4. 青に落ちる
背の高い男性が足早に教室に入ってきた。魔法理論学のゴンズリー先生だ。
「遅くなって悪かったな。新学年オリエンテーションを始める」
ゴンズリー先生は魔法理論学の他に、中等部向けの魔法学概論や実践魔法学も担当していて、3年生全員にとってなじみのある先生だった。
彼は学園長と副学園長以外には一切敬語を使わないという、極端ともいえる共存派だ。リュカにとって色々とありがたい存在でもある。
「まずは転校生の紹介からだ。みんな朝から驚くことが多かったと思うが、まだあるぞ。なんと、転校生は全部で三人だ」
あちこちから驚きの声が上がる中、二人の男子生徒が教室に入ってきた。先頭にいるのは、先日会った黒髪の少年だ。
(本当に同級生だったんだ・・・)
改めて見ると、そもそも黒髪に青い瞳という組み合わせが珍しいうえ、目の色がとても特徴的だった。
ぱっと見は、空と海の境目のような淡い青。けれど目を凝らすと、その色は中央に近づくにつれて深まっていき、いちばん奥には思いがけず暗い紺をたたえている。
空のような、海のようなーーどちらともつかない、不思議な青の瞳。たしか、マナという島国の人間に特有のものだったはずだ。
二人の転校生が横に並ぶと、ゴンズリー先生は再び話し始めた。
それにしても、周囲がやけに騒がしい気がする。
「じゃあ転校生を紹介するぞ。
まずは、そっちに座っているのが、ノーア王室から来たノーヘインだ。ランクはD。まぁ学園の生徒同士、対等にな」
先生のなかなか雑な紹介に、苦笑したり、何か言いたそうに口を開きかける者もいたが、さすがに声を上げる者はいなかった。
王女は口元こそ微笑んでいるが、内心はどうかわからない。
王女のランクが意外と普通だったこともあって、リュカはほんの少し、溜飲が下がる思いがした。いくら王族として最高級の教育を受けているとはいえ、実戦での戦闘能力はまた別なのかもしれない。
「・・・で、次だが。
こちらは少し驚くかもしれないぞ」
次に紹介されるのはあの黒髪の少年のようだが、ゴンズリー先生がわざわざ前置きをするなんて珍しい。心なしか、先生がうれしそうに見えるのは気のせいだろうか。
「こっちは、マナから来たイールワードだ。あの、イールワード家・・・英雄バルダシル様の孫にあたる」
それを聞いてなるほど、と思った。周囲のざわめきの大きさにも納得だ。
極端な共存派で生徒をみな平等に扱うゴンズリー先生の、唯一の弱点が強いヤツである。バトルマニアである先生は、突出した強さを持つ生徒を見ると、無自覚にテンションが上がってしまうのだ。
しかもバルダシル・イールワードといえば、長く続いた魔族と人間の戦争を終わらせたという、人間族の英雄だ。当時のノーア国王が感謝を込めて名誉爵位を贈っており、王国でも大変人気がある。
わざわざ様付けで呼ぶあたり、先生も熱心なファンなのだろう。こらえきれずに「やっぱり!」「あの、イールワード家の・・・!」と叫んでいる生徒もいる。
「ランクは―― Aランク。転入早々特別生だ!」
(・・・えっ、待って。Aランク?)
すごい家の人が来たな、と一歩引いて聞いていた意識が、一気に引き戻された。
(同級生なのに・・・最初からAランク?)
冷水を浴びせられたような感覚。
自分が必死になってつかみ取ったものを、いとも簡単に手にする他人への、薄暗い感情。
あの先輩や周りの生徒達も、リュカが特別生になった時、こんな気持ちになったのだろうか。
「イールワード、一言自己紹介したら、席に着いてくれ。フルネームと、あと趣味とかな」
ざわめいていた教室が静まり返る。
英雄の子孫。突然現れた人間の特別生。そんな彼が何を言うのかという、期待に満ちた沈黙だ。
「アラン・イールワードだ。趣味は鍛錬と読書。よろしく」
・・・あまりにも簡潔で味気ない自己紹介に、教室が別の意味で静寂に包まれる。
静寂をもたらした当の本人は、表情の読めない瞳で教室内を見渡した。暗黙の分断ーー教壇から見て右前方に固まるノーア貴族達と、左後方に座る平民・外国人・異種族達。その構図を確認したようにも見える。
そうして、静寂など意に介さない様子で歩き始め、右側最後列の席に腰を下ろした。どちらのグループからも絶妙に距離のある席だ。
(これは・・・えーと、面倒な分断に付き合う気はない、みたいなこと?)
少々荒んだ気持ちになりつつ、彼から目を離せないでいると、視線に気づいたのか、ふとその青い瞳がリュカを捉えた。
(・・・?)
リュカと目が合ったことに気づいた彼は、かすかに首を傾げるような仕草の後、そっと目礼してみせた。
思いがけず穏やかな視線に驚き、以前廊下で会った時の彼の雰囲気を思い出した。言葉少なだが、拒絶的ではないあの感じだ。
(この前会ったね、みたいなことかな・・・)
リュカが反射的に目礼を返すと、彼はコクリと頷いて視線を前に向けた。ほんのわずかだが、口角が上がったように見えたのは気のせいだろうか。
その様子に、なんだか胸にこみ上げてくるものがある。
(えっ、何あれ、可愛い・・・)
人はあまりにも簡単に恋に落ちるのだと、思い知った瞬間だった。
描きたかったシーンがまずは一つ書けました。
ふと目が合うのって、恋愛的にはすごく破壊力高いと思います。




