第9話 イセリナ先生の研究室での秘密
「いいか」
「いいぞ」
「「「せーの」」」
登校する前の朝の寮で、ボクはくじ引きをしてる。
ニーラとナイスクマリーと、だ。
「はずれか……」
「オレも……」
「あたりはボクだね」
「じゃあ、今日はシーアルドの番か……」
「ちっ……」
「ああ、ボクの番だ」
ボクはにやりと笑った。
「くそ、次こそ……」
「いや、次はオレが……」
くやしそうなニーラとナイスクマリーがいる。
まあ、バカバカしいけどボクたちにとっては重要な話でもある。
「みなさん、おは……きゃっ!?」
いつものように講義室の入口でイセリナ先生が何かにつまずく。
そして……そのイセリナ先生が倒れないようにボクが支える。
むにゃん。
……ああ。やわらかいイセリナ先生が最高すぎる。
一瞬とはいえ、なんだかいい香りとやわらかな感触が味わえる。
ボクたちの朝の儀式。くじ運次第だけど。
「……大丈夫ですか、イセリナ先生」
「あ、はい。ありがとう、シーアルドくん」
にこりと微笑んでお礼をいわれるのも最高だ。
イセリナ先生を立たせるとボクは紳士的に離れる。
触り続けるのはいろいろと危険がある。イセリナ先生は侯爵家の人だから。
ボクたちはこの入口役を決めるために寮でくじ引きをしてるのだ。
アリスティアお嬢さまには秘密で。
……なんとなくアリスティアお嬢さまから冷たい視線を感じる気もするけど、これはボクたちの紳士的な役割なのだ。
侯爵令嬢でもあるイセリナ先生に怪我をさせるわけにはいかないから!
ボクたちはこんな感じで、そこそこ魔法学園を楽しめるようになっていた。
こんこんこん、とドアをノックする。
「失礼します。シーアルドです」
ボクはイセリナ先生の研究室にきていた。
ボクが女王陛下に呼び出されたので、その打ち合わせみたいなことがあるらしい。
基礎訓練の終わりにイセリナ先生から研究室へ呼び出されたのだ。
魔法学園にやってきてはじめてのひとり行動だ。
すごくいい。
気持ちが落ち着くね。
守られてるっていうのはありがたいことだ。
でも、いつも周りに誰かがいるというのは……いろいろと、ね。
……アリスティアお嬢さまの護衛という名目で、むしろボクが護衛されてたというのが情けない気持ちになる。暴力じゃなくて権力から守られてたわけだけど。
今はニーラとナイスクマリーのふたりがアリスティアお嬢さまの護衛として3人で寮へと戻ってる。
この前の歓迎パーティーで侯爵家の人から勧誘があって……それでイセリナ先生がいろいろといってくれたことによって、学園内での勧誘の心配はもういらないってことらしい。
王家まで関わってるのにそこへ手出しするのはマズいってことみたいだ。
昨日までは警戒してたけど、何もされなかった。
それで、もう大丈夫だろうという話になったのだ。
王家につながってる学園長を怒らせてまでボクを勧誘する意味はないんだろう。
そういうことを考えると魔法学園にきてよかったのかもしれない。
「イセリナ先生。シーアルドです。失礼します」
ボクは再び声をかけた。
……研究室の中からは反応がない。
イセリナ先生から呼ばれてるのに、ここにイセリナ先生はいないんだろうか?
カチャ……。
ドアノブを回すと普通にドアが開いた。
カギはかかってないようだ。
イセリナ先生が不用心すぎる。
……いや。魔法学園でも身分はかなり上みたいだから、誰も余計なことはしないのかもしれない。
それにしても中に入るべきか、このまま外で待つべきか。
これがイセリナ先生の寝室だというのなら……ダメだろう。
でも、あくまでも研究室だ。
別に着替えたりとかはしてないはず。
……返事がないから寝てるかもしれないけど。寝顔をちらっと見るくらいなら許されるのではないだろうか?
ボクは3秒ほど考えた。
うん。
もしみることができるんなら、イセリナ先生の寝顔はみたい。そういう欲望には勝てない。
イセリナ先生がかわいいのが悪い。
そしてボクはイセリナ先生の研究室へと入った。
……呼び出されたんだから問題ない、はず。うん。
イセリナ先生の研究室は……広かった。
寮のボクの部屋よりも何倍も広い。
講義で使ってる部屋と同じくらい広い気がする。
それなのに……せまく感じるくらい本があった。
しかも、ほこりっぽい。
いや、本の多くがほこりをかぶってる。
掃除しないんだろうか?
侯爵家のお嬢さまでもあるイセリナ先生ならメイドとかいるんじゃないのか?
そもそも整理整頓もあやしい。
本が乱雑に積み上げられてるだけだ。
イセリナ先生の普段の雰囲気と研究室の状態が一致しない。
……まさか、これが……イセリナ先生の真の姿だというのか?
それはそれで……アリ、かもしれない。
とりあえず、簡単な掃除くらいはした方がいい。
空気が悪すぎる。
イセリナ先生のためにも綺麗にしたい。
そしてイセリナ先生にほめてもらいたい。
ボクは研究室の中を見回した。
奥の方で、何かがキランっと光った。
そこにほうきっぽいものが見えた。
「ほうきがあるなら……」
ボクは本の山を避けつつ、研究室の奥へと進んだ。
崩すと大変なことになりそうだ。
たどり着いた研究室の隅。
そこには確かにほうきがあった。
ただし、キラン、キラン、と光を放っていた。
あまりにも不思議すぎるほうきだった。
「光るほうき……?」
不思議に思いながら、ボクは掃除をするためにほうきに手を伸ばした。
そして、ほうきに触れた。
ピカっ!
ポトっ……。
ボクがほうきに触れた瞬間、ほうきがまぶしく光ってから何かが床に落ちた。
「なんだ……?」
床をみるとトランプみたいなものが落ちていた。
それと、ほうきの横に何か数字みたいものが浮かんでるようにみえた。さっきまでのキランって感じのほうきの光は消えてる。
「トランプと……数字……?」
ほうきの横に浮かんでる数字は、ちょっとずつ減っているようだ。
ボクはトランプを拾った。
くるりと反転させて確認する。
そこにはトランプのような数字ではなく、絵が描かれていた。
何か読めない文字と……1本のほうきを動かすような、絵。
「これ、トランプじゃないような……」
少なくともアリスティアお嬢さまと遊んだ時にこんなトランプをみたことはない。
その時、ピンっ、とひらめきがやってくる。
「このサイズって……」
ボクは姿勢を正して深呼吸をする。
この部屋の空気がちょっと悪そうなのは我慢だ。
魔力を循環させて小さく切り取り、手先から放出する。
ボクの前に魔力の本が浮かび、ぱらりとページが開かれる。
ボクは変な絵が描かれたカードとボクの本にある枠を見比べた。
左のページと右のページ、それぞれに枠がある。
そこにほうきの描かれたカードを近づけてみる。
「……同じサイズだ」
ごくり、とボクはつばを飲み込んだ。
学園長は自分の魔法の使い方が本能的にわかる、みたいなことをいっていた。
……ひょっとして、これがボクの魔法なんじゃないか?
ボクの心臓がドキドキと激しさを増していく。
「……やってみよう」
ボクはおそるおそるカードを魔力の本へと近づけて、左のページの枠とカードを並べた。
「やっぱり同じサイズだ。これなら……」
学園長室でトランプはこの枠を抜け落ちていった。
でも、これなら――。
ボクはカードをその枠に合わせて手を放した。
――はまった! 落ちない!
あの時とはちがう。
魔力の本にぴったりとカードがはまった。
「これで……っ……」
ボクは周囲をぐるっと見回した。
シーン……。
……何も、起きない?
確認する。
まちがいなく、魔力の本にカードはぴったりとはまってる。
取り外そうとしてみるけど、取り外せない。
「あれ? 外れない?」
……まだ何かが足りないのだろうか?
いや、使えそうな気がする。
そういう予感がするんだからたぶん使えるはず。
ボクはほうきをみた。
さっきよりも数字は減っている。
ほうきをつかんで確認する。
確実に数字は少なくなってる。引き算だ。
……この数字がゼロになったら、もう一度カードが手に入るんじゃ?
魔力の本の右のページにも枠がある。
ひょっとすると右のページにもカードをはめないとダメなのかもしれない。
「……あら? シーアルドくん? きゃっ!?」
声をかけられて振り返ったら、そこでイセリナ先生が転んでいた。
ボクはほうきをもったまま、慌ててイセリナ先生の方へと向かった。
「大丈夫ですか?」
「い、いたた……だ、大丈夫です。中で待っているとは思いませんでした。あの……これは、わたしではなく、わたしの前の教授の本がそのまま残っているだけで、この状態はわたしの本意ではなくて、その……」
イセリナ先生が恥ずかしそうに言い訳をしている。
そのあたふたとした感じがすごくかわいい。
年上なのにかわいいとか反則だと思う。
でも、本が散らかってるのとほこりが積もってるのは微妙にちがう。
「そろそろ侯爵家から人を呼んで片付けさせる予定なので……」
「あ、はい」
きっとたくさんのメイドさんを呼んで作業をするんだろう。
「あ、イセリナ先生、実は……」
ボクは『なんとか魔術師』としての魔法が使えそうだということを説明しようと思って、途中で言葉に詰まった。
「……はい。何でしょうか?」
「ええと、その……」
魔法が使えそうだと思ったのは本当だけど、使えなかったのも事実。
それに、今はさっきと同じことができない。
ほうきが描かれたカードが取り外せないからだ。
……やってみせることができないと証明できないような?
もしボクの予想が正しくて、このほうきからもう一度カードが手に入るんなら再現できるかもしれないし……魔法が発動するかもしれない。
「……このほうき、借りてもいいですか? 寮の部屋を掃除したいなぁって……」
「ほうき、ですか? 別にかまいませんよ?」
ボクはそんな言い訳でいろいろと誤魔化して、イセリナ先生からほうきを持ち帰る許可を得た。




