第2話 お嬢さまの遊び相手になりました
「はい、これでわたくしの勝ちですわ」
「うおおっ、また負けた!」
「うーん、しょうがないよ、ソードアーク。運が悪かったね」
ボク――シーアルドは、シュタイン伯爵家の領都屋敷でなぜか伯爵令嬢であるアリスティアお嬢さまと遊んでいた。
トランプという数字が描かれたカードで遊んでいる。
これがなかなかおもしろいし、計算の勉強にもなってる。
主に、ソードアークのために、だけど。
今はテンテンというゲームをやって、アリスティアお嬢さまが勝ったところだ。
くわしいルールは省略するけど、カードを順番にひいてその合計が10になるようにするゲームだ。
10になった人がいない場合は、9、8という感じで10に近い数字になった人の勝ち。
10より大きい数字は負けなんだけど、途中でテンテンと宣言したら20にした人が最強になる。20以外は負け。そんなゲーム。
計算が苦手なソードアークのために、アリスティアお嬢さまがトランプで遊んでくれているのだ。
……これはトランプを引いてくる時の運が決め手なので、勝ち負けを操作しなくていいところが最高にありがたい。運勝負っていいよね。
アリスティアお嬢さまは勝っても負けてもにこにことしてらっしゃるし、普通に楽しめる。
ソードアークはくやしがるけど、『運はどうしようもないよ』って言葉であきらめさせられるからめんどうくさくない。
……トランプ、最高!
伯爵家の領都屋敷にはソードアークとボクだけじゃなくて……もうひとりのエリンも一緒にいる。
エリンは遊びじゃなくて仕事なんだけど。
実は、ソードアークが『剣豪』というかなり有望なジョブを授かった。
ソードアークが狙ってた『剣士』どころかその上をいくジョブのようだ。
それでソードアークは学園都市の騎士学園へといくことになってる。将来的には伯爵家の騎士になる予定みたい。
他にも学園都市にいく人はいるらしい。
でも、その人たちは自分たちでお金を出して学園都市にいける人たちなのだ。
つまりお金持ちの子たちだ。
ボクも魔法学園にいくけど……ボクとソードアークは領都の孤児院の出身だ。
孤児院からでは学園都市で勉強したり、生活したりするためのいろいろなお金を出すことはできない。
将来有望なジョブということで、シュタイン伯爵家がボクたちの学園での費用を負担してくれるのだ。孤児院の代わりに。
……どんどん不安になってくる。最近、胃がしくしくと痛む。
でもまあ、伯爵家としてはボクたちの学園の費用くらいは問題にならない……らしいけど。そもそも孤児院も伯爵家が運営してたみたいだし。
ボクにとっては伯爵家に大きな借りをつくることになるから、かなりめんどうくさい可能性がある。不安だ。不安しかない。
勉強できること自体はすっごく嬉しいとはいえ……将来が怖い。怖すぎる。
そんなボクやソードアークとちがってエリンについては……ジョブが『メイド』だったことで、ここにいる。
ボクとソードアークが有望なジョブだったことで、同じ孤児院で育ったエリンも伯爵家にメイドとして引き取られた形だ。
アリスティアお嬢さまがボクたち3人と同い年だということが大きいのだろうと思いたいけど……。
……ボクたちの仲間と思われてるエリンを人質的な使い方で雇っている可能性も捨て切れない。
だって『剣豪』と『なんとか魔術師』は将来有望なジョブらしいから。
うん。貴族って怖い。
そういう部分まで考えると、かなりめんどうくさい状況ではある。
今はとりあえずトランプを楽しんで一時の喜びに気をまぎらわせるしかない。
「……お嬢さま。お、お茶がはいりました……」
「ありがとう、エリン。では、休憩にしましょうか」
にこりと微笑んだアリスティアお嬢さまがエリンにうなずく。
貴族の令嬢とは思えないくらい、優しいお嬢さまだと思う。
……ボクたちの領主さま一族は貴族だけど別に理不尽な方々ではない。
そう思いたいだけかもしれないけど、今のところ領主さま一族のせいでひどい目にあったことはない。
そもそもボクたちがいた孤児院を支えていたのが領主であるシュタイン伯爵さまなのだ。
むしろ立派な領主さまだと思ってもいい。そのはずだ。そう信じたい
「やったお菓子だぜ!」
「……ソードアーク……ダメだろう……」
「うっ……」
ソードアークがしまったという顔でおそるおそるアリスティアお嬢さまの方をみた。
アリスティアお嬢さまは微笑んでるけど、お嬢さま付きの執事さんや侍女さんはソードアークに厳しい視線を向けてる。
アリスティアお嬢さまの後ろから、だ。
立ち位置がそうなので、これは仕方がないこと……のはず。
アリスティアお嬢さまに隠れてにらんでるわけじゃない、と思いたい。
エリンがちらっとボクの方をみて、ボクもそれにちらっと視線を合わせる。
一瞬のやりとり。
きっとエリンも、ソードアークは仕方ないなぁ、とか、考えてるはずだ。
このくらいなら気づかれても叱られないというラインの小さな関わりだ。
実は、学園都市へいく前に言葉づかいの指導をボクたちは受けてる最中だ。
ボクたちだけでなく、エリンもそうなんだろう。
ボクはそこそこうまくできてると思うけど、ソードアークはこんな感じで時々やらかしてる。いや、時々じゃなくてしょっちゅうかな……。
ボクたちは今、こういう感じでアリスティアお嬢さまの遊び相手をしつつ、いろいろと勉強させてもらってる。
学園都市ではアリスティアお嬢さまの護衛っぽい立ち位置にもなるらしい。
……騎士学園にいくソードアークよりも、同じ魔法学園にいくボクの方がたぶんアリスティアお嬢さまとはいろいろ関わることになる。
うぅ、胃が痛い。
それにめんどうくさい。
アリスティアお嬢さまが優しい方というのは救いだけど。
エリンは執事さんや侍女さんの指導を受けて頑張ってる。
アリスティアお嬢さまが学園都市に連れていく使用人のひとりとしてエリンもそこに加わる予定だからだ。
たぶんこれは……人質的な部分だけでなくシュタイン伯爵家の優しさも含まれてるんじゃないかとボクは考えてる。
もちろん、貴族だからそれだけじゃないだろうけど……あぁ、胃が……。
もともとアリスティアお嬢さまは孤児院に何度も遊びにきていたことがある。
ボクたちは同い年なので、神殿でジョブを授かる前から顔見知りではあった。
もちろん、エリンもそうだ。
優しい領主さま一族で本当に助かる。
疑うと怖くなるからここはもう優しいんだと信じよう。
中には平民なんて殺しても別にいい、みたいな貴族もいるらしいから……そういう貴族には会いたくない。
学園都市では……貴族出身の子どもも多いだろうけど……うぅ。胃が……。
めんどうくささがきっと限界突破してるはず……。
「……ソードアーク。剣術の訓練はどうですか?」
「はい! すっげ……すごく楽しい! っ、です」
「ふふ。しっかり頑張ってね。もちろん、計算も大事よ?」
「うっ……は、はぃ……」
……ソードアーク。その顔はダメだろう。執事さんがもっと目を細くしたじゃないか。頼むから成長してくれ。ボクの胃を守るためにも!
「シーアルド。魔法の訓練はどうですか?」
「はい。しっかりと勉強はさせていただいています。ですが……まだ魔法を使えてません」
「そう……はやく何の魔法が使えるのか、わかるといいですわね……」
アリスティアお嬢さまはほんの少しだけ心配そうな表情になった。
それに合わせてエリンも心配そうな顔になる。
気をつけて、エリン。
侍女さんがエリンの方をみてるよ……。
ボクはアリスティアお嬢さまと一緒に魔法学園にはいるので、ボクの魔法がどうなるのかは気になるところなんだろう。
特に……『なんとか魔術師』は強力な魔法が使えるらしいから。
もしそうなったら学園にいる間の護衛としてはものすごく都合がいいはずだ。
シュタイン伯爵家にお金を出してもらって魔法学園に通うけど、卒業したあとでボクは国に仕えることになる可能性が高い……らしい。
その場合は伯爵家が負担した以上の金額を王家が伯爵家に対して出すみたい。
これは執事さん情報だ。
伯爵家でもかなり胃が痛いのに王家とかもう……ボクのおなかの中から胃がなくなってしまうんじゃないだろうか。
めんどうくさすぎて死ぬかもしれない。
「おらあっ!」
「ふんっ」
「どらあっ!」
「とうっ」
早朝、ボクはソードアークと訓練をしてる。
……あの日の孤児院でのチャンバラが最後だと思ってた自分を殴りたい。どうしてこうなった?
しかも孤児院にいた頃の木の枝ではなくて、木剣での訓練だ。
シュタイン伯爵家の騎士さんたちが指導者になって、みてくれてる。
木の枝とは危険度がちがうので、寸止めが約束になってる。
実際は寸止めしてもだいたいそのまま体にあたってしまうので、痛みはあるけど大怪我はしないという感じか。
木の枝がなつかしい。木剣は軽くあたっても痛いんだ……。
「そらっ!」
「あまいっ」
「あっ……」
ボクの木剣がソードアークの右肩に軽くあたった。寸止めはなかなか難しい。
「そこまで! シーアルドの勝ち!」
「ああ、くそ。やられたぜ……」
「まあ、たまには?」
伯爵家にきてからは12勝17敗だから、いい感じで勝敗をコントロールできてると思う。
もちろんソードアークの方が勝ち数は多くなるようにしてる。
ソードアークは『剣豪』だから。
ちなみにこの朝の訓練での最弱はボクだ。これは仕方がない。
そもそもボクは騎士でも剣士でもなく魔術師なのだ。
それなのに全然魔法が使えるようにならないから、せめて剣術でアリスティアお嬢さまを守れるようになるべきじゃないかと考えて訓練はしてる。
すごくめんどうくさいけど、少なくとも学園に通う期間は護衛として務めなければならない。
アリスティアお嬢さまはいい人……のはずだし。
伯爵家からボクたちのためにたくさんお金が出るみたいだし。
だから訓練に参加してるのだ。
騎士さんたちにとっても、ボクの存在はソードアークのちょうどいい練習相手として喜ばれてる。
領都屋敷での人間関係を良好に保つためにもこの訓練は重要だ。
……騎士団の寮にソードアークとボクの部屋があるっていうことも無関係ではないけど。他の部屋がなかったみたい。
それでもソードアーク以外の誰かと同じ部屋ですごすよりも、ソードアークの方が慣れてるだけまだマシだろう。
「……しかし、シーアルドもかなりの才能だと思うんだが……」
「確かにそうだな。これで魔術師とはもったいない……」
「魔術師だから実際には剣ではなく杖で殴る感じか」
「まあ、そうなるだろうな」
「剣は剣でもたせておけばいいんじゃないか?」
騎士さんたちがボクをほめる。
できればやめてほしい。
特にソードアークの前では。
ボクがほめられるとソードアークが闘志を燃やすのだ。
「……シーアルド。もう一回だ!」
「わかったよ……」
本当は嫌だけど……ある程度ギリギリの戦いを続けて、最後に負けてやらないとダメなのがめんどうくさい。
訓練自体は……自分のためでもある。
だから、そこは気にしてはいけない。
カンカンガンガンと木剣をボクとソードアークはぶつけあう。
……ボクは朝しか訓練に参加できないから、ソードアークが相手ならもっと負け越した方がいいのかもしれない。
他の時間には魔法の勉強や訓練がある。
魔法学園にいってから勉強するというのでは少し遅いらしいのだ。
その魔法がなかなか使えるようにならないことは大問題なんだけど……ボクとしてはまじめに基礎を学んでる……つもりだ。
でも、魔法が使えないままだから……こうやってソードアークとの訓練もしないといけない。
そういうアピールは人と人との関係において、すごく重要だと思う。
早朝の訓練に参加しなかったら寝てるだけになるので、それはそれで居心地が悪いというのもある。
体を動かすこと自体は嫌いじゃないけど、他の部分が本当にめんどうくさい。
なんで『なんとか魔術師』なんてよくわからないジョブを授かったのか。
女神さまを恨みたい気持ちもある。
訓練の終わりにはエリンがやってくる。
「シーアルド、大丈夫?」
「エリン? こっちにきていいのか?」
「うん。お嬢さまはまだ起きてない時間だから」
アリスティアお嬢さまはまだ寝ているみたいだ。
エリンがタオルと一緒に、痛みを冷やすための水も渡してくれた。
ちょっとしたエリンの優しさに僕は救われてる。
それにしても、ボクがいったい何をしたっていうんだろう……。
こんな感じでまじめに伯爵家の領都屋敷ですごしながら、ボクは少しだけひねくれていった……のかもしれない。




