3. 「ノーヘインさん」
中等部3年の教室に向かう途中、リュカは先ほど話しそびれた友人に声をかけた。
「レイ!」
「リュカ。さっきの挨拶聞いたよね、かなりヤバいのが来たよ・・・あの王女、異種族への統制を強めに来たんだ・・・」
「やっぱりそうなんだね。くそー・・・私が特別生になったことと関係あるよね?」
「そうだろうね・・・」
レイと呼ばれた少女は、そう言って顔をしかめた。
彼女はリュカのクラスメイトで、精霊という種族だ。焦茶色の髪と目はノーア人にもよくある特徴で、尖った長い耳だけが彼女が「異種族」であることを主張している。
だが、風魔法をまとって空の上で生育するという珍樹「天空の樹」の精霊である彼女は、人間離れした高い魔力量と緻密な魔法制御力を持ち、何より種族特有の色々な特技を持っている。
「最近、低学年で特別生になるのって異種族ばかりだし、ノーア人なんてほとんど卒業年次の先輩達だけじゃない?数はいるけど質はイマイチだとか、ノーア貴族としての責任を果たせとか、職員室で先生方に上品に圧をかけてたよ」
その特技の一つが、風魔法と使い魔による情報収集だ。
リュカが盗み聞きはどうなの?と本人に問うてみたところ、「本当に隠したい情報は魔法で防御すべき」との答えだった。精霊達にとっては常識だそうだ。もちろん、今の会話もレイが魔法で防御している。
学園でも、教師達の職員室や研究施設などには高度な防御魔法がかけられており、例えば研究資料や機密事項、テスト問題などはしっかりと魔法で隠されている。
ただ、守り方にも程度があって、建物や大切なものを守る防御魔法であれば何重にも強固な常時発動型の魔法がかけられているが、日常的な職員室の会話程度であれば一人の教師による簡易な音の遮断魔法で済まされてしまったりする。
そして、その魔法さえ持ち前の高魔力・緻密な魔法制御力ですり抜けてしまえば、会話の内容はすべて聞き取れるというわけだ。
「上品な圧、ね・・・これまで王家は学園に対してだけは寛容というか、内部のことに干渉してこなかったのにな。突然王女を送り込んできて、それかぁ・・・」
この学園の創設者であるアルダーワース侯爵は、当時のノーア国王の親友だったらしい。現代では世界的に「魔法教育の基礎を作った、魔法教育の父」と讃えられる偉大な魔法使いである。
当時は人間と魔族の対立もなく、ノーア王国もまだ異種族と共存する平和な国だったという。その後ノーア王国が魔族との争いを経て、人間第一主義を掲げるようになってからも、学園でだけは創設者の理念ーーあらゆる身分・国籍・種族の平等が守り続けられてきた。
「学園長先生は?」
「あの場にはいなかったよ。学園長の前で王女はどう出るかなぁ・・・」
学園では代々創設者の子孫が学園長を務めていて、現在はアルダーワース侯爵家当主のウィラード・アルダーワースが学園長を務めている。学園の理念を守る、極めて穏やかで公平な人物だ。
「あと、話をする前に、副学園長が外国人とノーア人の平民、異種族の先生を部屋から追い出してた」
「うわぁ・・・」
学園には、偏りこそあるものの、さまざまな身分・国籍・種族の教師が在籍している。教師達は職位によって区別はされるが、同じ職位の教師同士なら平等のはずである。
「つまりノーア貴族だけ集めて話をしたと・・・」
「じゃあ別室で会議でもしろよ、って感じだよね。
あ〜・・・あの感じは絶対めんどくさいよ・・・ほら、見てあれ」
レイが示した方を見ると、教室の中で王女を中心に、ノーア貴族の生徒達が談笑していた。外国人、平民、異種族は教室の反対側に集まっており、見事にグループが分かれている。
「殿下にこうしてお会いできるなんて光栄です」
「そう言ってもらえてうれしいです。ワーデル伯爵令息。あなたのお父様、ワーデル伯爵にはいつもお世話になっています。この学園に身を置く以上、わたくしも一人の学徒ですから、どうぞ名前で呼んでくださいね」
「ありがとうございます、ユミア様」
彼らのやり取りは、ノーア貴族としては間違っていない。王女と貴族令息がある程度対等に話してもよい場なら、このくらいの距離感が適切なのだろう。
しかし・・・学園では、そうではなかったはずだ。
「・・・ノーヘインさん」
リュカが王女にそう呼びかけた時、完全に空気が凍りついた。
一拍遅れて、王女の周りにいる生徒達が一斉に顔色を変えた。
「エ、エリュアール、貴様、頭がおかしいのも大概にしろ!」
「そうよ!殿下に向かってなんて呼び方を・・・」
「そもそも許されてもいないのに話しかけるなんて無礼だわ!」
王女自身は、表情の読めない顔で静かにこちらを見つめている。
リュカがちらりと周囲の気配を探ると、レイは既に他の生徒に混ざって気配を消していた。
それを感じ取って心の中だけで頷くと、リュカは周囲の生徒達にわざとらしく肩をすくめてみせる。
「学園ではそう決まってるでしょ」
「それは・・・」
同学年の生徒同士は名字にさん付けで呼び合い、敬語も使わないのが学園でのルールだ。敬語を使う相手は教師と上級生に対してのみ。
いっそ過激にも思えるルールだが、過去にノーア王国や他国の王族が在籍した際も、厳密に守られていたと言われている。
「・・・お前は、ここは王国の礼法の埒外であると、そう言いたいのか?」
ノーア貴族のリーダー格である生徒が冷ややかな声音で問いかけてくる。
リュカは口元まで出そうになった「今更何言ってんの?」という言葉を飲み込むよう努めた。
つい昨日まで、学園のルールを「ありがたく思え」と言っていたのはどこの誰だったか。
「・・・当時の国王が、国の中にそういう特例を設けたんでしょ」
「そこまでにしましょう」
王女の静かな一言で、いきり立っていたノーア貴族達が一斉に押し黙った。王女は彼ら一人一人の顔を見つめ、諭すように話し始めた。
「礼節を知る者が学園の規則にとまどうのも無理はありません。
しかしわたくし達は王国貴族として、偉大なる父祖の意志を尊重しなければ」
「ユミア様・・・!」
「その呼び方は私的な場だけにしましょう。公的な場ではノーヘインさん、ですよ」
言葉では規則を尊重しつつ、態度ではきっちりと線を引いてきている。
決して無礼な異種族に怒りを露わにしたり、完全に無視したりはしない。しかしリュカのことを"礼節を知らない側”としたうえで、もはやこちらを見ようともしない。
(なるほど・・・こういう感じか。
やりづらいなぁ・・・)
その後もノーア貴族達だけで談笑が続き、王女がこちらを見ることは、ついになかった。




