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Nox Root  作者: 大魔神


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第2話

朝、木々のざわめきで目が覚めた。

 柔らかい光が霧を透かし、白く揺れている。

 昨日――神との会話、転生、そして家。

 どこか夢の延長のようだが、胃の空腹と喉の渇きが、確かに現実を教えてくる。


「……まずは、水、だな」


 外に出ると、家のすぐ隣には畑があった。

 整然とした畝。小さな籠の中には、穀物とも野菜ともつかない種が入っている。

 まるで、誰かが「ここから始めなさい」と用意したかのような畑だった。


 しかし、どれだけ見回しても――水源が見当たらない。


「井戸……なし。川も、音がしない。

 まさか、飲み水が無いとか……」


 少し焦りながら森の中を歩き出す。

 鳥の声はするが、流れる音はない。地面を掘っても湿り気すら薄い。

 どうやらこの周辺には自然の水場がないらしい。


「これ、詰んだな……」


 小さく息を吐き、木の根に腰を下ろす。

 風が通り抜け、木漏れ日が揺れる。

 その瞬間――昨日のことを思い出した。


 あの測定器の表示。

 自分の魔法属性にあった三つの文字列。


「水3、土3、闇9……」


 そう、確かに“水”と表示されていた。

 もしあれが“使える”という意味なら――。


「……そうか、魔法で出せるかもしれない」


 自分でも声にして、少し笑った。

 漫画や小説の世界でしか見たことのない発想。

 けれど、この世界でなら、それが現実の手段になるかもしれない。


「よし、一旦戻るか。たしか、魔法っぽい本があったはず」


 腰を上げて家へ戻る。

 冷たい空気の中、胸の奥に小さな希望が灯った。


 



 


 家の中は相変わらず静かで清潔だった。

 木の床を踏みしめながら、ユウトは本棚の前に立つ。

 革装丁、羊皮紙、木板――見た目は多様だが、どれも丁寧に管理されている。

 昨日はざっと眺めただけだが、今度は一冊ずつ確かめていく。


「水を操る……水を……。

 波とか、滴とかの模様……これかな」


 数冊を比較しながら、ある一冊を抜き取った。

 表紙には渦を描くような青銀の紋章。線は繊細で、波紋のように広がっている。

 観察を重ねた末に、ユウトはそれが“水”に関係する書物だと判断した。


 



 


 机に置き、ページを開く。

 そこには水の流れを模した線の図と、見慣れない文字列が描かれている。

 装飾的で、しかし秩序を持った線の並び。

 単語のような、文のような、不思議な記号の連なり。


 ――「Àqua Mìlen」


「……これが、詠唱か?」


 声に出しながら指で文字をなぞる。

 形を見れば音が浮かぶような、どこか意味のありそうな文字列だ。

 最初の「Àqua」は水を象る波の形を思わせる。

 感覚的に“Àqua”と重なった。


 ただ、その後の単語が問題だった。


「Mìlen……ミレン? ミルエン? ……読みづらいな」


 ユウトは発音を何度も試す。

 舌の位置、息の抜き方、音の区切り。

 意味が取れない以上、響きから法則を探るしかない。


 そして、最も自然に感じた音を選んだ。


「……Àqua Mìlenアクア・ミレン


 掌に淡い冷気が集まり、微かな震動が走る。

 空気がまとまり、一滴の水が生まれ――すぐに消えた。


「……今、出たよな。ほんの一瞬だけど」


 信じがたい現象だったが、確かに“出た”。

 現象は理屈より先に、言葉に応じて反応している。


「音に反応する……ってことは、この文字体系自体が“発動鍵”なんだ」


 再び、慎重に呼吸を整えた。

 音の強弱を調整し、今度は意識的に“流れ”を想像する。


「Àqua Mìlen」


 今度ははっきりと、水の球が空中に浮かび上がった。

 光を受けてきらめく透明な球体が、ゆっくりと落ちる。

 指先が濡れた。冷たい。確かに水だ。


「……よし。これで畑も潤せる」


 ユウトは微笑んだ。

 生活の基盤を作る――そのための最初の一歩。

 戦うでも、冒険するでもない。

 “暮らす”ための魔法が、今まさに形になったのだ。


 



 


 夕暮れ、何度か練習を重ねてから畑へ出た。

 最初は力の加減を間違えて霧が飛び散るだけだったが、

 回数を重ねるうちに、手のひらから安定した水流を生み出せるようになった。


「これで、飲み水も作物もいける。

 あとは……土、か」


 夕焼けの光が森を染める。

 遠くで獣の吠える声が響いたが、結界の内側は静かだった。

 不思議と安心できる場所――それが、今の彼のすべてだった。


 家に戻ると、机の上の黒い装丁の本が目に入る。

 金の線が交差し、中央に深紫の宝石のような装飾。


「……闇属性。扱いが難しいって言ってたやつか。

 でも、きっとこれも“理屈”があるはずだ」


 ページを閉じ、ノートに今日の記録を取る。

 自分が発した音、図との対応、現象の反応時間――。

 その書き込みは、まるで実験ノートのようだった。


「……魔法って、研究対象として面白いな」


 夜風が窓を揺らす。

 森のざわめきを背に、ユウトはランプの灯を見つめながら静かに笑った。


 こうして、彼の異世界での最初の一日が終わった。

 そして、“言葉が現象を生む”という事実だけが、確かに胸に残った。

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