第26話 だが断る!
「私が死ねばキイマカリーの発言力は弱まります」
「それは、そうでしょうね……」
圧倒的に強い力が消えてなくなれば、そうなるのも当然だ。
「すでに10年以上も前のことではあるのですが、私が戦争に従軍して滅ぼした国や領土を奪った国は……積年の恨みを晴らそうとするかもしれません。もちろん、今のキイマカリー王家や中心的な貴族たちはどちらかといえば温厚なので、そうならない可能性もなくはないというところでしょうか」
……それは、きっと、戦争になるんだろうなぁ。
今はもう戦争への協力はしてないけど……恨みは残ってるかもしれないから。
ボクだってその10年以上前の戦争で孤児になってる。
シュタイン伯爵家が直接運営する孤児院だったから運がよかっただけで、ボクだって他の貴族の領地の孤児院だったらもっといろいろなことを恨んだり、憎んだりしていたかもしれない。
「そして、その時には……私が死んだあとにはキミが……シーアルドくんが大陸一の魔術師として君臨しているでしょう」
「い、いえ……ボクなんて……」
「隠すのは無理ですよ、おそらく」
「えっ……?」
掃除の魔法ってバレてるの!?
まさか!? そんな!?
「……キミの魔力量はもう、私にしか判別できないでしょうから」
「ま、魔力量……? あっ!?」
「基礎訓練はちゃんと学んでいるようですね……」
この人!?
ボクよりも魔力量が、多い……。
魔力視でみえる『雷撃の魔術師』の魔力はかなり濃い。
イセリナ先生や学園長よりもはるかに……濃い魔力だった。
「みましたね? わかったでしょう。キミはもう……この大陸で2番目に魔力量が多い魔術師です」
その一言は、ボクにとってはとてつもなく重かった。
……え?
ボクって大陸で2番目の魔力量なの?
この人の次ってこと?
「私以外の魔術師にはどんよりと何かが混ざり合った漆黒の魔力がみえるでしょう」
「し、漆黒の魔力って……めちゃくちゃ濃いってこと、ですか?」
「ええ、そうです。大陸で2番目に濃いと思います」
……うなずきながら断言してるよ、この人。
「私にはキミの魔力が……美しい7色の魔力にみえます。虹のような。キミは全属性です」
「は……? 全、属性……?」
ボクって全属性なんだ?
魔法の属性は土、風、水、火、光、闇、その他の7つっていわれてるけど……その全部が?
「濃い漆黒の魔力をみただけでも、キミの力は想像できる。周辺国はキミをどうにかして手にいれたいと思うでしょう。そして、この国は私とキミを会わせてしまった。私はキミが魔力量だけでなく、その魔力の質まで最高だと知ってしまいました」
ごくり、とボクはつばを飲み込んだ。
「キイマカリーは私の死後を怖れています。それはもう必死になってキミを手に入れようとするでしょう。キミがカンシドレーに残る選択をしたとしても、今度はカンシドレーを中心としてこの大陸が戦乱に巻き込まれる可能性が高い」
ボクにできる選択は洗濯の方です。
最近、上手に(服だけの範囲指定が)できるようになりました……。
「キミが私のように……カンシドレーである程度自由になるためには……わかりますよね?」
わかってしまった。
あの、なんとかって侯爵令息みたいな貴族を潰していかないとダメなんだろう。
そうしないとボクは戦争の道具と……は、ならないな?
掃除の魔法なんだし。
あ、いや。
この国の中でどこまでの人たちが……ボクが『掃除の魔術師』だと知ってるんだ?
ごく限られたトップ層だけしか知らない場合、カンシドレーは戦争しない「今のキイマカリー」のように動く可能性も……あるかもしれないけど……。
少なくとも、ボクがいるから戦争だ! というのは無理に決まってる。
一度も魔法をみせずに他国がボクを怖れるかどうかは……あ、魔力量か。
ボクの漆黒の魔力をみせつければ……。
……うまくやればできるかもしれない、のか?
ボクが『掃除の魔術師』だと知ってるカンシドレーなら、ボクが『雷撃の魔術師』サラマン・イスクの代わりに……大陸の歯止めになることを?
「キミが魔法を使えるように指導できるとすれば……それは私をおいて他にはいないでしょう」
「それは、そうなんでしょうね……」
あくまでも魔力量の話だけど。
そこ、全然、魅力はありません。
ボクは一生、かわいいイセリナ先生についていくんで。
「そして、今のキイマカリーであれば……キミが余計な苦労をしなくとも、大陸を騒がせずにこの平和を続けることが可能です。私がやっておきましたから、ね……」
それは正しくもあり……まちがってもいる。
ボクが強力な魔法を使える場合は、そっちの方がマシかもしれない。
すでに必要な戦いは終わってるし、『雷撃の魔術師』の弟子として見慣れてしまえばそういう扱いになるんだろう。
貴族にとっての危険な魔術師として。
でも、ボクは『掃除の魔術師』だから、キイマカリーにいった場合はボクの魔法が掃除の魔法だとバレるだけなんだよな……。
バレたらどうなることやら……。
キイマカリーがボクの魔法を偽ろうとしても、カンシドレーはすでに知ってるから意味がない。
せいぜいカンシドレーとだけは裏でこっそり手を結ぶとか、そういう感じか?
でも、キイマカリーがボクを奪った場合はカンシドレーが『掃除の魔術師』だとバラすだけだし……。
すでにボクが『掃除の魔術師』だと知られてしまってる関係上、ボクにとってはカンシドレー一択でしかない、か。
ボクが強力な『なんとか魔術師』じゃなくて『掃除の魔術師』だってことがものすごく話を難しくしてる気がする!?
「キイマカリーにくるのがキミのためだと私は考えています」
「お断りします……」
「え……?」
ボクは即座に断った。
この人が何を驚いてるのかはわからなくもない。
ボクはまっすぐに『雷撃の魔術師』サラマン・イスクをみつめた。
堂々と……カンシドレーを愛してるって感じで、断ればいい。
あの女王陛下なら、できるだけ守ってあげたいし。
……掃除しかできないけどな。ははっ、情けない。
もしもボクがこの人の雷魔法みたいなすごい魔法が使えるんなら……って。あれ?
なんだ、この人?
いきなり肩らへんがピカピカと光り出したけど……まさか何か魔法でも使おうとして……いや。
これ、カードが手に入るほうきのあの光とそっくりなんだけど……?
「そう、ですか……説得できませんでしたか……苦労しますよ?」
「あ、はい……」
ボクはそんな話よりも、ピカピカと光るこの人の肩の方が気になって仕方がなかった。
「では、話はここまでです。気が変わったら、いつでもキイマカリーにきてください。待っていますよ」
「あ、はい」
ピカピカが気になりすぎる!?
サラマン・イスクが立ち上がり、ボクも立つ。
そのまま研究室を出ようとするサラマン・イスクを追うように……見送りって感じで動けば、いける……。
そして、サラマン・イスクの背中が近くなった瞬間――。
「あ、肩にごみがついてますよ」
――そういってボクはサラマン・イスクに触れた。
ポトリ、とカードが落ちたけど、床に落ちたそのタイミングに合わせて右足でカードを踏んで隠す。
……やっぱり、カードが手に入るほうきと同じ光だったんだ。
「ああ、すみませんね。ありがとう、シーアルドくん」
「いえ、ご期待に応えることができずに申し訳ありませんでした」
ドアを開けて……早く出ていってほしい。
早く、早く……この人はマズいんだ……ボクよりも魔力量が多いから。
パタン。
ドアが閉じた。
ボクは右足を動かし、手を伸ばして落ちてるカードを――。
バタンっ。
ヤバっ!?
「シーアルドくん、お疲れ。それじゃあ、キミが知ってる古代神聖も……何してるんだい?」
「あ、いえ。別に何も……」
――ボクはカードを拾って、シェンエント先生に微笑んだ。
びっくりした。
サラマン・イスクが戻ってきたのかと思ったじゃないか。
「そうかい? じゃあ、キミがみた他の古代神聖文字について教えてくれたまえ」
この人なら問題ない。
ボクよりも魔力量は少ないから、カードをみられることはない。
古代神聖文字とかどうでもいい。
早くどんなカードなのか、みてみたいんだ。寮に戻りたくて仕方がない。
「さあさあ、キミの知ってる古代神聖文字をここに書いてくれたまえ! 講座の成績はその分、うまくやっておくよ!」
講座の成績は大事かもしれない。
だが、断る!
「ボク、忙しいので帰ります。あ、この前の文字が解読できたって、ボクを呼び出すための嘘なんですよね?」
「はははっ、怒ったかい? 確かにあれはまだ解読できてな……」
「それじゃ、失礼します」
「あ、ちょっ……」
ボクはシェンエント先生から逃げるように研究室を脱出したのだった。
☆☆☆☆☆
「旦那さま……」
「なんだ?」
ラレヤール侯爵が呼ばれて顔を上げると、表情が曇った家令が立っていた。
「……何かあったのか?」
「はい。領地からの早馬で……」
「領地から?」
侯爵家の領地は少し前まで落ち着かなかった。
バカ息子が王家の怒りをかって……鉱山をひとつ、失ったのだ。
形の上では王家に献上したことになっているが、ラレヤール侯爵にしてみれば王家に奪われたも同然だった。
しかも、いいがかりで、だ。
確かに『なんとか魔術師』は奇跡的な存在だろう。
王家が保護するのも当然だとも思う。
だが、あくまでも平民である。
それを見下し、バカにしたからといって不敬などと――。
そこでラレヤール侯爵は思い出した。
そのバカ息子を領地の屋敷に閉じ込めていたことを。
「……まさか?」
「ぼっちゃまが逃げ出したようです」
「誰かに追わせているんだろうな?」
「追手はかけておりますし、捜索もしているようです。ただ、王都と領地は離れておりますので、最新の情報でもまだ見つけられていないようでして……」
――本気で思わなかったがために、ラレヤール侯爵は毒殺をためらってしまった。
まさか、逃げ出すなんて誰も予想していなかった。
ラレヤール侯爵もバカ息子だとは思っているが、まさかここまで愚かだとは考えていなかった。
「それに、第2階位や第3階位の魔石をいくつも持ち出したという報告も……」
「魔石を?」
第3階位の魔石はともかく、第2階位の魔石はせいぜい銀貨5枚くらいの価値しかない。
売れば銀貨2枚というところだろうか。
第4階位以上の魔石ならカギのかかる場所に収納しているだろう。
(カギが手に入らなかったからか? いや、換金するのであればどこかの部屋に宝石類があるはずだ。魔石なら足がつかないが……そこまで考えてのことか?)
毒殺を示唆されて聞き流した時点で、あのバカ息子は守られたはずだった。
それなのに逃げ出してしまえばもう……助けることは難しい。
「いったい何を考えている? 愚かな……」
「わかりませんが、王都方面に向かっているようです」
「王都に? ここにくるつもりか? 誰かに顔でもみられるとまずいな。こちらの手の者を門や街道に配置しておけ」
(あのバカ息子……死ぬ気か……? なんと愚かな……)
そう考えてすぐ、ラレヤール侯爵はわずかばかり残っていた愛情らしき何かを捨てることにした。
「それと……領地の方の神殿には死亡届を出しておけ。神官を抱きこんで日付も早めておくようにしろ」
「……かしこまりました」
やや急ぎ足で執務室を出ていく執事の背中すら、ラレヤール侯爵はみないでそのまま書類へと目を落とした。




