第1話
――あ、終わった。
真横から突っ込んできたトラックのライトに照らされながら、俺は反射的にそう思った。
痛みを感じるヒマすらなく、意識はぷつんと途切れた。
◆
目を開けると、真っ白な空間にいた。
家具も地面も無い。
ただ広がる光の中、やわらかい輪郭をした“人の形”が現れた。
「……こんにちは?」
自分でも妙に冷静な声だ。
「やあ。まずは伝えよう。君は交通事故により命を落とした」
淡々と言ったその存在は、続けて自分を“神”だと名乗った。
いきなり信じろと言われても困るが、ここが現実じゃないことは俺にも分かる。
「……死んだ、んですね」
「うむ。しかし、終わりではない。
代わりに、新たな世界へ転生する機会を与えよう」
異世界転生。
言葉だけなら何度も聞いたジャンルだ。だが当事者になると、思考が追いつかない。
「ただし、せっかくの転生だ。君にはひとつ、望む力――いわゆる“チート能力”を授けよう」
そう言われて、俺はすぐに返事をしなかった。
むしろ固まった。
(チート……って、戦う力? 最強魔法?
いやいや、俺そんなの扱える自信ないし……)
ぼんやり想像すると、むしろ危険な未来しか見えなかった。
魔王に狙われたり、変な事件に巻き込まれたり――。
(それより……どうやって生活するんだ?
食べ物、寝る場所、水、知識……そっちの方がよっぽど重要じゃないか?
俺みたいな一般人は、まず“日常の基盤”がないと絶対死ぬ)
じわじわと現実的な計算が頭を占めていく。
「……そのチートって、具体的には何を?」
「身体能力の強化、魔法適性の付与、希少スキルの授与…望むものは何でも」
どれも魅力的に聞こえる……はずなのに、俺はどうも浮かれられなかった。
「すみません。戦闘力とかより……
“安心して暮らせる場所”を用意してもらえませんか?」
「……ふむ?」
「力を貰っても、使いこなせる自信が無いんです。
それより、安全な家とか、本とか。
まず学習したいので、生活の土台がある方が助かるというか」
言ってみて、自分でもしっくりきた。
俺は強さより、まず“環境”が必要なタイプなのだ。
神はしばらく沈黙し――やがて微笑に見える何かを浮かべた。
「奇妙だが、面白い。
では森の奥に結界付きの家を与えよう。
魔法の基礎書や資料も置いておく。生活できる程度の設備も整える」
「ありがとうございます。本当に」
「では――健闘を祈る」
光が弾け、世界が反転する。
◆
「……森だ」
意識を取り戻した俺の目の前には、深く、濃い森が広がっていた。
鳥の声。木々のざわめき。獣の気配――いや、魔物かもしれない。
その中に、ぽつんと一軒の家が建っていた。
「ほ、本当に家あるんだ……」
木造で、どこか山小屋っぽい質素な造り。
けれど新しい木の匂いがして、誰も住んでいなかったはずなのに清潔だ。
扉を開けると、ふわっと空気が変わった。
「……これが結界?」
外に漂っていた“気配”から守られているのが直感で分かる。
中は広く、リビングにダイニング、寝室がいくつか。
そして――壁一面の本棚。
「すげぇ……図書館かよ」
ざっと見ても数百冊はある。字は読めなくはないが、ざっと意味しか取れない。
勉強すれば何とかなる気がした。
家の構造を確かめながら歩いていると、ふと廊下の奥に違和感を感じた。
「あれ……風抜けてない?」
手で壁を押すと、カチッと音を立てて扉が開いた。
「隠し部屋!?」
驚きつつも入ってみると、そこは地下へ続く階段だった。
薄暗い石造りの通路を降りると、広い空間に出る。
中央には、ひときわ目立つ台座。
「これが……測定器?」
神が言っていた“身体や魔法の能力を測れる装置”に違いない。
恐る恐る手を置くと、淡い光が走った。
名前:ユウト
年齢:26
筋力:平均よりやや上
敏捷:平均
精神:高い
魔力量:標準
魔法属性:水3、土3、闇9
職業:テイマー
スキル:従魔契約
「……テイマー? 動物と仲良くなるやつ……だよな?」
知らない単語ではないが、自分に合ってるかは微妙だ。
「で、この“闇9”って……何?」
数字を眺めながら考える。
(10段階中の9? いや、そんな都合よく高い訳ないし……
100段階中の9? こっちのほうが現実的?
そもそも段階じゃなくて“濃度9%”とか?
でも水と土は3なんだよな……)
考えれば考えるほど泥沼だ。
「……よし。考えない!」
ぴしっと、気持ちを切り替える。
「こういうときは情報だ。本棚に魔法の本があった。
あれを読めば、この“数値”の意味も分かるかもしれない」
俺は地下室を後にし、階段を登った。
扉を開けると、森の涼しい風がまた家の中を撫でた。
「とりあえず、今日からここが俺の家か……」
そう思うと、少し胸が軽くなる。
「よし。まずは家の整理、それから本の読解だな。ゆっくり行こう」
そんな独り言を呟きながら、俺は新しい生活の一歩を踏み出した。
――こうして、異世界での生活が始まった。




