?」
「何か困ったことはないかい。」
「うん、今のところは何とも無いかな。」
「友達とはどうだ?」
「友達なんて元々ほとんどいないって、父さんも知ってるだろう。」
「それはそうだが、友達は大事にしなさい。」
「そうですよ。人間、一人では生きていけませんからね。」
両親はいつものように、心配しているのか小言ばかり。
しかしそれがその男にはひどく懐かしかった。
やがて夜がやってきて、その男の両親は外出の準備をした。
「それじゃあ、わたしたちは行進に参加してきますからね。」
「お前は見物でもしていくといい。達者でな。」
そうして外に出ると、外は夜の闇で真っ暗。
その中に雪で出来た灯籠の明かりが灯り、
明かりに従ってたくさんの雪だるまたちが行進していた。
「父さん、母さん、いってらっしゃい。」
事情を理解したその男は、行進に加わろうとする両親に、
軽く手を振って送り出した。
一度、雪だるまの行列に混じると、もう誰が誰だかわからない。
雪の灯籠にぼんやりと照らされた雪だるまたちは、
ゆっくりと雪の上を転がっていった。
それがどこへ向かうのか、その男にはわかるような気がした。
朝になって、その男は実家の自室で目を覚ました。
暖房も入れていなかったので、家が凍るように寒い。
もしや雪だるま姿の両親が帰ってくるかと期待してそうしたが、
どうやらそれは無駄だったようだ。
家の中はその男一人っきり。
家の外に出ると、雪だるまの行進も、雪の灯籠も、全てが溶けて消えていた。
お祭りの雪だるまや灯籠が、たった一晩で音もなく消えてしまうのは妙だ。
しかし、それよりももっとおかしいのは、
その男の両親は、昨夏に揃って他界しているということだ。
今回の帰省でその男は、両親が亡くなった実家の整理をするつもりだった。
しかし、そこには雪だるま姿の両親がいて、その男を迎えてくれた。
では、両親としてその男を迎えてくれた雪だるまたちは誰だったのか。
手の込んだいたずらだったのだろうか?いや、そうは思えない。
いくらか話したところ、両親以外には感じられなかった。
だからきっとあの雪だるまたちの中身は、本当にその男の両親だったのだろう。
例え生身ではなくても、雪だるまの中がどんな姿だったとしても、
亡くなった両親と再び出会えたのは嬉しかった。
だからその男にはわかる気がする。
それが彼らの言っていたおまつりなのだ。起きるはずがないことが起こるお祭り。
そして雪だるまの行進の行く先に、いつか自分も行くことになるだろう。
村を歩いても、もう雪だるまの行列は跡形もなくなっていた。
数少ない村人たちが、何も知らずに毎日を過ごしているだけだ。
家の戸締まりをして、バスに乗る。
もちろん、運転手も数少ない乗客も、ただの人だ。
そして駅につき、改札にいる駅員もただの人。
やはりおまつりは昨晩で終わったのだ。
もしかしたら、来年も雪の時期に帰省すれば両親に逢えるだろうか。
その男はそんな期待を胸に、今は実家の整理はせず、電車に乗り込んだ。
トンネルの先では、現実がその男を待っている。
再びトンネルを通れば、あの雪の異世界に来られるだろうか。
きっと来られるはず。その男はそう確信している。
雪だるまのおまつりで、今度こそ両親とゆっくり話をしよう。
その男がそんなことを考えている間に、
電車は真っ黒なトンネルへと入って、現実へと帰っていった。
終わり。
寒い寒い雪の季節になったので、雪の話にしました。
都市部ではあまり雪は降りませんが、
幼少の頃、雪だるまを見た時、
まるで化け物のように怖かったのを覚えています。
雪だるまは顔はおどろおどろしく、中身も見えないからです。
もしその中身に、この世にいてはいけない人間が入っていたら。
姿を隠してでも、亡くなった人と話ができるなら、
それはきっと幸せなことだろう。
それがこの雪だるままつりの意味です。
お読み頂きありがとうございました。




