第3話 学園都市に向かいます
「全体、とまーーーーーーれっっ! これより休憩に入るっっ!」
先頭の騎士さんが大きな声で指示を出す。
この護衛隊の隊長も兼ねてる騎士さんだ。
「ソードアーク、いそげ」
「おうっ」
ボクとソードアークは馬車から馬を外して、水場へと引っ張っていく。
今は学園都市への移動中だ。
領都シュタインズゲートを出発した時から何台もの馬車が連なって移動してきた。
途中の町でも馬車は増えたし。
これはアリスティアお嬢さまだけの移動じゃない。
伯爵家に仕える騎士や上級使用人の息子とか娘とか、領都の大商人の息子とか娘とかもいるからだ。
伯爵家の上級使用人には貴族の血縁者もたくさんいる。
そういうことはこの何か月でいろいろと覚えた。
勉強だけじゃわからないことも伯爵家の領都屋敷では学べたと思う。
そして、学べば学ぶほど貴族という世界での人間関係はかなりめんどうくさいとボクは理解していった。
ため息しか出ない。誰か助けて。
馬車が何台も並んでいて、それを囲むようにアリスティアお嬢さまのための騎士さんたちが何人もいて……そのおかげで盗賊なんかの心配はいらないらしい。
安全性が高いから、アリスティアお嬢さま以外の人たちもこの集団に加わるってことみたいだ。
もちろんアリスティアお嬢さま……というか、伯爵家がそれを認めてる。
ソードアークも一応、騎士見習いとして護衛のひとりに数えられてる。
なぜかボクも……ソードアークと同じ扱いだったりする。
それにソードアークと同じ剣も与えられてる。どうしてこうなった?
伯爵家の一団の護衛の中ではボクとソードアークが一番の下っ端だ。
あとはエリンだけど、仕事の種類がちがう。
アリスティアお嬢さまのそばに仕えて、一緒に馬車に乗ってるからな。
「おい、水だけじゃなくて飼葉もやっとけよ」
「オレたちの馬の分もやっとけ」
騎士さんの誰かの息子っていうヤツがボクとソードアークに命令してくる。
彼らも騎士学園に進学するから学園都市へと向かってる。
ソードアークの表情が変わる。まずい……。
ボクはすぐにソードアークの前に出る。
あの顔をみられたらもっとめんどうなことになる。
「わかりました。やっておきます」
「おう」
よかった。
バレなかったらしい。
「……ソードアーク。そういうの、ダメだって」
「……わかってるけどよぅ。あいつらの方がオレよりも弱いんだぜ?」
「それ、絶対に聞こえないようにしろってば……」
「そりゃわざわざ聞こえるようにはいわねぇけど……あいつら絶対にシーアルドよりも弱ぇし」
「それ、絶対にいわないでよ? 絶対にだよ? 絶対だからね?」
「お、おう……」
あの人たちに聞こえたら……ボクの人生がとんでもないことになりそうだ。
ソードアークにはもうちょっと考えてほしい。いろいろと。
「……あとでこっそりいつもの騎士さんたちに話しとけばいいって。馬の世話をやらされたって」
「そうするか」
騎士さんたちに馬の世話をやらされたって話せば、叱られるのはあっちだ。
騎士になろうって人間が、こういう移動中に自分たちの馬の世話をサボるのはダメなのだ。たぶん。
……ボクたちがチクったってことはうまく隠してもらえるようにしないといけないけど、領都屋敷での生活で何人かの騎士さんたちとはいい関係ができてるから問題ないはず。
ボクとソードアーク、それにエリンは孤児院出身だ。
あの人たちとは立場がちがう。
身分というか、出身というか……そういう部分の影響はとても大きい。
それなのに……この何か月間か、領都屋敷でボクたちはすごしてきた。
もちろん、騎士の息子たちで『剣士』とか『騎士』なんかのジョブを授かった人たちは領都屋敷での昼間の訓練なんかには参加してたらしい。
それでもボクやソードアークみたいに領都屋敷の寮に住んでたわけじゃないし、アリスティアお嬢さまの遊び相手になっていたわけでもない。
ボクやソードアークの方が特別扱いになってた感じだ。
おそらくはボクたちのジョブのせいで。
早朝の訓練にあの人たちはいなかったからボクは直接関わってない。
だからボクは彼らの名前も知らない。
ソードアークは覚えてないし。
ダメだろう、それ……覚えろよ、ソードアーク……。
とにかく、そのへんの……なんというか、みにくい嫉妬みたいなものが……今、学園に向かう途中でボクとソードアークにぶつけられてる。
アリスティアお嬢さまがかわいい上に優しいから。
あとエリンもかわいいので、そっちでもボクとソードアークはにらまれてる。
はっきりいって、めちゃくちゃめんどうくさい。
ソードアークはエリンにもアリスティアお嬢さまにも好意をもってるみたいだけど、ボクはそっち方面の気持ちはゼロに近い。
もちろん身近な人だという気持ちはある。
でも、本当にそれは恋愛感情ではないのだ。
だからボクを巻き込まないでほしい……。
あと、ボクが参加してない昼間の訓練でソードアークがあの人たちをやっつけたことも大きく関係してると思う。
さすがは『剣豪』のジョブを授かった男。強い。
それ以外にもボクたちを鍛えてくれてた騎士さんたちが……いろいろ口にしてたこともあるし。
……ソードアークの方が強いぞ、とか。ソードアークの方が伸びてるぞ、とか。
ソードアークだけじゃなくて、ボクも含めて、だ。
シーアルドの方がおまえたちよりも強いかもしれない、とか。
ほめてくれるのは嬉しくないわけじゃない。
でも、そのせいで変な感情をこじらせた人たちが増えるのは困る。
誰かと比べて人を育てるのって本当にダメだと思う。やめてほしい。
本当にソードアークの方が強いからしょうがないんだけど……ジョブもソードアークの『剣豪』の方が『騎士』よりも上位だと考えられてるみたいだし。
身分のちがいと与えられたジョブへの期待との逆転現象が気にくわないというのはよくわかる。
ソードアークがそういう部分に配慮できないというのも知ってる。
こっちとしてもどうすればいいのかよくわからないというのが本音だ。
……ボクもそこに巻き込まれてるのがめんどうくさい。
貴族とその関係者に対して、ボクとソードアークは孤児でしかない。
どうしようもないけど、身分がちがいすぎる。
騎士見習いたちに対しては、とりあえず下手に出るしかないと思ってる。
いつかソードアークが本当に『剣豪』として伯爵家の騎士団でも上位になれば、その時は別にいいと思う。
でも、今はダメだ。
せめて騎士学園でソードアークの方が圧倒的に上をいくとか……そこまで突き抜けてからでないと。
「あ、僕らの馬もよろしくね」
「助かるよ」
あつかましくそういってきたのは別の人たち。
こっちは商人たちの息子とかだ。
騎士の息子たちがボクたちを働かせるから、同じようにやらせようとする。
このラインは実は微妙だ。
お互いに平民という枠の中にいる。でも、孤児と商人の息子という時点で大差があるのも事実だ。
ボクたちがただの孤児だったら、絶対にそっちの方が上だと思う。
でも、今のボクたちはただの孤児ではなくなってる。ジョブのせいで。
これでもシュタイン伯爵家の騎士見習いと魔術師見習いだ。一応は。
……ボクはまだ魔法が使えないままだけど。
魔法学園で専門的に学べばどうにかなる……とはいわれてる。
「……うーん。ボクたちは、ねぇ……」
「オレたちは伯爵家のお世話になってるからな。そっちはそっちでやってくれよ」
いつものようにソードアークが一度、断る。
これは儀式みたいなものだ。
断っても問題ないのはまちがいない。
彼らの馬車の同行を伯爵家が許しているだけであって、厳密にはアリスティアお嬢さまの一団のメンバーとはいえないから。
「えー、そーゆうなよ?」
「そうだよ。ついでじゃないか」
「まあ、そのへんは……少し、ね?」
「銅貨3枚でどうだ?」
「いや、銅貨1枚だろ?」
「それくらいだって」
「なら、ひとり1枚で2枚ってことで」
「……しょうがないな。ほら」
本当ははっきりと断りたい。
でも、ボクとソードアークにとってはおこづかい稼ぎって意味もある。
ボクは銅貨を2枚、受け取った。
あとでソードアークと分け合うつもりだ。
毎回、ボクたちにただ働きをさせようと挑戦してくるのがめんどうくさい。
もちろん、毎回、反論してる。
ちりも積もれば……ということで、この旅路ではこうやってコツコツと稼いでる。
ボクたちの方がこの子たちよりも体力があるし。
伯爵家ですごしてる間は衣食住の心配はなかった。
でも、おこづかいなんてものもなかった。
……おこづかいくださいとか伯爵家の人たちにいえるわけない。そんなの無理に決まってる。
だから、こっちの人たちからはきちんと対価をもらってやるようにしてる。
そこが妥協点だろうと思う。
完全に拒否してしまうと、それはそれで問題になる気がするし。
ちゃんとした対価があるんなら我慢できるめんどうくささだ。
「……エリンはいいよなぁ。ちゃんと給金がもらえてるって」
「エリンはメイドとして働いてるから」
「そうだけどよ……」
「それに、ボクたちが伯爵さまに出してもらう学園のお金なんかは、エリンの給金どころじゃない金額だって話だよ?」
ボクとソードアークも、エリンも見習いだけど……エリンだけはメイドとしての給金をもらってる。あくまでも見習いだけど。
領都ではお休みの日に、エリンがその給金でボクとソードアークに串焼き肉をごちそうしてくれたこともある。
エリンって本当にいい子なんだよ。
ソードアークはねたむんじゃなくて、エリンに感謝するべきだろう。
「ちょっとずつ貯まってきてるから、学園都市で半分ずつにしよう」
「ああ、頼むぜ」
……この顔はダメだ。エリンのことが好きなくせに感謝しないとか、ソードアークの将来が不安すぎる。
エリンのためにはソードアークがフラれた方がいいんだろうけど、それはそれでめんどうくさいことになるに決まってる。
しょうがないか。ボクの分から半分くらいはエリンに渡そう。
今までの借りを返すと思えばそれでいい……。
☆☆☆☆☆
「……移動中もシーアルドの訓練は続けさせているのかしら?」
「はい、お嬢さま」
「それでも……まだ使えないということね?」
アリスティアの言葉に侍女はうなずいた。
移動中の馬車の中にはアリスティアと侍女、それにエリンが乗っている。
侍女の横にはエリンも座っていた。
アリスティアはひとりでゆったりと座っている。
向かい側のエリンたちの方は、侍女が7割、エリンが3割くらいの幅で座っている。
孤児院出身のエリンは小さくなっても仕方がないのだ。
「……本当にシーアルドの魔法は使えるようになるのかしら?」
「そこはなんとも……」
侍女は言葉を濁す。
一般論として『なんとか魔術師』は強力な魔法が使えるとされている。
もともと『なんとか魔術師』だった隣国キイマカリーの『雷撃の魔術師』はとても有名だ。
何百、何千という魔物の群れをひとりで殲滅したといわれている。
「……お父さまは『シーアルドはいずれ王家に差し出すことになるだろう』とはおっしゃっていたけれど」
「強力な魔法が使えるようになった場合は、まちがいなくそうなるでしょう」
その話を聞いていたエリンはびっくりして叫びそうになった。
(……王家って王さまのおうちってことだよね? それじゃあシーアルドって王さまの部下になっちゃうの? そんなことってある? あたしたち孤児なのに?)
エリンの知らない世界がそこにあった。
「……シーアルドは孤児院の出身です。魔法に馴染みはありません。その分、できるようになるまで時間がかかっているのではないでしょうか?」
「確かにそうかもしれないわね」
「ええ。ですから今後に期待しましょう」
「そうね。いずれ王宮で魔術師として仕えるようになっても、シーアルドはわがシュタイン家からの恩は忘れないタイプだと思うの。ねえ、エリン? そうでしょう?」
突然、アリスティアから言葉をかけられたエリンはびくんっと背筋を伸ばした。
「は、はい。そうだと思います……」
「そうよね。期待しているわ」
にっこりと笑うアリスティア。
(……これって、あたしがシーアルドに言い聞かせないとダメってこと、だよね? えっと、あたしにできるのかな……?)
エリンはアリスティアの言葉を……エリンなりに正しく受け止めた。伯爵家の使用人に対する教育は行き届いているようだ。
こういう感じでエリンは給金分の仕事はしている。たぶん……。




