第21話 おそるべき魔法の深淵……
「おお! キミが噂の『なんとか魔術師』か! 歓迎する! ようこそ、古代神聖文字の講座へ!」
ボクをそういって大歓迎してくれたのはシェンエント先生だ。
伯爵令嬢のアリスティアお嬢さまもいるのに、それでいいんだろうか?
あとナイスクマリーもいる。
ちなみにここはシェンエント先生の研究室で、古代神聖文字の講座がおこなわれる講義室ではない。
だから正しくは「ようこそ、研究室へ!」になる気がする。
でも、ボクは古代神聖文字の講座を受講するから、まちがってるわけでもないのかもしれない。
まあ、どうでもいいけど。
ボクたちはシェンエント先生に、あいさつにきていた。
隣国キイマカリーでの古代神聖文字の研究会に参加していたシェンエント先生が帰国したという話は、イセリナ先生が教えてくれた。
それで、あいさつするためにやってきたらいきなり大歓迎されてしまった。ボクだけが、だ。
「どうも……」
「なんだい? わが国初の『なんとか魔術師』は恥ずかしがり屋なのかな?」
いいえ、ちがいます。
ノリがちがうからやりにくいだけなんで。
あとたぶんだけど、礼儀作法的にはダメなんじゃないかと思ってる。この先生。
「はっはっは。まあ、私も帰国したばかりだからね。講座をはじめるまでにまだ時間がかかるんだよ」
「そうなんですか。残念です」
一応、残念だという気持ちを伝えてみる。
「いやいや、私も残念だよ。『なんとか魔術師』の「なんとか」の部分が解読できれば、古代神聖文字の研究者たちにものすごく自慢できるというのに……キミと話す時間もあまりとれないくらい忙しいとは」
「お忙しい中、お邪魔してしまってすみません」
「ああ。もちろん、問題ない。それで、ほんの少しの時間だが……キミの『なんとか魔術師』の「なんとか」はどういう文字だったんだい? 教えてくれないか?」
ボクはものすごく残念だ、という顔をしてみせた。
その顔に込めた意味は……この先生がすごく残念な先生ってことなんだけど。
「すみません。ボクは神官さまからジョブを聞いただけなので、「なんとか」の部分がどういう文字だったのかは知らないんです」
「なんだと! くそう神殿のやつら……やってくれる。自分たちで古代神聖文字を独占しようとするなんて許せんな……」
もう帰りたい。
「うーん。それなら、何か、他の古代神聖文字もあったんだろう? 学園長からはキミの魔法によって本が生み出されて、そこには古代神聖文字が書いてあるらしいということだったが?」
確かにはじめて学園長と会った時に、学園長室のテーブルの上に文字の形を描いたことはある。
そういう情報はすでに入手してるのか。
……この先生、古代神聖文字のことしか興味がない感じがする。
「ええと……学園長に相談したのはこういう字だと思うんですけど……」
ボクは魔力の本の1ページ目の一番上に書かれている文字を指で書いてみせた。
「……ふうん。完全に未解読というわけでもないのか。その文字のうちこの部分はジョブの『戦士』の「戦」の古代神聖文字と同じだ。だから、おそらく戦いを意味するものだろうな」
……戦いを意味する文字が含まれてる?
1ページ目に?
「あ、それなら、この字は……」
ボクは2ページ目の一番上に書かれている文字も指で書いてみせた。
「これは!? うむうむ。いいぞ、素晴らしい!」
「そんなにすごい文字なんですか?」
「いや、私の知る限りにおいてこの文字は完全に未解読のものだ。本当に素晴らしい! これが解読できれは私の名声はこの国だけでなく大陸全土に広まる! ありがとう! では、時間だ。古代神聖文字の講座の日に再会できることを楽しみにしてるよ!」
本当に嬉しそうに笑ってるシェンエント先生は……ものすごく自分勝手にボクたちとの面会を打ち切った。
……絶対、用事とかないだろう?
どうみてもあれは未解読の文字を調べる気満々じゃないか。
ほら、アリスティアお嬢さまとナイスクマリーも呆れてるし。
こうしてボクたちはとんでもない先生の講座を受講することが決定したのだった。
シュンエント先生の研究室を訪問したあとの、ボクたちが暮らす東寮への帰り道。
伯爵令嬢であるアリスティアお嬢さまも、学園都市での通学は徒歩だと決められている。
健康面や体力面も魔法学園は重視している、らしい。
……貴族の子女に馬車通学を認めたら校門周辺が毎朝混乱するからじゃないかとボクは思ってる。
そもそも学園都市は3つの学園とそこに通う学園生たちのための寮を中心としている。
もちろん学園で働く人たちの生活のために必要だから町はそれなりに栄えてるんだと思うけど……王都とは比べものにならない規模だ。
学園まで歩くのはそこまで大変じゃない。
学園都市そのものがそれほど大きくないのだから。
ボクとナイスクマリーはアリスティアお嬢さまの護衛役だ。
ナイスクマリーも土魔法が少しずつ使えるようになってるので、魔法での護衛もできる。
魔法ならアリスティアお嬢さまの方が強いんだけど、それはいわないでおこうか。
ボクは剣での護衛になる。
騎士見習いではなく魔術師見習いだというのに、どうしてこうなった。
それもこれも……ボクがまだ属性魔法を使えないのが悪い。
「それにしても不思議ですわね」
「何かありましたか、お嬢さま?」
アリスティアお嬢さまのつぶやきにナイスクマリーが問い返す。
「何か、というか……先ほどのシェンエント先生のお話ですわ。ナイスクマリーも、シーアルドも不思議に思いませんでしたか?」
そういわれてナイスクマリーはボクの方をみた。
どうやらナイスクマリーは不思議に思ったことがないらしい。
ボクはある。
不思議な、というか……なぞというか……。
「戦いを意味する古代神聖文字の話ですね?」
「ええ。とても不思議ですわね……」
ボクとアリスティアお嬢さまがふたりでわかり合ってると、ナイスクマリーが首をかしげる。
「……あれは解読済みの文字という話だったのでは? シェンエント先生にとって疑問の余地はないということになりますが?」
ナイスクマリー、それはあの古代神聖文字マニアだけをみての話だ。
ボクの魔力の本に「戦いを意味する古代神聖文字が書かれている」となると、そこには矛盾というか、問題というか……何かがあることになる。
「まあ、このようなところで話すべき内容ではありませんわね。この話は忘れましょう」
「はい」
「……はい」
ボクの掃除の魔法については女王陛下によって極秘とされている。
だから、うかつに歩きながら話すようなもんじゃない。
ナイスクマリーはよくわからないって顔をしてるけど、単純な話だ。
……ニーラみたいに鉱山に送り込まれたくはないだろう?
そういうことである。うん。
女王陛下、美幼女だけどその権力は怖いです。王だもの。
もちろん、うかつに話さなければ問題ない。
頭の中で考えてればいいだけだ。
ボクの魔力の本の1ページ目には「戦いを意味する古代神聖文字」が書かれている。
この部分だけで、いろいろと考えさせられてしまう。
1ページ目は……学園都市近郊実習用ダンジョン浅層魔物消滅事件の時にボクがなぞの星型マーク入りカードを使ったページだ。
それまで1ページ目を使って掃除の魔法を発動させたことはなかった。
あの時の1回だけ、あのダンジョンの出口付近で使えた。
本当にあの1回だけ、だ。
ダンジョンなら1ページ目が使えるのかもしれないなんて考えてたけど、「戦いを意味する古代神聖文字」があるんならむしろ……戦いの時に使える掃除の魔法のカードのためのページということになるんじゃないだろうか?
そうすると、2ページ目は「戦い以外の場面で」使える掃除の魔法のページなのだろうか?
確かに……部屋の掃除なんかは2ページ目にカードをはめ込んで掃除の魔法を使ってきた。
うん。
その可能性は高い。たぶん、そうなんだろ……あれ?
ちょっと待って。
何かがおかしい気がする。何かが頭に引っかかる。
……そうだ。1ページ目は、あれだ。
一番最初にほうきのカードをはめ込んで、使えなくてそのまま消えてしまったことがある。
今まで1ページ目にカードをはめ込んだのは、ほうきのカードとなぞのカードの2回だけ。
最初のほうきのカードは時間切れで消えてしまって……なぞのカードはダンジョンで使えた。
……あれ?
ひょっとして、ほうきのカードもダンジョンなら使えるかもしれないってことか?
え……?
えぇ……?
なぞのカードはおそらくあのダンジョンの弱いモンスターを殲滅してる。
掃除の魔法でも最強のものなんだろう。
なぞのカードは2ページ目にはめ込むことすらできなかった。
でも、ほうきのカードは1ページ目にはめ込むことはできたわけで……うん。
……なぞのカードよりは弱いだろうけど、ほうきのカードもモンスターに対して使えるんじゃないのか? その可能性はあるはずだ。
ボクは掃除の魔法の深淵をのぞき込んでしまったのかもしれない。
掃除とは何か。そういう根源的な問いかけがおこなわれようとしていた。




