第8話 パーティーで知らない人がやってきた
「シーアルドはまだ魔法使えねぇのか?」
「うーん。まだなんだよね……」
朝、ソードアークと木剣での訓練をしてからそんな話になった。
木剣を使うようになってからの勝敗は今のところ105勝142敗で、孤児院にいた頃よりも負けを増やすように調整してる。
孤児院でのチャンバラが最後だと思ってて、領都屋敷で訓練が続いて……それでも学園都市にくれば終わりだと思ってたけど。
まだ魔法が使えないボクはアリスティアお嬢さまの護衛として剣を振るうしかないのだ。
魔法が使えないってつらい……。
ボクたちの寮は東寮と呼ばれるところで、魔法学園だけじゃなくて騎士学園の人も一緒に暮らしてる。
正確にはこの国の東部の人たちが学園都市にやってくると、この寮に入るって感じだ。
学園都市の中だと他には西寮と南寮がある。
北寮がないのは何か理由があるんだろうと思う。でもその理由を知りたいとはあんまり思ってない。
ボクたちが暮らす東寮は五角形になってる。
食堂がある中心棟を囲むように5つの建物があるのだ。
その中の東南の建物がシュタイン伯爵領の人たちの寮になってる。
いろいろな地域の人と交流するというよりも、できるだけ近い地域で集まるという感じだ。
そっちの方がいろいろと都合がいいんだろう。
男女別の寮ということはなく、アリスティアお嬢さまが東寮東南棟で一番いい部屋を使ってる。
めちゃくちゃ広いし、部屋数も多い。お風呂なんかもあるらしい。
ボクたちは東南棟の大浴場を使ってる。
大きなお風呂があるってすごいし、10人くらいで入っても余裕があるなんてとんでもない。
メイドになったエリンはアリスティアお嬢さまの部屋にくっついてる使用人部屋の小さい方に住んで働いてる。
大きい方は侍女さんの部屋だ。
エリンがお風呂をどうしてるのかは知らないし、たぶん聞くべきじゃないと思う。
「でも、女王さまに呼び出されたんだろ?」
「呼び出されたっていうか……まあ、そうなんだけど……」
学園長からイセリナ先生に連絡があって、ボクが女王さまのところにいくことになったと聞いた。
もはや『なんとか魔術師』が怖い。怖すぎる。
実は学園長は王家の血縁で……王叔という立場になるそうだ。
王弟というのが王の弟だとしたら、王叔は王の叔父にあたる。
正確には女王陛下の大叔父になるらしいけど、王大叔とかいいだしたらキリがないから王叔になってるそうだ。
王叔だけど、同時に公爵でもある。
なんかもうよくわからん。
そういう関係だから王家と魔法学園の連絡は密におこなわれてるんだろうと思う。
もともとシュタイン伯爵から王家に連絡が届けられていたこともあるし、『なんとか魔術師』になってしまったボクが女王陛下と謁見するのは学園長にしてみれば決定事項だった……らしい。
めんどうくさいのがもうやばすぎてつらい。
まだ何の魔法も使えないのに会ってどうするんだ?
そういう部分は疑問しかない……。
「……そっちはどう? ケンカとか、してない?」
「走ってばっかだからケンカになんかならねぇよ」
「言葉づかいなんかもしっかり直さないと。ソードアークは騎士になるんだろう?」
「それが大変なんだよなぁ……オレとしては衛兵でよかったっつぅのに……」
ソードアークはソードアークでいろいろと大変みたいだ。
でも、強いだけでいいんなら騎士学園なんてものはたぶんいらないはず。
ボクの方が大変な気もするけど、それはいわない方がいいだろう。
ソードアークの機嫌が悪くなったらめんどうくさいし。
「魔法学園は今日、歓迎会? だったか?」
「ボクは魔法の勉強の方がいいんだけどね……歓迎会とか大変そうだし」
「オレたちの方は最初の日にあったぜ? 先輩たちと手合わせして……惜しいとこまでいったけど負けたな。あの先輩はいつか倒す」
「ソードアークらしくていいね……」
この戦闘思考はどうしようもないんだろう。
孤児院にいた時のままだ。
それをうらやましいとは思ってない。
そっちはそっちで勝手に頑張ってほしい。
そう。
今日は魔法学園の新入生歓迎会というパーティーがある。
アリスティアお嬢さまの近くにいるだけとはいえ、めんどうくさいことが起きそうで怖い。
「はい、ふたりとも、タオルと水筒だよ」
「おっ、ありがとな、エリン」
「エリン、ありがとう」
朝の訓練の時には最後にエリンがこうやってタオルと水筒を届けてくれる。
最近はこういう時間以外でエリンと会えなくなってる。あとはボクの部屋を掃除してくれる時くらいか。ボクだけでなく、ソードアークの部屋もやってるらしい。
メイドとしてちゃんと仕事してるから仕方がないけど、エリンがちゃんとやれてるのかはちょっと心配だ。
まあ、ボクはエリンの心配をしてる場合じゃないかもしれないんだけど……。
「君が噂の『なんとか魔術師』か」
「……ええと?」
パーティー会場で話しかけてきた人は……もちろん知らない人だ。
何か起きるとは思ってたけど……話しかけられるだけで終わってほしい……。
パーティーがはじまってからずっとシュタイン伯爵領の関係者に囲まれていたから遠巻きにされていた。
でも、そこにつかつかと近づいてきていきなりこれだ。
しかも何人か仲間も一緒にやってきた。めんどうくさい感じしかない。
魔法学園でのまともな交流はこのパーティーがはじめてだから、ボクはまだシュタイン伯爵領の人たちくらいしか知らないのに。
そこでボクをかばうようにしてアリスティアお嬢さまが動いた。
護衛はボクの方なのに、なんか申し訳ない。
心が痛いし胃も痛い。
「……ラレヤール侯爵令息。いきなり何の用でしょうか?」
「シュタイン伯爵令嬢か。伯爵家が口をはさむような場面ではない。私は彼に話があるのだ」
……確か侯爵は伯爵よりも上の身分だと教わった。これは、マズいんじゃないだろうか?
ボクを守るためにアリスティアお嬢さまが何かされてしまうのはよくない。
いざとなったらアリスティアお嬢さまを守らないとダメだ……。
動けるように心積もりをしとかないと。
「今、シュタイン伯爵領からきた者たちで交流を深めておりますの。ご遠慮いただきたいわ」
「ふっ。担当のクラスも伯爵家でかためておいてよくいう。伯爵家の交流は寮でも講義室でも可能ではないか? それにこの場は魔法学園での歓迎パーティーだ。他領の者とも交流するべきだと思うが?」
正論だ。
ラレヤール侯爵令息のいってることはたぶん正しい。
ボクが『なんとか魔術師』だから守らなければならないアリスティアお嬢さまの立場は理解できる。
でも、同時にボクもこの魔法学園の学園生のひとりであることはまちがいない。
交流をゼロにすることが守ることというわけでもないのかもしれない。
なんかいろいろと難しい……。
「ラレヤール侯爵令息のようすをみていると、交流を求めているようにはみえませんけれど? 彼はシュタイン伯爵領の領民です。わたくしが守るべき存在ですわ」
そう。
アリスティアお嬢さまは領主一族としてシュタイン伯爵領出身のボクを守ってるだけなんだ。
そういう立場で物申すおつもりなんだろう。
守ってもらえるのはありがたいけど……それが本当にボクのためなのかどうかは、何も知らないボクにはよくわからない部分もある。
ただ……ボクが『なんとか魔術師』である限り、シュタイン伯爵家や学園長、王家もボクを守ろうとするということもわかる。
……利用価値がある、かもしれないから。
「強力な魔法を使うという『なんとか魔術師』を守ろうなどと……やはり伯爵家は愚かだな」
「さて、困りましたわ……。愚か、などと日頃は口にする機会はあまりないので……シュタイン伯爵領では孤児院の子どもであっても普段から会話が成立しますし」
アリスティアお嬢さまがこてりと首をかしげて微笑んだ。
アリスティアお嬢さま!?
それ、ひょっとして……おまえは侯爵家の息子なのに孤児よりも話が通じないからめちゃくちゃ理解力が足りないよな?
侯爵子息なのにバカなの? バカなんだろう?
せめて会話くらいできるようになっとけ! ……って意味なんじゃ?
「……私もその孤児と話そうと思ってここにきたのだ。君、ラレヤール侯爵領にくる気はないか? 報酬は……そうだな、月に金貨100枚くらいでどうだ?」
……アリスティアお嬢さまの嫌味は聞き流した感じなのか? それとも気づいてないのか?
あ、いや。
これはボクに対して、おまえは孤児なんだからオレの話を聞けこらぁ! ……という意味かもしれない。うん、わからん。
高度過ぎて何が言葉の裏にあるのかわからないのは困るしめんどうくさい。
「王家すら丁重にもてなそうとしている『なんとか魔術師』をたかが月に金貨100枚で勧誘しようというのですか? お話になりませんわ」
「ふん。『なんとか魔術師』とはいえ、まだ魔法は使えないという話ではないか。何の魔法も使えぬ状態で金貨100枚というのは破格の待遇だろう」
悪気があるのか、ないのか……。
どっちとも思えるけど、魔法が使えないはボクに刺さる。痛いくらいに。
孤児院出身のボクにしてみれば金貨100枚は魅力的だけど、この人とアリスティアお嬢さまを比べると……答えはひとつしかない。
絶対、アリスティアお嬢さまの方がいい。
でも、断り方もよくわからないというのが難しい。
どういう言葉で断るのが正しいのか、そういうのがわからない。
貴族を相手にするってすごくめんどうくさい。はぁ……。
「……あら。わたしの生徒に勧誘はダメですよ?」
イセリナ先生!
ボクたちがモメていると思ったのか、イセリナ先生がきてくれた。
ゆっくり、ゆっくりとだけど。
「……デレシーロ先生。この魔法学園で他領の生徒を勧誘してはならないというきまりはないのでは? そもそもここの生徒の多くは卒業後の進路を探すためにきているようなものだ。必要な人材なら卒業前からそばにおいておくことも普通にある」
残念ながらラレヤール侯爵令息はイセリナ先生が相手でも引き下がらないタイプの人だったらしい。
「侯爵家だからシュタイン伯爵家が相手なら勝手ができるとでも?」
「勝手ができるとまではいわないが……それが爵位というものでは?」
「そうですか、残念です。よく聞いてくださいね? 彼の師はわたしで……デレシーロ侯爵家が後ろ盾のひとつです。同じ侯爵家なので、ラレヤール侯爵家からの勧誘はやめてもらえますよね?」
え!?
そうなんだ!?
ボクは何もいわれてないけど!?
いつの間にかイセリナ先生のデレシーロ侯爵家が後ろ盾に!?
おそるべし、『なんとか魔術師』……それ、ボクだけど。
「なっ……い、いや。だが、ラレヤール家も同じ侯爵家だ。こちらが後ろ盾となっても同じでは?」
「ああ。あくまでもデレシーロ侯爵家は後ろ盾のひとつですから。学園長からも彼のことを頼まれていますし、彼、シーアルドくんは近々、女王陛下との謁見もおこなう予定になっています。そのことをよーく考えてください、ね?」
にこにこと微笑んだまま、イセリナ先生は軽く首をかしげた。
……ちゃんと意味が伝わったのでしょうか? というイセリナ先生の心の声が聞こえる気がする。
「くっ……キミ、ラレヤール家はいつでもキミのことを歓迎するよ。キミが自分の意思でラレヤール侯爵領へきてくれると信じている。では、これで失礼する」
……おーい。何それ。最後にとんでもないことをいい残していかないでほしい。
ラレヤール侯爵令息は仲間と一緒に立ち去っていった。
他の人たちもこっちを見ていたけど、ラレヤール侯爵子息が立ち去ると視線は向けられなくなった。
他にもボクを勧誘しようとしていた貴族がいるのかもしれない。貴族、怖い。
でもイセリナ先生が守ってくれて助かった。本当にありがたい。
どうかこれからもよろしくお願いします。
「ごめんなさいね、アリスティアさん、シーアルドくん。心配だったから急いできたのだけれど……わたし、運動が苦手だから……遅くなってしまって」
「いえ。ありがとうございました、イセリナ先生」
そういったアリスティアお嬢さまが小さく頭を下げたので、イセリナ先生に向かってボクはそれ以上にがばりと頭を下げた。
……それと、イセリナ先生が急いだってことは……たぶん、どこかで転んだんじゃないかな? ケガしてない? 大丈夫かな?
ボクのためにいろいろとすみません。
「それにしても……」
「ええ。どこかから情報がすでにもれているようですわ」
心配そうな顔をしたイセリナ先生に、アリスティアお嬢さまがうなずく。
「ここが魔法学園である限り、魔法についてはどうしても情報を隠し通すのは難しいですからね……」
「予想よりも早く、手が伸びてきているように感じますわ」
「でも、王家が動き出したので下手な勧誘はなくなると思いますよ」
「はい。とても助かりますわ」
そこでアリスティアお嬢さまと話していたイセリナ先生がボクの方を向いた。
「シーアルドくん」
「はい」
「……これからもこういうことはあると思うけれど、遠慮なくデレシーロ侯爵家の名前は使っていいですからね」
「……はい。ご配慮、感謝いたします」
「侯爵家でもダメだった時は、カーインド学園長の名前を出してもいいと聞いています。必要な場合はそうしてくださいね」
ボクってすごく守られてるなぁ。
にこにことやさしく微笑んでいたイセリナ先生が、一瞬で真剣な表情になった。
まじめな顔になった美女にみつめられたボクはドキドキしてしまう。
「シーアルドくん」
「……はい」
「黙っているというのはひとつの手ではあります。でも、黙っているだけでは済まない場面もいつかはやってきますよ? 対処方法は学ばなければなりません」
「う、はい……」
領都屋敷でもいろいろと詰め込まれたけど、お貴族さま相手の実践とかは無理だった。
言葉の意味を知ってるだけじゃうまく使えないのだ。
勉強も足りないけど、それ以上に経験がいる。
これからはそういうのも頑張らないとダメなのか。
もはや『なんとか魔術師』ってボクのメリットはゼロなのでは!?
魔法、使えないのに!?
めんどうくさすぎる!?
「女王陛下との謁見では何もいわずに済ませることは難しいでしょうから、いろいろと学んでいきましょうね?」
うっ……胃が……。
みんながボクの『なんとか魔術師』という立場だけじゃなくて、どうかボクの胃も大切に守ってくれますように……。




